表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/111

04-01.嫉妬よりも、胸を焦がすもの。

 嫌なものを見た――――実家の屋敷、その玄関口にたどり着いたエミリアの感想は、そんなものだった。

 公爵領の領都は、高地にある。なだらかな山道を進み、エミリアとイリスの乗る精霊車は、午後遅くに市壁までたどり着いた。街中は車が走れないとのことなので、門で預け、迎えの馬車に揺られることしばらく。揺れで尻が、音で耳が痛くなり始めた頃、やっと屋敷が見えてきた。馬車を降りれば、ずらりと出迎えの使用人たちが並んでおり――――そこでエミリアは。


(なにあれ……)


 奇妙なものを二つ、見た。

 一つは、やたらと派手な格好のメイド。黄色や桃色の、つぎはぎだらけに見えるエプロンドレス。カラーリングが生々しい感じで、不気味だ。

 そして彼女の向こう。玄関の階段脇。そこにしゃがみ込んでいる……男がいる。別に、しゃがんでいるのはいい。上着の長い裾が地面についており、そこは気になったが、そうではない。


「眠りを妨げるものなんて、存在してはならないんですよぉ…………蚊、蚊、蚊。コイツラの存在を、我々貴族は許してはならない。一匹残らず、丁寧に潰さねばならない……それがこの私の、使命」


 その男はぶつぶつと呟きながら、空中を飛ぶ何か、小さな水場に浮かぶ何かを、手でつまんでは……潰していた。異様である。恰好からして、貴族の縁者だろうとはみられるが……親戚ではないと、エミリアは思いたかった。


 エミリアとイリスは、イリスの実家・フラン男爵家をジーク王子の魔の手から守ってもらうため、パーシカム公爵家との交渉にやってきた。交渉といっても、これから帝国に留学するエミリアに、差し出せるものはない。むしろ王子との婚約を勝手に破談にしてきたのだから、損失を補填せねばならないくらいである。だが……やらねばならない。お願いを聞いてもらわなければ、ならない。理と情を説いて、必ずや。

 そう意気込んで、久方ぶりに会う家族の待つ屋敷へ、お腹が痛くなりそうなのを堪えて……エミリアはやってきたわけだが。

 妙な男に、出鼻をくじかれた。



「ブバルディアくぅん! 君もそうは思わないかい!? 蚊は絶滅させるべきだ!」



 急に男が立ち上がり、大きな声を上げた。エミリアもメイドたちも、ビクリと体を震わせる。


「それはどうでもいいですが、ご主人様。キスモート様。男爵様。注目されてます」


 生々しい色のメイドが、蚊の絶滅を訴える男に答えている。最悪なことに、この二人は組なようだ。男爵ということは親戚ではなかろうが、客だとするなら一秒でも早く、帰って欲しいところだ。エミリアは正直、泣きそうだった。


(使用人が私たちを案内しないってことは、出迎えにお父さまあたりが来るんだろうけど……それならおいでになるまで屋敷に入れないし。こんな、イリスの情操教育に悪そうな人たち、早く遠ざけたい――――イリス?)


 エミリアがふと、隣を振り返ると。なぜかイリスが、目を輝かせている。


「キスモートお兄さん! どうしてここに?」


 イリスが嬉しそうな声を上げており、エミリアは気分が悪くなり、卒倒しそうになった。実兄というわけでもなかろうが――――背が丸くてヒョロっとした、顔色が悪くてクマが濃い、こんな不気味な男を。あの輝かしいアイドルが「お兄さん」などと呼ぶ……悪夢だ。吐き戻しそうである。しかもイリスは彼に駆け寄り、その腕をとった。


「おお、イリス! 見違えましたよ……美しくなって。もう17でしたか?」

「まだ16ですよ。それで?」

「ああ、ジーク殿下のご紹介で、安眠セラピストなんてものをやっていましてね。こちらのご子息……サイクル様の、不眠治療をしているのです」


 蚊殺し男爵は、実兄の関係者だった。不眠治療ということは――――。


「といっても、まだ始めてしばらくといったところでして。ご本人を寝かしつけながらも、こうして睡眠環境を整えるのに忙しいのです」

「蚊潰しは、いつもの趣味じゃなかったんですか?」

「実益を兼ねています」


 屋敷に逗留しているということ。否、エミリアが気になっているのは、そこではない。


(距離が近い、ちかぁーい! 手を握るな、にぎにぎするなー!?)


 イリスと、その男爵が妙に親しげである、という点だ。


「あ、エミリア様。ご紹介いたします」


 しなくていい、という返答をぐっとこらえ、エミリアは引きつった笑みを浮かべて待つ。


「こちら、モス男爵。ただ領地や爵位より、キスモートって名前の方が有名かも?」

「爵位は継ぎましたが、領地は義理の両親がまだ見ていますからね。キスモート・キークォーツと申します」

「で、あちらがエミリア様です。パーシカム公爵家のご令嬢」

「おお、サイクル様の妹君の! 公爵閣下にも、大変お世話になっております。どうぞ、よしなに」


 男爵が深々と頭を下げた。それを見て、エミリアは。


(あぁーッ! 思い出した! このモブ顔男爵、攻略対象ゥーッ!)


 前世で見た乙女ゲームの記憶に、思い当たるところがあった。

 キスモート・キークォーツは情けない男である。妻には逃げられ、子もいない。婿で入った男爵家の義理の両親には気に入られ、爵位は継がせてもらったものの、本人には領地経営の才もない。せめて後継者を設けるためにと、嫁探しに王都へ来たところ、ヒロイン・イリスと〝再会〟する。年の離れた幼馴染だった二人は次第に惹かれ合い、彼と結婚したイリスはその才気で男爵領を切り盛りする……というエンディングだった。

 強烈に貧乏くさいキャラクターの裏で、超絶な苦労人であり、しかも劇中最高の癒しキャラであるキスモートは、意外な溺愛攻略対象として人気があった。


(でも……そうだと、したら。まずい、これはまずい……!)


 エミリアは危機感を抱いていた。〝もやもや〟がマグマのように、胸の奥でぐつぐつと煮立っている。

 肝心なこと、それは……ゲームでの二人は、()()()()()()()()()()、という点だ。王都での再会時はもっと余所余所しく、偶然街で出会うのを繰り返すうちに、運命を感じるようになっていく……そんな二人なのである。


()()()に、入っている!? ハッ! だからイリス、ジーク王子が好きじゃないって言って――――)


 状況証拠が揃いつつある。最悪の展開だと……エミリアは血の気が引く思いだった。


「……エミリア、様?」


 当のイリスが、きょとんと小首を傾げていて。その可愛らしい仕草の下で……二人の腕と手、指が絡まっていて。

 〝もやもや〟に――――どす黒い炎が、点きそうだった。


「ぁー…………よろしく。エミリア・クラメンスよ」


 エミリアは完璧な笑顔を作り、一部の隙も無い姿勢で相対する。こいつは敵だと……魂の奥で、囁きながら。

 その時。



「待たせてすまなかった、エミリア」



 朗々とした声が響き渡り、開け放たれた大扉から紳士が現れた。


(お父さまだ――――!)


 エミリアは一転、浮かぶ喜色を表情の下に隠した。胸の奥の炎は消え、忙しく別の暖かいものが再点火されている。

 紳士がゆっくりと、階段を降りてくる。短い銀髪のオールバック、切れ長の瞳は赤く、口元と顎には整えられた髭。刻まれた皴さえも、彫刻で掘られたような美しさ。前世の自分が彼を見てきゅんとしそうになるのを、エミリアは必死になって抑え込んだ。


(お、推しが父親、なんて――――緊張で声が出ないっ! こんな旅装で前に立つなんて、恥ずかしすぎる!)


 エミリアは見事な淑女の礼(カーテシー)をとって、彼が近づいてくるのを待つ。抑えているつもりではあるが、心臓はバクバクと鳴って、顔は熱くて真っ赤だ。大きくゆっくりと息をしていないと、そのまま飛び出して、抱き着いてしまいそうであった――――娘だから許されるんじゃないか? などと自分に言い訳をして。


「顔を上げておくれ、エミリア。それから、そちらが?」

「あっ。フラン男爵の娘で、イリス・クロッカスと申します。公爵閣下におかれましては、いつもお世話になっていると、父母から」

「世話になっているのはこちらだ。君とはぐっと小さい頃以来だな。改めて、自己紹介しよう」


 エミリアはゆっくりと顔を上げる。少しは顔の赤みが引いたかと、思ったが。


「パーシカム公爵家当主、メンター・クラメンスだ。よろしく」


 イリスが綺麗な礼をとっている。キスモート男爵も礼をし、使用人たちは頭を下げて控えていた。だがエミリアは彼らが、ほとんど目に入っておらず。胸に手を当て、優雅にほほ笑んでいる父・メンターに、視線が釘付けになっていた。


 ジーク王子のことは、愛していた。だが誰が一番好きかと言われたら、それはエミリアにとって――――父親、メンターその人なのだ。

 それは離れていて、親子として交流してこなかったからこその、前世から引き継がれた想い。

 背徳的に熟成された感情が。

 〝もやもや〟を塗り潰した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

――――――――――――――――
婚約は破棄します、だって妬ましいから(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~5話までに相当します。
――――――――――――――――

――――――――――――――――
伯爵になるので、婚約は破棄します。(クリックでページに跳びます)
新作短編、6/14(土) 7:10投稿です。
――――――――――――――――

― 新着の感想 ―
つまりファザコン?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ