03-10.〝本物〟の輝きを、相応しい舞台に。
〝イリスの助けになりたい〟。
その言葉は、するりと出た。王妃になるという道を失い、未来が見えていなかった、エミリアであったが。ドニクスバレットに、イリスと共に挑んだことで。あるいは、その時に光の剣――あのあとすぐに銀の剣に戻り、その後どうやっても光らなかった――を出したことで。
背中を押す何かが、エミリアに宿っていた。
それは〝もやもや〟にも近いが、異なる。
むずむずとする感じで、じっとしていられない。
前に出ろと、背中を押す――――何か。
(スキルには、意思というか、方向性のようなものがある……精霊の示す、道が。でもその道で何をするかは、また違うし。なぜその道を歩いているのかは……人によるのね)
ふと思い浮かぶのは、ドニクスバレットの姿。「約束」に固執しているのは、おそらくスキル以前の彼の個性や……出来事によるもの。高きを是とするジークや、努力を絶やさないイリスも、その性質はスキル獲得以前からのもの、かもしれない。
であるならば。
見てみたく、なった。
初めて出逢った時。輝くようなオーラをまとっていた、世界の主人公……イリスが。なぜ、そうなったのか。どこへ、向かおうというのか。
彼女の行く末を、少しだけ身近になったアイドルの未来を。
その、すぐ隣で。
エミリアは――――イリスを追いかけたく、なっていた。
「王国はスキルより成果を重視しますが、そもそも身分が絶対です。男爵家の、しかも女であるイリスには、先がありません」
「それは……そうだね」
「別に帝国でなくても、いいのですが」
ふわふわとしていた、想いが。〝もやもや〟としていた鬱屈が。
ほんの少しの、前向きな気持ちによって。
言葉になって……押し出される。
「私はもっと、あの子が輝くところを見てみたい。学園で生き生きしていた、イリスの姿を。もっと」
半年近く、ずっと隣で見てきたイリスの姿。それこそが……エミリアに残された、最後のもの。最後の、道しるべ。
(やっと少し、わかった気がする。イリスの輝きは、あのオーラは。きっと〝本物〟の証。精霊の祝福を受けて、あの子の努力が輝いているんだわ)
僅かな時間、垣間見ることができた〝光の剣〟。ああいった〝本物〟が、きっと才能と努力の、先にある。ずっと憧れていた、イリスの輝きが理解できたようで。エミリアはその光に、惹かれていた。
(自ら間違えて、私は自分を破滅の人生に追い込んだ。ある意味、イリスをそれに巻き込んだ……とも言える)
エミリアの顔が、曇る。俯いた彼女は、その視線の向こうにジークを思い浮かべた。彼の不正や浮気疑いを、もし我慢できていれば。先のドニクスバレットとの対峙のような危機に、イリスを巻き込むことも、なかった。そもそもエミリア自身の人生を歪めることも、なかった。だが〝もやもや〟に突き動かされ、彼女は道を選んだ。誰もエミリアを責めてくれなかったが……きっとそれは間違いだったと、彼女はそう感じている。ドニクスバレットにされた糾弾は、正しかった……正しいと、感じてしまった。
(なら、せめて)
だからこそ、イリスが。
間違えてしまった、自分自身を。
もう一度立ち上がらせてくれる、希望の光のように見えて。
(せめてイリスを、世界の主人公を。もっと輝ける舞台に、送りたい――――)
強く、惹かれた。
「そうかい。なら、そうしてやってくれ」
「レッカさん……」
ため息のように零すレッカは、どこか寂しそうだった。
「あたしには、ダンナには。それができなかった。学園に押し上げてやるのが、精一杯。貴族じゃないと、あそこは入れないからね」
「え。まさか、そのために男爵に……?」
「出来の良い娘のためなんだ、当たり前だろう?」
エミリアは目を見開く。テーブル向こうの女傑は、誇らしげで、楽しそうだ。
「やるさ、それくらい。公だってそうさね」
「お父さまが……」
「まぁどんなことやってるかは、本人を見てきな。あまり、会ってないんだろう?」
希望を見ていたエミリアの目が、少しの不安を映す。
(お父さま、お母さま、お兄さま……いまさら、私なんかが会って。いいんだろうか。きっとご迷惑ばかり、かけるのに)
公爵家は独立機運の高まりの中、きっと忙しい。そこに娘が、第二王子という火種を抱えてやってくる。拒絶されないか、そんな不安が押し寄せ。
「内緒だが、娘に会えなくて寂しがっている。甘えてやんな」
「甘える、なんて。そんな、よくわかりません……」
レッカにこそっと告げられ、エミリアはどうしていいのかまったくわからなくなった。
「帝国はスキル至上主義だが、帝国大学は権威主義だ。おそらく、あんたが一緒じゃなければ、イリスへの招待は来なかっただろう」
レッカが……どこか慈しみを感じさせる顔をして、話を切り替える。彼女の微笑みから、目が離せない。
「そんなにびくびくしてないで、楽しんでくるといい。ダメならまぁ、戻ってきて……」
「うちに嫁入りしてきな」
急に告げられ。
エミリアは、固まった。
「ああ、もちろん旦那になるのは、ボンクラのガキじゃねぇ。イリスだよ」
「はぁ!?」
思わず声を上げてしまう。レッカがどういうつもりなのか、想像がつかない。
「そしたら、軍略を教えてやる。魔物のスタンピード相手に決まると、脳から汁が出るぜぇ?」
「お母さんちょっと! エミリア様に何言ってるのー!?」
イリスが溜まらずと言った様子で、顔を真っ赤にして殴り込んできた。
もみ合う母娘を見ながら。
エミリアは……なぜか〝もやもや〟が暖かく膨らむのを感じた。
それは、「イリスのために何かしたい」という想いが、正しく大きくなっているようで。
これまで〝もやもや〟に感じていた焦燥が、どこにもなくて。
なぜだかとても、嬉しかった。
☆ ☆ ☆
翌朝、早く。
二人は男爵家の人々と別れを済ませ、街道に立っていた。
「母がほんとーにすみませんでした」
あの後もあれこれと、酔ったレッカに尋ねられた。そのたびに、顔を真っ赤にしたイリスが割って入り……エミリアはそれが、楽しかった。
「いいのよ。素晴らしいご両親だったわ」
「ありがとう、ございます。でもお母さんが言ったことは、忘れていただけると……」
何か小さく呟いたイリスの声が、遠く。風に巻き込まれ、聞き取れない。
「何か言った? イリス」
「いいえ、なーんでも。行きましょう、公爵領へ!」
聞き返すと、笑顔で誤魔化された。
(言ったことって……嫁入り、かしらね。レッカさんは、なんであそこまで勧めるんだか。私たちは、女同士だし)
エミリアは、少しの〝もやもや〟を感じ。
(この世界に、同性が結ばれる場所なんて――――ないはず、なのに)
風に吹きこむように、強く息を吐き出した。
「いつかまた、戻ってこれたとき。他の方とも、ご挨拶したいわ」
「弟どもは放っておきましょう! それより、急がないと! 山道だから、結構かかります!」
胸の内を誤魔化すように告げると、イリスが張り切る。
「はいはい。出なさい、アイテール」
エミリアが手をかざすと、にゅるり、と精霊車が手の中から現れた。
(家族、か……私に会えなくて、寂しい、なんて。信じられないけれど)
助手席に乗り込もうとし、彼女は屋敷の方を振り返る。その玄関には、まだ多くの人たちが見えていた。
彼らの先頭は、ステテコの親父と……ムッキムキの女傑だった。
(……確かめに、行きましょう。本当かどうかを、この目で)
二人が車に乗り込むと。
精霊車アイテールは、静かに走りだした。
王国の端、北の大領地。
パーシカム公爵領へと。
これにて、三章は完結です。次は四章、公爵領編の開幕となります。




