03-07.すべてを斬る者。
ドニクスバレットのスキル〝約定の拘束〟によって、ズライトが拘束された。
(やられた……ただ連行するだけなら、どこかで取り返すこともできたけれど! これではッ)
エミリアが、歯を食いしばる。一方イリスは、ズライトに伸びている鎖を、手で掴もうとしていた。
「お父さんっ! くそっ、掴めない……! なに、この鎖!」
「スキルなのだから、魔力の鎖に決まっているでしょう。ほら、行きますよ。フラン男爵」
「嫌だ、待ってお父さん! おのれ、ドニクス!」
鎖を引いたドニクスバレットの背に、イリスが言葉を叩きつけた。彼は体をぐるりと捻って、振り向く。外れたような顎周りを、また見せながら。
「ドニクスバレット・ドッジボールゥ! 名前も覚えられないド低能めッ! その〝才能〟とかいうスキルは飾りか!? 無礼な女は――――おっと」
彼はイリスに向かおうとして……足を止めた。
「私は冷静だ。約束とは協定、紳士の協定だ……冷静に果たさなくてはならない。『娘には手を出さない』。守るとも、フラン男爵」
どうも、ズライトと目が合ったようだ。ドニクスバレットは余裕を取り戻し、笑みを浮かべている。ズライトの前に立ったイリスは、眉根を寄せながら、目を泳がせていて。
(私は、どうしたら……!)
エミリアは、歯を食いしばった。
「フンッ、小賢しいサルめ。おおかた、私に約束破りをさせようとしたのだろう……? 見え透いている」
「なら……!」
「やめなさい、イリス!」
「でも!」
「スキルでこの鎖が出ているのなら! 使用者が倒されても……私は精霊に、王都まで連行される」
「そんな……!」
ドニクスバレットを倒そうとしたのか、イリスが一歩踏み込み……ズライトの言葉で、止められている。振り返る彼女の表情は悲痛そのもので、エミリアは胸が締め付けられるように痛んだ。
(こんな……私は何かできないの!? イリスのために、何か……!)
ドニクスバレットのにやにやとした顔を睨みつけながら、エミリアは胸の奥から湧き上がる〝もやもや〟に悶える。心の痛みにしみこむようで、衝動的に聖剣を出しそうになった。自分の手を掴み、理性で必死になって抑える。
「お前の浅慮が招いた結果よ。男爵、お話なさりたいなら、今のうちに」
「ご配慮に感謝いたします」
ズライトが丁寧に頭を下げ……イリスに半歩、近づいた。泣き笑いのような顔を浮かべ、優しく語りかける。
「暴力で解決しようとしても、何にもならねぇ。騎士団がここまできて、それでおしめぇよ。こんなとこまで王国軍がくりゃ、そりゃ世話んなった公爵閣下にもご迷惑がかかる。そんなことには、絶対にしちゃならねぇ」
「やだ、お父さん……!」
「おめえが悪いんじゃねぇのはわかる。だがこれが貴族ってやつだ。これが権力ってやつだ。こらえろ。それから」
ズライトが。明らかに涙を堪え……父親の顔に、なった。
凛々しく、たくましく。
そして優しく。
「母ちゃんには、謝っといてくれ。先に逝くってよ」
「お父さんッ! やだぁ、行っちゃヤダ!」
涙に濡れる娘に、手も伸ばせず、もどかしそうに。
しかしどこか誇らしそうに。
ズライトが笑っていた。
(こんな、絆で結ばれた親子が……どうして引き離されなきゃいけないの! イリスが何をしたっていうの……何が悪かったっていうの! 私が、私が!)
二人の、結びつきを目の当たりにして。
エミリアの〝もやもや〟が。
悲鳴を上げていた。
(私が殿下との婚約を破棄しなければ、こんなことには――――!)
強い後悔に、ねじ切られそうになって。
心も、体も……痛かった。
「ぐおっ」
じゃらり、と音がして、ズライトの重たそうな体が、ドニクスバレットたちの方へ引き寄せられた。
「お父さん……!」
「聞き分けのないサルだ。約束は守らねばならない! そのために努力しろ! 男爵はお前のために約束を結んだのだぞッ!」
「違う、お前さえいなければ! お前さえ!」
嘆くイリスの言葉を……否。喚くドニクスバレットの言葉を、聞いて。
(そんなの――――努力じゃ、ない)
エミリアの瞳から、光が、消えた。
(こいつが何したっていうの? ただスキルを使っただけ。精霊に操られて、人を苦しめてるだけじゃないの)
エミリアは拳を握り締める。その手の中から、少しの光が漏れた。
(そう、私は努力したわ。殿下と結ばれようと。でも実らなかった! 報われなかったから、約束が破られてしまったから、努力はなかったというの!? そんなはずはない!)
「おい、男爵をお乗せしろ。ジーク殿下がお待ちだ」
従者たちに命じる、ドニクスバレットの背に。
「約束を守るために――――お前は何をしているというの、ドニクスバレット」
エミリアは言葉の刃を、突き刺した。
「ぁん?」
振り返った彼の顎が、ガクッと外れる。
「いいか、わかってないようだからよぉく聞け! 私はお前や、お前のような! 約束破りや名前を間違える失礼なサルどもを! 今すぐ殺してやりたいッ! だが〝我慢〟している! 約束を守るために! ジーク殿下のために! これが努力だッ! 〝我慢〟とは〝努力〟だ――――!」
「この私の前で」
喚くドニクスバレットに対して、エミリアは冷たく吐き捨てた。
「そして努力しなければ何もできない、〝万才の乙女〟の前で」
あるいは煮えたぎるように、ぶちまけた。
「努力を騙るな、ドニクスバレット! お前の〝約束〟は、間違っている! 偽物だッ!」
その手の中から、白銀を破って。
――――光の剣が、現れる。
イメージが、見える。
それは元は、ただの木剣だった。
振って、振られて、振り続けられて。
そうして最後に……………………斬った。
何もかもを、斬った。
その剣は、ただの器。精霊の器。
宿りし霊は、かつてすべてを斬った者。
その技の名は。
(聖剣よ――――――――〝斬れ〟!)
〝斬〟。
ただ斬るための、形。あるいは、魂。
エミリアは下から、掬い上げるように聖剣を振るう。
それは、何物にも届かなかったが。
何か、鎖に向かって。
ペンキのような、七色の輝きを――――ぶちまけた。
ズライトの体に巻き付いていた鎖が。
割れて。
消える。
「ビャアァァァァァァアアアアア!?」
音もなく砕けた鎖の残骸を振り回し、ドニクスバレットが叫ぶ。頭を振り回し、長い髪を振り乱し、涙を目から、よだれを顎の外れた口からまき散らしていた。




