表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/111

01-02.恋を塗潰す〝もやもや〟。

 またある日の学園、食堂。エミリアは野菜と豆や魚の乗ったプレートを受け取り、席を探した。


「最近、お一人が多い」「殿下が魔物退治に行かれるからでは?」「だが男爵令嬢にご執心だと……」


 ざわめきに混じり、どこかからそんな言葉が耳に入る。視線を向けぬようにしながら、エミリアは歩き続けた。


(大丈夫。ゲームと違って婚約もしたし、私はイリスをイジメてもいない。嫉妬など、できる相手ではないし……あれ以来、殿下が不用意にイリスに近づかないよう、気を付けてる。なのに……)


 ざわり、と胸の奥から〝もやもや〟が沸き上がり、エミリアは小さくため息を吐く。


(あんな噂。いったい、どこから……)


 目当ての人物を見つけ、エミリアは顔を取り繕った。


「ここ、いいかしら。イリス」

「はい! おいでになると思いまして」


 男爵令嬢を見かけ、彼女が椅子から多量の本をどけるのを待ち、席に着く。〝万才の乙女〟とまで呼ばれるようになったイリスは、しかし友人には恵まれないのか、一人でいることが多かった。


「精が出るわね。殿下と遊んでいると、そんな噂を聞くけど?」


 自分でも意地悪だと思いながら、エミリアが茶化して聞く。目を丸くしたイリスが、冗談だとわかってくれたようで……にこやかな笑みを浮かべた。


「とんでもありません! わたし、遊んだりなんてしませんから」

「そう、さすがの努力家ね。殿下は優秀だから遊んだり、魔物退治にも行けるけれど……我々が合わせたら、成績が落ちてしまいますもの」


 イリスの(スキル)はあくまで、本人が努力しないと何かをできるようにならない。ふわっとした見目に反して、苛烈な上昇志向を持つ貧乏男爵家の娘には、実に合っている祝福だった。


(〝無才〟の私や、最初から優秀な殿下とも違う。憧れる。不思議とこの子を見ても、もやもやしないのよね)


 彼女を盗み見ながら食事を始めようとしたとき、ふと目が合った。


「どうかしたの?」

「いえ、その。遊びはしないのですけど。殿下が勉強を教えてと、よくいらっしゃるので」


 気になる一言を聞き、エミリアはフォークでさした生野菜を、そのまま口に放り込む。


(この間の試験、満点だったという殿下が……? どういう、こと?)


 もやりとしたものを、抱きながら。エミリアはイリスから、詳しく話を聞いておくことを決意した。



 ☆ ☆ ☆



(やっぱり…………思い過ごし、よね。素晴らしい発表だった)


 その日。ジークは王立の大学で、〝花と精霊の相関について〟という論文の発表を行った。祝福の仕組みに迫るものとして、大いに注目を集め、聴講したエミリアも誇らしい想いだった。

 同時に。


(やはり、才能のない私なんかとは、違う。イリスほどなら、もう比べる気も起きないけれど。少し殿下が、羨ましい……)


 未来の夫と、なるだろう相手。転生者イリスとしては、仄かに「対等であってほしい」という幻想も抱く。だがジークは、王になるかもしれない者。おこがましい想いだと、エミリアは首を弱く振った。微妙に〝もやもや〟が晴れず、エミリアは大学の廊下を彷徨う。

 無意識に握り締めた胸元のブローチが、少し暖かく感じた。


 そっと見て、ブローチの角度を確かめる。ジークからの初めての贈り物だったそれは、〝竜鳥の涙〟と呼ばれる宝石のついたブローチ。見ていると、当時のドキドキを思い出して、時が経つのを忘れる――――そんな宝物だった。


(これを贈られたときのことは……今でも、忘れられない)


 妃教育を受けていた令嬢たち誰もが、有用な(スキル)を授かっている横で、なんの祝福も受けられなかったエミリア。貴族ではないとか、不義の子だとまで噂され、暗くふさぎ込んでいたとき。


『泣かないで。これをあげるから、元気出してよ』


 そんな言葉と共に、もらったブローチだった。


(効いたなぁ、あれは。お父さまやお母さまが、間が悪くて王都に来れなくて……使用人のみんなも励ましてくれたけれど、心細くて。そんな時に殿下は、こんな私に優しく、してくれて。涙が、止まらなかった)


 その瞬間、エミリアは彼を好きになってしまった。

 それは衝撃的な、恋だった――――前世の記憶を、思い出すくらいに。


 乙女ゲームの悪役令嬢に、転生したと自覚した彼女は。

 シナリオを捻じ曲げて、王子の妻となることを。

 決意した。


 もちろん、周りからは笑われた。(スキル)のない令嬢が、王子の妻になんてなれっこない、と。エミリアは耳を塞ぎ、ひたすら突き進んだ。

 そうして勝ち取った、婚約だったのだ。

 なのに。


(大丈夫。殿下は私を、愛して――――)


 このところ、人がいるところでは常に噂を耳にした。それはおおよそエミリアとジーク、そしてイリスのことだった。イリスに探りを入れているエミリアとしては、そんなことにはならないとわかっている。わかっているつもりだったが……噂を聞けば不安が膨らみ、〝もやもや〟が大きくなる。自然と彼女には、人のいないところを目指してふらふらと歩いていく、癖がついていた。


(ここは……………………あれは?)


 見覚えのまったくない場所に出て、ふと顔を上げる。

 廊下遠くに、重なり合う人影があった。


(まさ、か)


 足が止まった。

 声が、出なかった。

 息をすることも、できない。

 鼓動が止まったような、気がした。


 影が分かれ、うちの一つが奥へ去る。

 もう一つが……。


「エミリア様!」


 エミリアに、近づいてきた。

 眩い輝きを纏う。

 ヒロインが。


「あ、あなたも殿下の発表を聞きに!? そうよね、素晴らしい論文で……」

「違います、殿下に呼ばれて」

(え。どういうこと? なんで大学にわざわざ?)


 エミリアの視界が、揺らぐ。ぐらぐらとし、定まらない。だがなぜか、下だけは見ないようにと、視線が上がった。そこに、イリスの胸元に。

 見てはいけない何かが、あるような気がして。


「それよりこれ、見てください! 殿下に頂いたんです!」


 イリスが近寄ってきて、少し背伸びをする。エミリアより少しだけ背の高い彼女の胸元が、どうしても目に入って。

 彼女の瞳のような。

 桃色の差した。

 宝石が。




「〝竜鳥の涙〟! エミリア様と、おそろいです!」




 無邪気な光が、眩しくて。

 あまりにも、輝かしくて。

 エミリアは、がっくりと。

 膝をついた。



 ★ ★ ★



 胸の〝もやもや〟は、もう限界だった。

 それからしばらく、エミリアは駆けずり回った。

 ジークとエミリアの不仲、婚約破棄まで噂に囁かれる中。

 どうしても彼を、信じたくて。彼の意思を、確かめたくて。


 最後にエミリアは、決意した。

 〝賭け〟に打って出ることにしたのだ。

 ジークが自分を、信じてくれるかもしれない、と。


 致命的な破綻をもたらす、覚悟をして。



 ★ ★ ★


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

――――――――――――――――
婚約は破棄します、だって妬ましいから(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~5話までに相当します。
――――――――――――――――

――――――――――――――――
伯爵になるので、婚約は破棄します。(クリックでページに跳びます)
新作短編、6/14(土) 7:10投稿です。
――――――――――――――――

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ