03-04.借り物と本物。
役に立つどころか、自分には何もない――――そんな言葉が、エミリアの頭の中でぐるぐると回っていた。ズライトの実験に徹底的に付き合った後も、胸の奥がぽっかりと空いたようで。
客人として出歩くのは問題ないと聞き、エミリアは屋敷を出て一人、外をうろつき回っていた。庭の広いところで聖剣などのスキルの確認を行い、一息。
(ジーク殿下と、勝手に婚約破棄して。実家にもきっと、居場所はない。帝国の大学には行くけれど、それだってイリスのついでに招かれているだけ。私は……)
大きく、吐き出した。
「私は、何がしたいの?」
王子に愛を告げられた瞬間、前世を思い出した……あの日。それから破滅の運命を回避し、ジークと結ばれようと懸命に生きてきた。しかし彼の本性を知ったエミリアは、その愛を信じられなくなった。
(破滅……そう、私は破滅しようとしている。殿下と別れ、故国を去る。ゲームと同じじゃないの。違うのは)
胸元のブローチを、〝竜鳥の涙〟をぎゅっと握り締める。それは彼の、裏切りの証。そして彼女との――――絆の証。
握りつぶしたくて……愛おしくて、たまらないもの。
「イリス……」
共に帝国へと旅立つヒロイン。エミリアに残されたのは、彼女との友情だけ。だがイリスのことを思うと、エミリアの胸の内には、〝もやもや〟が沸き起こった。彼女が自身で嫉妬と名付けた、その感情。それは立場に甘んじ、人の愛に甘えたジークばかりか……エミリア本人にすら、向いていた。イリスに甘える自分が許せない。彼女に世話され、癒されて、へらへらしている自分自身が憎くて……妬ましい。そんな歪んだ思いが。
エミリアの胸を、焦がす。
(イリスの役に立ちたいと言っても……あの子は〝万才の乙女〟。なんでもすぐに、自分で出来るようになる。私に手伝えることは、いずれ何一つ、なくなる。イリスのために何かすることもできず、自分が何の役に合っているのかすらわからない……そんな、私は)
大きくため息を吐いて、エミリアは立ち止まった。
「どうしたら、いいんだろう……」
呟きはすぐに、風に乗って消える。
(こんなもの、使えたって……)
聖剣を手のひらの中に出し、エミリアは柄を握り締める。スキルがすぐに発動し、〝斬れ〟という指令が、血の中に響くようであった。何かの役に立つかと、素振りのような真似もしているせいか、スキルがなじんだような気もしたが……エミリアはやはり、どうしても『他人のスキル』が好きになれない。操られているようで、気持ち悪くて仕方がないのだ。
(イリスのためには、ならないわ)
少し意思を籠めると、聖剣は手の中に消える。ほうっとため息を吐いて、エミリアは顔を上げた。
「食前の運動ですか? エミリア様」
雑草を踏む足音に振り返って見れば、イリスがやってきているところだった。
「イリス……そんなとこ」
「スキル、まだ違和感あるんですか?」
(見られていたかしら……)
エミリアはしばらくの間、剣を振りながらああでもない、こうでもないと悩んでいた。もしかしたらイリスに、遠目から見ていたのかもしれない。気恥ずかしくなって、顔を逸らした。
「ええ。何か、気持ち悪くて。他人の意思に、体を操られてるみたいで」
「あー……祝福と関係ない経路で、得ているからですかね」
言い訳のように口にすると、イリスが意外に真っ当な答えを返してきた。
「…………祝福と、関係ない?」
エミリアにはピンと来ず、聞き返す。視線の合ったイリスが穏やかにほほ笑んで、近づいてきた。
「スキルを宿す精霊の祝福は、精霊に合った者に施されるのだ……というのが通説で。その聖剣の精霊と、エミリア様は合ってないのかも」
何気なくエミリアが出した聖剣を、イリスが見つめている。彼女の解説がすとんと胸に落ちて、エミリアは小さく息を吐いた。
「合ってない、か……借り物だし、そんなところね」
「ええ。だから本物になるまで、違和感は消えないかと」
「――――本物?」
エミリアは思わず息を呑んで、じっとイリスを見つめる。
「なる、のかしら。そんなの」
彼女はエミリアの手から剣をとると、少し離れて振るった。見事な斬撃で――――ただ、少し遅いように見える。
「聖剣の授ける剣技は、すごいですね。無駄のない斬撃って感じで……でもエミリア様のほうがうまく使えてましたから、本物に近いのはエミリア様ですよ」
「いやそんなバカな……あなたならいずれは、何でもできるようになるじゃないの」
確かに、今のイリスの剣技は少し朴訥に見えた。だが彼女には、無限に成長できるというスキルがある。エミリアは柄を向けられた聖剣を受け取りながら、小首を傾げた。
「〝なんでも〟じゃないです。あくまで、上限がないだけ……向き不向きが、あります。わたしより向いてる人がやってることには、いくら頑張っても追いつけないんですよ」
(イリスにも、できないことが、ある……?)
スキルの性質を丁寧に考えれば、確かにイリスの言うことは腑に落ちる。エミリアはイリスが「できるようになっていくところ」「できていること」しか見たことがない。だが言葉通りなら、あるということだ。
イリスにも、できないことが。
その中には。
エミリアが得意とするものが、あるかもしれない。
〝もやもや〟が、大きく膨れ上がった。
「教えて、イリス! あなたは何ができないの!?」
聖剣を消して近寄り、エミリアはイリスの肩を掴んでゆすった。戸惑いが強いのか、イリスの顔は真っ赤になったが……〝もやもや〟に突き動かされるエミリアには、余裕がない。
「ちょ、急にどうしたんですかエミリア様!? そんなこと言われても……」
「何かないの? 何か……!」
「えっと、えっと……」
剣幕に押され、イリスの目が泳ぐ。
顔が、俯いて。
「ピ、ピーマンが、苦手です」
小さな呟きが、その唇から漏れた。
(かわいい……)
エミリアは思わず彼女を覗き込むように見つめ、その細い肩を優しく、さするように撫でる。照れる彼女の背に、無意識に手を回して――――。
「ちっがーう! そうじゃなくて!」
正気に戻った。心臓が早鐘のように高鳴っていて、頬に熱が昇っているのを感じる。
「ハッ。あ、じゃあその。精霊具……他人のスキルを使うのは、苦手です。あくまでわたし、自分で努力したい感じみたいで。お手本がありすぎると、調子狂っちゃうんですよね」
イリスが気を取り直し、わたわたしながら早口で答えてくれた。彼女の肩を離し、エミリアは手を叩く。
「それだ! …………ん? お手本が、ありすぎる……?」
「はい」
答えを噛みしめるように、エミリアは自分の手をじっと見つめる。
(お手本…………)
その奥に消えている聖剣。剣に宿るスキル。そこにいるだろう精霊を、じっと見て――――。
「そんなことよりですね、わたしお夕飯に呼びにきたんです。エミリア様を」
盛大に、腹を鳴らした。日差しが赤くなり始め、エミリアの顔もまた、真っ赤に染まる。
「ち、がうのよこれは。そう、美味しいごはんばかり出すイリスのせい……!」
「はいはい、わたしのせいです。わたしがエミリア様のために、努力して身に着けた料理技術の数々」
言い訳に可愛らしく微笑みを返す、彼女から目が離せなくて。
「是非味わってくださいませ」
エミリアはさらに、顔が耳まで熱を持つのを、感じた。




