03-03.スキル、とは。
もやもやする…………口には出さないが、エミリアの顔には明らかに不満が刻まれていた。
聖剣がエミリアに飲み込まれて、しばらく。狼狽して泣き出す彼女を、イリスが宥めた。その後、イリスとズライトが二人がかりで、エミリアと聖剣について究明に乗り出した。
ズライトの工房に招かれ、いくつもの実験を重ね。
結果、いくつかのことが分かった。
(〝精霊の宿ったものを、出し入れできる〟……ね)
エミリアが触れて念じると、聖剣のように精霊を宿した物を、体内に取り込むことができた。もちろん、取り出すことも可能だ。ただ一度に納められる量には限りがあった。ズライトが様々な精霊具を持ち出してきたが、あまり詰め込むと吐き出してしまった。
そして、重要な性質。エミリアは議論を続けるイリスとズライトを尻目に、手のうちから聖剣を取り出し、柄を握った。
音もなく、振るう。
(……持っても重くない。振るのも簡単。これが聖剣の中にある〝才〟)
エミリアは――――取り込んだ精霊具の〝才〟を扱うことが、できた。
例えば、精霊車を取り込むこともできた。そうすると〝積載〟のスキルが宿り、かなりたくさんの精霊具を取り込んでも気持ち悪くならなかった。聖剣には剣技にまつわるスキルがあるようで、持つだけで重いはずの剣が嫌に手になじむ。
エミリアは、それが。
(――――気持ち悪い。もやもやする)
耐え難かった。
(外付けの力だって、はっきりわかる。自分の技術とかじゃない……鍛えるとか使いこなすとか、そんな余地が、まるでない。スキルを使っている間は、まるで体が乗っ取られてるみたいな気がする。みんな、こんな感覚なの? いえ……)
エミリアの脳裏をよぎるのは。かつて妃教育で一緒だった者たち。彼女たちは皆、優秀なスキルを授かったが……驕り、増長し、自滅して。一人残らず、選定の場から、去った。
(きっと、みんなこうなのね。だから、おかしくなってしまうんだわ)
胸の内で呟く彼女が、思い出すのは。
(まさか、ジーク様も……?)
王国第二王子の、ジーク。彼はゲーム情報によると、〝いと高き者〟というスキルの持ち主のはずだ。「昇る」という行為や、「高いところからすること」全般に、強烈な強化がかかる。上を諦めない言動、他者を低く見る傾向が、どうにもその能力に重なるように思えた。そこまで考えてエミリアはハッとし、顔を上げる。
(じゃあ、イリスは?)
〝才能〟というスキルを持つ、イリス。成長の上限を撤廃するというもので、それ以外の効果はない。やった分だけ必ず成長するが、何もしなければそれまでだ。「努力しない人が嫌い」と言い切る彼女の性格などを思うに、まるで人に努力を強制しているかのようなスキルに思えた。
もしスキルの性質が、イリスの尊い積み重ねを。
あの眩いオーラを、作っているのだとしたら。
……エミリアは首を振り、その考えを頭から追い払った。
(バカバカしい。スキルが……精霊が人を操っている、なんて)
〝もやもや〟がおさまらず、行き場のない言葉を胸の内に吐き出す。顔を上げると、ズライトと目が合った。
「あー……すんません、エミリア様。熱中しちまって……お疲れでやしょう?」
「いえ、そんな。私のことを調べていただいているんですし、お気遣いなく」
「……………………いんや、そうじゃねぇんです」
ステテコから紳士服に着替えているズライトが、姿勢を正して咳ばらいを一つした。彼の薄暗い工房の中に、少しの沈黙が降りる。イリスを見てみれば、彼女は「しょうがないなぁ」という顔をしていた。エミリアは小首を傾げそうになるのを堪え、じっと待つ。
「ご存知だと思いやすが、ほとんどの平民は〝無才〟です。冒険者やってるやつも、みんなそう。けんどたまに、貴族の血を引くのがいて、精霊を宿す。そんで、すんげぇ活躍をするんです。ああ、あっしの嫁がそうなんですがね」
目を輝かせて話すズライトの言葉を、エミリアは黙って聞いた。
王侯貴族の血を引く者だけが〝魔力〟を宿す。魔力がある者に〝精霊〟が宿り、〝才〟をもたらす。これが通説であった。平民は魔力がないし、スキルを得ることもないのだ。だが稀に平民でも、貴族の血筋の者が、スキルを開花させることがあった。
「でも、だから」
ズライトの目が、濁りを見せる。顔が苦渋に、歪んでいた。
「スキルがなくて、悔しい思いをした奴らを、いっぱい見てきたんでさ。あと少し力が足りなくて……それで死んでいったやつも、たくさん。なんであっしは、精霊具を集めやした。仲間と一緒に。ああそれで、何がいいてぇかって言うと」
苦悩を、年月を滲ませて、ズライトが語る。後ろ頭をかいて、どこか申し訳なさそうに照れる彼が。
なぜか昨日見た……王の姿に。
重なった。
「エミリア様は、希望だ。〝魔力はあるけど、精霊はいない〟から、そういうことができると思うんだ。つまりあとは、〝魔力〟を人に宿す手段さえ見つかれば……夢が、叶う」
再びズライトの目が、輝いている。それは時折イリスが見せるオーラに、どこか似ていた。
「平民でも、スキルを宿せるようになる、と? それは……大きな夢、ですね」
エミリアは一抹の不安を隠し、返す。その研究が表に出ることになったら、大きな争いを生むかもしれない。貴族たちは、平民が力を持つことに納得しないだろう。
だが確かに、エミリアとしても。〝無才〟で、スキルにどこか危うさを感じている、彼女であっても。ズライト男爵の語る夢は、輝かしく思えた。
「んだ。ついたばっかで疲れてるエミリア様を、あっしの夢に付き合わせちまった。明日でもいいことを、ずいぶんやらせちまった。申し訳ねぇ」
ズライトが深く、頭を下げる。困ったように、エミリアは視線を逸らした。彼女の目の先には、はにかんだ笑みを父親に向けている、イリスの姿。
(娘には……謝らないんだ)
長旅から到着したばかり、負担が大きいのはイリスも同じだ。だがエミリアは、わかっていた。ズライトがイリスに気を遣ったり、頭を下げないのは……そこに親子の信頼があるからだ、と。きっとイリスの調子が悪く見えたら、ズライトは無理にでも休ませようとするだろう。彼らの間に無言の「大丈夫」が見えるようで。
それが、羨ましく思えて。
また〝もやもや〟を大きくした。
「男爵。私も、自分のことは知りたかった。頭を上げてください」
「んだども」
エミリアはたまらず、言葉を吐き出す。適当なことでも言ってないと、何か落ち着かなかった。
「スキルを後からつけられるのなら……すでにあるスキルを外すことも、できるのでしょうか」
ふと、そんなことを漏らす。返事がなく、エミリアは視線を戻した。親子が目を瞬かせている。
「スキルを」「外す?」
「あ、ああいえその。ただの思い付きですし、誰もそんなことやりたがらない――――」
慌ててエミリアは手と首を振ったが、ズライトもイリスも目の光を強くして唸っていた。
「いんや、それは大事な発想だ。外して別のスキルを付けたいやつだって、いるだろう。スキルは有用なものとも限らんし、呪いみてぇなやつもある」
「何より、精霊の着脱がある意味可能なことは、エミリア様が示しています。これ自体が、祝福や精霊の謎を解く、鍵になるかもしれません」
「ぉ――――」
二人にすらりと言われ。
「そう。こんな私でも、お役に立てたようね」
胸のつかえとともに、言葉がほろり、と出た。
「エミリア様は、いつだってお役立ちですっ。お世話になってます!」
「無才は無能はいても、役立たずはおらんよ。エミリア様。役に合ってない奴はおるけどなぁ」
イリスが抗議するように、ズライトが宥めるように応じる。男爵の言葉が、なぜかエミリアの胸にすっと響いた。
「役に、合って、ない…………」
「んだ。あっしは暴力が苦手だから、冒険者にも合ってねぇし。敵を作るのに怖気づいちまうから、貴族にも合ってね。発明家っていやぁ、そうかもしんねぇな。そんなたいそうな、もんじゃねぇが」
ズライトが謙遜らしき言葉と共に、体を揺らして笑っている。彼の肩を、イリスが指でつついていた。
「お父さんは大した発明家でしょう? 他所の国じゃ、結構表彰とかもされてるって」
「まぁな。けんど、賞状より精霊具がほしいなぁ。買い集めると高ぇんだ」
「おかげでうちは、貧乏続きだけど……ガラクタみたいな精霊具でも、役に立ったねぇ」
「あぁ。エミリア様は、スキルや精霊具の種類での差がなかった。もうちっと、うまく使えるスキルに差が出るかと思ったが。数集めとかなきゃ、こんなこと調べられんかった」
親子のやりとりに、フラン男爵家の経済事情が垣間見える。エミリアは笑い合う二人を眺めながら、そっと胸元を押さえた。
(私は、何の役が、合っているんだろう……)
問いに対する答えは、自分の中からは何も浮かんでこない。王妃の未来を諦めたエミリアは。
ここにきてようやく……自分の未来に何もないことを、自覚した。




