08-29.破滅の王子。
公国と王国の会談を行う、領都郊外の天幕。そこで大公となったエミリアは、謀略の王子セラフに、彼がかつてスキルで「すり替えた手紙」を見せつけた。元の手紙と、彼が書いてすり替えた手紙の二つが今、エミリアの手の中にある。
「――――なぁっ!? き、貴様が……!」
テーブル越しに手を伸ばそうとしたセラフが……表情を固まらせ、踏みとどまった。
(あの従者……)
見ればいつの間にかセラフの背後に、彼の連れてきた従者が立っていた。どうも腕を引っ張り、冷静さを取り戻させたようだ。
「……………………それが、なんだという。エミリア嬢」
落ち着いた様子のセラフが、服の襟を正して問うてきた。エミリアは一瞬目を細め、小さく息を吐いて尋ね返す。
「なるほど、認めないと」
「認めるものかよ」
「手紙のことではありませんよ? 王子」
にこり、とほほ笑んで見せて。
「私を、大公として認めないと。公国を承認しないと。そういうことですね?」
そう、鋭く告げた。セラフが目を見開き、唇を震わせ、それから首を横に振る。
「そ、そうとは言っていない……」
「そう。では不敬を働いたと。継承が間違っていましたよ? 王子」
エミリアがばっさりと切り返すと、セラフの顔から明らかに血の気が引いた。
「女性が首長の国家は、他にもある。そういった国に対しても、レモールの大使は敬意を払わぬと。その就任の経緯に、国内事情にケチをつけ、他国をけしかけてでも貶めると。そう言うのですね?」
「あなたは。人の言っていないことを勝手に妄想するのが、お好きなようだ」
「では自分の言葉でさえずるがいい」
青い顔の王子が、さらに白く顔色を変える。エミリアの笑みは、さらに深くなった。
胸の奥から湧き上がる――――〝もやもや〟と共に。
「我が公国の国土、経済規模の十分の一にも満たない小国の、第十六王子……セラフよ」
セラフが一歩下がり。
目を逸らし、しかし姿勢を正して。
ゆっくりと、頭を下げた。
「……………………大変申し訳ありません。エミリア大公閣下」
「では話の続きです。これは」
エミリアは手の中に三通目の便箋を出した。本来の招待状、セラフの書いた偽物。そして。
「あなたが公爵家に当てた手紙。こちらの偽造招待状とあなたの手紙は、筆跡が一致しました。サンプルはたくさんありますので、正確ですよ。精霊教に依頼し、スキルも使っていただきましたので」
「な、ならば。その鑑定士を連れてくればいい」
「そこに」
エミリアが手で示す先には、メンター公爵の呼んだ精霊教の司祭たち。スキル鑑定も行えるが、鑑定系スキルはいくつかの鑑定が行えるものである。筆跡は需要も高く、だいたいの鑑定士は判別することができる。信頼性も高かった。
振り返ったセラフが、にこりと笑っている彼らを見て、額から汗を流している。
「ところで、司教様方。セラフ王子のスキルについて、見解を聞きたいのですが。どのようなものでしょうか」
「なぁっ!? 人のスキル情報を勝手に暴くだと!?」
エミリアの問いに、セラフが喚きだした。当然である。彼のスキルの詳細がバレてしまったら、言い逃れはもはや不能になるのだ。
だが。
「スキルを使った犯罪の嫌疑が掛かった場合、まず精霊教のスキル鑑定師に判定を受ける。国際的な取り決めではございませんか。レモール国も、批准されているはずです」
「た、大使は」
「外交特権が認められるのは、承認し合った国家間だけ。わかりますか? 今あなたがいるのは」
エミリアは、容赦しなかった。
「レモールがまだ承認していない、公国の領土です」
状況はすでに〝詰み〟である。
「ふふ。私に敬称などつけ、頭を下げるのではなく……公国を承認する、と言っておけば。言い逃れできましたのに。鈍いお方ですね」
笑うエミリアに対し、セラフは肩を震わせ……顔を上げ、叫んだ。
「罠に、嵌めたのか! この私を! やれ――――――――」
「ぐぼぁっ」
彼が指示を出した途端、動き出した従者が、飛び込んだイリスに腹を蹴られて沈む。彼女は従者の男を蹴り転がし、何やらその服や靴を検め出した。
「おや、靴に仕込み刃ですか。気づきませんでした」
イリスが従者の靴底を蹴ると、爪先の厚い布を突き破り、小さく金属音が響いた。短剣ほどのサイズの、刃が見えている。エミリアは薄く笑みを浮かべ、命じた。
「これはいけない。セラフを拘束なさい、イリス」
「はっ」
「な、やめっ!? ――――あがっ」
セラフも蹴られ、床に転がった。すかさずそばにいたジークが、彼を取り押さえる。
「こ、このようなことを、して! タダで済むと……!」
「鑑定をお願いします、司教様方。それからアイード国王」
「なにかな」
司教たちが、セラフに近寄ってスキルの使用を始める。その間にエミリアは、アイードに向かって冷淡に尋ねた。
「あなたの連れてきたお客人が、どうにも我々への離間工作を働いていたようですが。いかがなされるおつもりで?」
国王の口元に。
「そこの間者の首を落として宣戦布告よ。是非もない」
凄絶な笑みが、浮かんだ。
「なッ、貴様、アイード! なんと野蛮な!」
床にうつぶせに押さえつけられているセラフが、顔を上げて叫ぶ。
「私を亡き者にし、我が妹フィリットを人質に! 我が故国を滅ぼそうと言うのか!」
それを見下すアイードとメンターの目は、冷ややかなものだった。ジークは微動だにせず押さえ込み、イリスは倒れた従者を警戒している。司教たちも肝が据わっているのか、淡々と鑑定を続けているようだ。
「フンっ、フィリット嬢は本人が王国への帰属を望み、とうにウォレンツと愛を交わしておる。公国の慶事の次は、我が王国よ」
「フィリットが!? そんなはずは!」
「何を言う、わかっているのだろう?」
アイード国王が、喉の奥でくつくつと笑っている。対面に座るエミリアの父も目が笑っていて、〝馬鹿め〟と言わんばかりの顔だ。
「貴国の姫は、そうして母国を次々脱出しているらしいではないか。だからお目付け役として、貴様が大使としてついてきたのであろう。彼女を国に縛り付け、逃がさぬように」
「――――ッ」
セラフががっくりと項垂れている。エミリアは小さくため息を吐いた。
(宣戦布告とは言うけれど……国力も大きく、海洋国家であるオレン王国は、ただレモールと戦争状態にして国交を絶つだけでしょうね。それだけであの国は、干上がってしまうでしょう。強硬策に出られたら、レモールとセラフに打つ手はない)
「…………まだだ」
俯いたまま、セラフ王子が感情のままに言葉を吐き出した。
「このような非道、許されないッ! 私の妻になろうという、あの麗しきマナ姫が! ジーナ帝国が!」
目が血走っている。口角から泡が飛んでいる。内容も支離滅裂だ。どう考えても、マナを引き合いに出しても、彼が助かる道理などない。
だが。
「必ずや王国と公国を誅するであろうよ! そうなってから泣いて詫びるがいい、愚王! そして汚らわしい女大公よ!」
彼は、笑っていた。
ぞくり、とするような……悍ましい顔で。
(〝魔核爆弾〟といい、朴訥な謀略といい……ひょっとしてこの男の根底にあるのは。破滅願望……?)
慄くエミリア。哄笑が響き、凍り付いた空気の天幕。
そこへ。
「そう。ではあなたとの婚約は、破棄します。セラフ王子」
天幕の入り口に立つ皇女から、凛とした声が飛んだ。
セラフが顔を横に向け、目を見開いて彼女たちを見ている。
「マ、ナ? どう、して。ここに。そ、れに、お前は。アイーナ……?」
セラフの婚約者の、皇女マナ。そして姉であり……かつてセラフと婚約していた、アイーナだ。
「ご自慢の諜報部隊は、あなたに何も伝えられていなかったのですね」
嘲るように言うマナの、手袋をはめた手が……強く握り締められている。布の引き伸びる音が、破れそうで悲鳴のようにすら聞こえるそれが、エミリアの耳にも届いた。彼女の肩は震え、瞳は燃え上がるように強い意思と揺れを見せている。
「アイーナお姉さまの死は、偽装です。レモールの目を、欺くためのもの。ヘリックお兄さまの皇帝即位に招かれなかった段階で、何かおかしいと気づくべきでしたね? 王子」
「あなたが帝国の技術やスキルを狙っていたのは、周知のことなの」
一方の姉のアイーナは、どこか淡々と事実を告げていた。感情を抑えるというより、興味のなさそうな声で。彼女はセラフよりも、外を気にしている。
「帝国が承認した公国、友好国のオレンに調略を行った以上……あなたやレモールがどんなにごねても、マナとの結婚はあり得ない。残念だったわね」
(二人とも、台本通りね。タイミングもばっちり。アイーナがちょっと棒読みだけど)
仕上げにと、エミリアはテーブルを回り込み、セラフに近寄る。
「王国と帝国という二大国、そして我が公国はあなたを許しません。西方諸国にでも助けを求めますか? レモールと大変仲の悪い、周辺国に」
問いかけると、王子は。
「わ、たしは。わるく、ない」
うわごとのように、呟いて。
「悪いのは貴様らだッ! やれ、ゴンズ!」
セラフの叫びに素早く従者が反応し、彼の体がほのかに輝きを見せる。ハッとしたイリスが、その首の後ろから拳を落とした。
「これで――――ガッ!?」
「遅かった! 司祭様、今こいつ何かスキルを!」
精霊教の司祭の一人が、眉根を寄せて天井を見上げている。
「ここから離れた場所に、何かを伝えたようです。しかしそう遠くはない。天幕の外ではありますが……」
(ぬかったわ……通信系のスキルだったか。戦闘用だとばかり)
一同、苦い顔をしているところに。
「敵襲――――――――ッ!」
(始まった……!)
戦いの火ぶたが、切って落とされた。




