08-28.暴かれる謀略。
公爵領都郊外に設けられた、天幕。周囲には警備の者がついているものの、両国の騎士団などはいない。彼らはいらぬ緊張を避けるため、かなり遠くに待機させられていた。
そんな中、オレン王国国王アイードと、公国となるパーシカム領の公爵メンターが、天幕の前で固い握手を交わしている。彼らの近くに、張り付いた笑顔を浮かべるセラフ王子。少し離れて、馬を降りたジーク。そしてイリスとの姿があり……エミリアもまた、天幕入りのために待機していた。さらに精霊教の司祭が都合四人、法衣を来て近くに待機している。
「エミリア、ちょっと」
そろそろというところで、エミリアの背後から声がかかった。
「どうしたの? ガレット」
「ジャクソン教授が」
エミリアとイリスが振り返ると、ガレットに連れられたジャクソン・ベルがいた。
「教授? もしかして、爆弾の場所がわかったとか――――」
「さすがにそう都合よくはいかないよ、エミリアくん。これを」
彼は手の中に持っていたものを、エミリアに手渡してきた。四角い、金属の塊のようである。手のひらに収まる大きさで、薄く、重さはそれほどではない。そして……冷たい。ジャクソンがそれまでもっていたはずなのに、いやにひやりとした。
「教授、これは?」
「融合危険性を除外した魔核……といったところだ。正確には、精霊具だがね」
さらりと言うくたびれた青年に、エミリアは目を見開いた。
「成功したんですか!? スキルを、宿すのに」
「したとも。とはいえ、それはスキル未満。あまりに整地されすぎて、魔力の塊のようになっている。癖が無さ過ぎて、誰もが使えるわけではないだろうが」
教授が肩を竦め、口元を歪めている。口角の上がったその笑みは……彼の場合、自慢や照れの証だ。
「君ならば、使いこなせるはずだ」
(私なら、この魔力を使って……もしかして、もっと大きな祝福をイリスに与えられる? そうすれば)
ある意味、〝安全な魔核〟と言える。魔力のみを注ぎ、スキルを宿したりダンジョンを生成したり、魔物を作ったりしない……ということだろう。その代わり、このままではほとんどの人間にとって、無意味だ。
(仮にドラゴンが飛んできても、もしかしたら)
だが精霊具などを取り込んで使うことができ、しかもイリスに対して祝福を与えることができる、エミリアならば。
あるいは。
「ありがとうございます、教授。みんな、行ってくるわ。外はお願いね」
エミリアは礼を言い、改めて周囲を見渡す。ジャクソンとガレット。その向こうにはシアンサやディアンもいる。そして今回の切り札でもある……マナとアイーナも。
「エミリアも、セラフ王子に気を付けて」
ガレットに言われ、エミリアはあいまいに笑い、しかし力強く頷く。国王と公爵が天幕へ向かうのが目の端に映り。
イリスを伴って、彼らに続いた。
☆ ☆ ☆
各人、天幕入りし――――会談は早速、始まった。
(気を付けて、と言われてもね)
広い天幕の中には、壁際に四人の精霊教の司祭たち。セラフ王子と、彼の従者と思しき男。エミリアとイリス。ジーク王子。そして中央に座って向かい合っている、アイード王とメンター公爵。当然皆、丸腰である。
国王と公爵が談笑する中、エミリアは天幕隅で全体を見渡した。
(まぁ私は聖剣出せるし……これを知っているのは、ジーク王子とイリス、そしてお父さまだけ。アイード陛下も知っているかもしれない。イリスは超常的な力を持っていて、ジーク殿下も条件付きで常人を越えた膂力を発揮する。彼が一番背が高いから、スキル〝いと高き者〟の発動条件は満たしている)
明確に戦闘能力を持っているのは、三人だけ。国王とメンターにはそういったスキルは、ない。エミリアは天幕反対側に控えている、セラフ王子と従者を気取られないように見つめた。
(セラフ王子はおそらく、手紙をすり替えるスキルの持ち主。従者は何らかの戦闘力を持っているでしょう……けど、あの司祭たち)
左奥に、法衣の男たちが四人いる。二人は、以前公爵邸に来ていた司祭だ。もう二人は、アイード国王が連れてきた。おそらく全員が、スキル鑑定のスキル持ち、であろう。
(セラフ王子らが危険なスキルの持ち主がなら、彼らが警告するでしょうから……そこはたぶん、ない。ボディチェックしてもらってるから、爆弾なんかもないわ。気になるのはどちらかというと、外ね)
天幕の外は、アイードが連れてきた者たちや、〝才の庭〟の面々が固めている。双方の騎士や兵士は、もっと離れたところにいた。さらに要所に、烈火団の冒険者たちが潜んでいる。
(セラフ王子の諜報員たち。公爵領都にいた分は捕えているものの、他は野放し。王国が捕まえたってこともないでしょうから、それが戦力として来ている可能性は低くない。そもそも、ここで爆弾を爆発させたって、セラフには何のうまみもないのだし……脅すなりして、混乱を引き起こすのが目的、だとは思うけれど。どう、出る)
皇女マナがスキルによって「今日ここで、大陸を更地にする〝魔核爆弾〟が炸裂する」と予言している。だが爆弾は見つかっていない。作成主はセラフ王子らで間違いないのだが、彼らが何の目的で爆発させようか、という点もまた不明だ。セラフ王子自身は、公国独立の機に、混乱を仕掛けたいという意図があるようには見受けられる。彼自身の本国における地位の向上か、別の目的があるのだろうが……この辺りは、まったくわかっていない。
「旧交を温めるのもよろしいですが、議題がおありなのでは? お二人とも」
そのセラフ王子が、アイードとメンターの談笑に割り込んだ。
「議題、か。そんなものが私とお前の間にあったか? メンター」
「いや? 我々の間にはないな。アイード」
「惚けないでいただきたい。この会談は、公爵領独立承認を前にした両者の調整のためのもので――――」
堂々とうそぶく王子の発言を。
「時に聞くが、セラフ殿」
アイード王が低い声で、遮った。
「あなたが会談に立ち合いたいと言うから、同行を許可したが。だとして、なぜあなたがこの場にいる必要がある?」
「今後我が国と懇意となろう王国と、新たな国となる公国の歴史的瞬間。その場に立ち合い、レモール国もまた公国を承認したい考えです」
(結局、さっきの今じゃ公国が〝樹立済み〟かどうかなんて、情報の掴みようがなかったということね。ジーク殿下が、せっかく教えてくれたのに)
国王が椅子のひじかけを、指でとんとんと叩いている。エミリアはそれなりの付き合いで、彼がずいぶんいらついていると看破した。レモールの姫が第一王子ウォレンツと懇意ゆえ、セラフを受け入れていたが……どうにも、腹に据えかねるものが、元々あったとみられる。
「君はレモールの大使だ、それは国の考えととって良いだろう。だが承認というなら、それは使者を立てて公国に直接向かえばいいだけ。この場で、という理由にはならんな」
アイードがため息交じりに告げ、メンターに視線を流している。公爵は大きく頷き、頬を引くつかせている青年に向かって言葉を投げかけた。
「例えば。ジーナ帝国の皇帝ヘリックであれば、その言も通る。東西にまたがる大国家たる帝国は、パーシカム領とも隣接しており、王国とも交流が深い。だがレモールは我がパーシカムとは関係がない。海洋貿易でも、縁がありませんな」
「であればこそ、ということです。大公閣下。これより縁を結んでいただければと」
セラフが食いついている。メンターが少し、ほくそ笑んでいて。
(なるほど。これ元々は、王国と公国を両方を煽って対立させ、間に入って取り入るつもりだったわね? 緊張を招くのには失敗したから、断りにくい会談の場で突然国家承認を言い出し、そこから公国に恩着せがましくすり寄るつもりだった、と……)
エミリアは壁際からゆっくりと、進み出た。
(けれど公爵領は水面下で王国とやりとりをし、とうに公国として独立済み。朴訥な戦略ね)
テーブルを挟んで座り、対面している国王と公爵。彼らに割り込む形で立ち、テーブルに手を置いていたセラフ。
そのセラフ王子に、相対して。
「それは承服できませんね、セラフ王子」
エミリアは不敵な笑みを、見せた。
「…………エミリア嬢、なんだろうか。私は今、公爵……否。大公閣下とお話しているのだが」
心底わからないと言う声音で、セラフが眉根を寄せている。睨んで見上げるような彼に、弧を描く瞳を見せつけた。
「ええ。ですから返事を致しましたのに。何がご不満なので?」
「……………………は?」
間抜けな声を上げる王子を尻目に、エミリアはメンター、アイードに視線を送る。二人が力強く頷いた。
「オレン王国は、大公エミリアを初代に掲げる、公国の樹立を承認した。今後、パーシカム家は分家し、メンターは変わらず公爵となるのだったかな? エミリア」
「その通りです、アイード国王。私は新たに家を興すため、そのようになります」
エミリアが言い終わると同時に。
「なんだそれは!?」
テーブルが強く、叩かれた。
「女……女が国家元首だと!? 他に継ぐべき男児がいながら!? 国というものを舐めているのかッ!」
セラフがエミリアを指さし、口角から泡を飛ばさん勢いで叫んでいる。対するエミリアは、涼しい顔だ。むしろメンターとアイードの眉根が険しく寄っていて、彼らが激発しないか少し心配になる。王子の出方をもう少し見ようかとも思ったが、エミリアは口を挟んだ。
「どういうご意図の発言でしょうか。セラフ王子」
「しかも言葉の意味もわからない愚図だとは! 今からでも遅くはありません、アイード陛下。公国の独立承認など、取り消すべきです!」
腰を折ってずいっと近寄り、セラフがアイードに呼びかけた。国王は。
「それがレモールの意見か、セラフ殿」
目を伏せ、そう問いかけた。
「…………そうとっていただいて結構。度し難い」
(なるほど。私にケチをつけることで公国側を悪者にし、手勢を乱入させ……王国側を守って離脱する気ね。でも、そうはいかないわ)
エミリアは視界の端のイリスに、視線を送る。彼女は僅かに頷き、立ち位置を変えていた。セラフの従者を、警戒して。
「さぁ、ご決断を陛下! 我がレモールの手をとるか! このような愚鈍な公爵家の汚い手をとるか!」
そのセラフは、芝居がかった仕草で上半身をのけぞらせ、両腕を大きく広げた。右腕は包むようにアイードに向けられ、左腕はエミリアとメンターを指すように放たれる。
エミリアは、ゆっくりと、ほほ笑んで。
「アイード王」
「なんだね、エミリア」
「一つ、ご判断の材料を提供したく思います」
手の中に、便箋を出した。
「ハンッ、国際的な場に出たこともない素人が。何を持ちだそうとい――――」
喚くセラフに向かって、便箋の封蝋を見せる形で掲げる。指をすいっとずらすと……便箋は二つになった。
「これ。ご存知ですよね? セラフ王子」
封蝋には、公爵家の家紋。
一つは、公爵家から出された招待状。
もう一つは――――セラフがスキルですり替えた、偽の手紙であった。




