08-26.どうか、愛に赦しを。
母クラリスと居室で話し合っていたところに……兄サイクルと、父メンターが押し入ってきた。どうも彼らは、イリスに文句があるようである。
だがそれは、エミリアとて同じこと。
「立ち聞きとは、ご趣味が悪いですね? お父さま、お兄さま」
「何を言う、エミリア。私は使用人から、報告を受けただけだ」
メンターが悪びれもせずに述べて、内側から扉をこんこん、と手の甲で叩いた。
「お客人の言葉が、きちんと扉の前の使用人に届くように……客間の扉は、そう考えての厚さにしてある。突然であろう?」
(あっ。道理で、あるはずの私の部屋に案内されなかったと思ったら! ずっと勘ぐられていたのね!? おのれ……)
扉の前に控えていたメイドたちに、ずっと盗聴されていたと気づき……エミリアは思わず眉をひそめ、口先をとがらせ、頬をふくらませる。当然に聞かれているだろうと想定していなかった自分が悪いのも確かだが、それはそれとして腹が立った。
「さすがに、当主の座簒奪の恐れあり、と報告されては……放ってはおけぬ。だがそれ以上に」
メンターが言葉を切り、一同をぐるりと見渡す。釣られてエミリアも目を向けると、兄のサイクルは何か承知しているのか、澄ました顔だ。イリスは感情を抑えているのか、表情が薄い。母クラリスは、このことを知っていたのか、悠然と構えていて。
エミリアは。
(――――まずい。お父さまはいったい、何にお怒りなの? 私を大公にし、結婚するという、イリスの見せた活路……場合によっては、血を見ることに)
ハッとして固唾をのんで、のどを鳴らした。エミリアとしては、引き下がれない。例え家族が相手といえど、イリスが最優先だ。もちろん、公爵らがNoと言えば、二人で逃げるだけではあるが……相手がそれを許してくれるとも、限らない。
緊張が肩を、背中を固める。いざとなった時のために、聖剣をいつでも手の中に出せるように構え、イリスの位置をちらりと確認した。メンターの赤い瞳が、自分を見ていることに気づき――エミリアは細く息を吐き、彼の言葉を待つ。
「エミリアを最も愛してるのは、君ではないッ! この私だッ!」
「……………………はい?」
クワっと目を見開いて叫んだ父を、見て。エミリアは目が、点になった。理解が追い付かず、瞬きが増える。
「否、断じて否。父上と言えど、看過できませぬ」
「お、お兄さま」
壁に背を預けていたサイクルが、部屋の真ん中にゆっくりと歩いてくる。彼はメンターの正面に回り、その間近で――――睨み合った。
「この私を差し置いて! エミリアへの愛を語ろうと言うのかッ! 父上!」
「どういうことよお兄さま」
エミリアは低い声で唸ったが、真剣な顔で睨み合っている父と兄は聞く耳をまったくもたない。
「あなたたち……決着をつけなければ、ならないようね」
「お母さま、もう出オチです!?」
立ち上がったクラリスが、父と兄の輪に加わった。
「決めましょう、誰が一番エミリアを愛しているか! このカードで!」
いつの間にかクラリスは、その手の中にトランプを持っている。
「――――受けて立ちましょう。勝者はこのわたしですッ!」
エミリアはもうなんかどうでもよくなってきて……奮い立つイリスを、ぼんやりと眺めた。
☆ ☆ ☆
エミリアの居室は……なぜか妙な熱気渦巻くカードゲーム会場と化した。テーブルを囲み、四人がゲームに興じている。なおエミリアは景品なので、不参加だ。
「お前を大公位に……公国の初代首長とすることに、異論はない。〝8〟」
「ダウト――〝Q〟ですか。わたしから聞きますが、なぜです? 公爵閣下がそのまま大公に就任するのが筋、次点でサイクル様でしょう。〝9〟」
場に伏せられたカードをイリスが表にし、メンターが悔しそうに、場に溜まったカードを手札に回収していく。イリスが出したカードが疑われることはなく、そのまま次に進んだ。
「〝10〟だ。それでは独立の意味がないからさ、イリス嬢。オレン王国の属国だとみなされるだけだろう」
「あなたが示したように、我々もエミリアのことは高く評価しているのです。ジーク王子に預けるには、あまりにも惜しい才媛……戻ってきたのならば、頂に担ぐことは規定路線でした。〝J〟」
(規定路線……? みな、私を大公にするつもりだったというの? 信じられない……)
エミリアはゲーム模様を眺めながら、眉根を寄せる。独自性は確かに出るだろう。だが自分が選ばれる理由が、いまいちピンと来ていなかった。
「ぐむむ……ただ伴侶だけが問題であった。帝国もごたつき、王国はあの通り。西方諸国は信用ならず、東方は独自路線が過ぎる。ディアン殿ならばとも思ったが……〝Q〟」
「ダウト……〝10〟ですね。どうぞ、公爵閣下。ディアンでは格が高すぎるでしょう。帝国と近すぎて、火種が大きい。〝K〟。いかがです?」
またメンターがカードを回収させられている。そしてイリスの出したカードは最後に持っていた一枚で……。
「ダウト! ――――なぜ貴様が〝K〟を持っている!?」
「残り3枚は閣下がお持ちでしたか。今ので上がりですから、わたしの勝ちですね」
メンターが場に伏せられたカードをめくるも、それは宣言通りの〝K〟。イリスは真の王となり、勝ち抜けた。
「もうワンゲェェェェムッ!」
「父上、イリス嬢には全敗ではないですか」「私にも及びませんのに」「わたしはいくらでも良いですよ」
(お父さまこれ、イリスと遊びたいだけじゃ……っと、そうじゃない。そろそろ話を聞きたいわ)
メンターの気迫の向こうに、ゲームそのものに興じる気配を感じ、エミリアは呆れたため息を漏らす。それから、気持ちを切り替えた。
「お父さま、お話はわかりましたが……にわかには信じがたいところです。正直、私へのご評価が……」
「否。これで合っている」
「しかし」
エミリアは納得がいかず、食い下がる。そんな彼女に対し、公爵は。
「お前は……覚えていないかもしれないが」
柔らかで穏やかな笑みを、浮かべた。
「このゲームを生みだしたのは、エミリア。お前だ」
「……………………へ?」
カードの束を整えながら、メンターが手元をじっと見つめている。その目はカードの向こうに、どこか遠くの景色を見るようで。
サイクル、そしてクラリスもまた頷いた。
「五つかそこらの頃でしたね。〝ダウト〟だけではなく、他にもいろいろと」
「家族で夢中になったものです。ですがあなたがもたらしたのは、それだけではなかった」
顔を上げた、メンターは……とても、誇らしそうで。その笑みに、エミリアは目を奪われた。
「そうだ。お前の思い付きのような言葉は、農業、航海法、芸術、経済を目まぐるしく発展させ、金融という概念すら与えてくれた。今や、西の商業圏を、公爵家が抑え込めるほどの財がある」
(…………私何やってくれちゃったの?)
メンターの余りの言い様に、エミリアは思わず噴き出しそうになる。だがどうにも、真面目な話のようだ。
(えっと……私が前世を思い出したのは、10歳より後のはず、だけど。それ以前から記憶自体はあって、小さい頃はそれを何も考えずに放出していた、と。そういうこと……?)
いわゆる〝現代知識チート〟を過去の自分がやっていたかもと思い至り、エミリアは面食らう。信じられないが、ないとは言い切れない話だった。
「エミリアよ。公国樹立は、そもそも何もかもお前のためだ。お前の才を活かし、望まぬ結婚を退け、思うがままに生きてもらうための、な。無論、王侯貴族であるという前提は、踏まえてほしかったもの、だが」
少なくとも、メンターたち家族は、目が本気だ。どこまでもエミリアを深く信じ、そのために力を尽くそうという意思を、感じる。まるで……イリスに対してエミリアが、そうするかのように。何もかも許し、助けになりたいと切に願うように。
彼らの熱い心が、その視線からひしひしと伝わってきた。
「それ以上の新しい時代の到来を、イリス嬢は確かに見せた。国の法が一月足らずで出来上がろうとしている……それも王国の慣習と帝国の法規を吸収し、公爵領の地域性まで飲み込んだものだ。文句の付け所がない」
メンターやサイクルの目が、イリスに向かっている。彼らの視線を受けた愛しい恋人は、胸を張り、堂々としていた。その顔は、輝きに満ちていた。
「大公エミリアの妻に、相応しい」
「お父、さま」
エミリアの瞳に、少しの涙が滲む。そんな彼女に向かって。
「準備は万端。会談は一週間後。うまくいけば、その翌週に記念式典期間に入る。もちろん」
父が、厳かに告げた。
「その最終日が、お前たちの結婚式だ」
結婚式。その言葉が頭になかなか浸透せず、エミリアは呆然とする。皆を、見て。
「ぇ。でも、じゅんび、とか」
「そんなもの、いつでも良いように用意していたとも」
兄が、朗らかに笑っている。母が、大きく頷いている。
「おゆるし、くださるの、ですか」
「当たり前だ。お前の選んだ伴侶だろう」
父が、その目に涙を溜めていた。
「私は、わたしは――――!」
そしてイリスは。
「――――イリスを愛しても、いいのですか?」
堪え切れず。
エミリアと共に。
一筋雫を、流していた。
「無論。世界に見せつけるほどに……愛を育んでおくれ。エミリア、愛しい我が娘よ」
「お父さま――――っ!」
テーブルを回り込み、エミリアはメンターに抱き着いた。
「エミリア」「エミリア……」「エミリア様!」
気づけば5人皆が、寄り添い。
暖かく、抱き合っていた。




