08-24.結婚の理由。
ガレットから尋ねられ、ようやく「家族にまだ結婚のことを相談していない」ことを思い出したエミリア。
(まずいまずいまずい何も言ってなかった! というか公国になってから法整備が落ち着くかと思ってたのに、このままだと記念式典に間に合っちゃう! なのにお父さまたちにも言ってなければ、結婚式の準備とかもなんも考えてない! あほなんじゃないですかね私は!?)
頭の中でめいっぱい錯乱しつつ、まずは比較的話ができる相手として、母のクラリスを探す。父や兄は同性と結婚すると言った場合、どう出てくるかわからない。
そうして彷徨っているわけだが……私室かどこかにいるかと思ったものの、屋敷には見当たらなくて。だが使用人に聞いても、特に予定は入っていないという。探し回った結果、中庭に出て。
「ぉ…………」
向き合って立つ父メンターと、母クラリスの姿を見つけた。
(きれい……)
似合いの二人だった。庭と赤い光を背景に立つだけで、絵になる。エミリアがしばし、見惚れていると。
「エミリア、戻ったのか」
「どうかしたの?」
夕日の差す中、美しく寄り添う二人に問われ。
(まっず。お父さまの前でいきなり言うわけには……)
逡巡した。
「お、母さまに。ご相談がありまして……」
父母を引き離す良い言い訳が何も思い浮かばず、我ながら愚策だと考えながらもそのまま当たる。果たして。
「そう……あとで部屋に行くわね」
「は、はい、お母さま!」
母が何かを察してくれたようで、最良の結果に終わった。
「――――話をするのに必要な方も、キチンとお招きしておくように。エミリア」
(何か具体的に察せられてる!?)
クラリスが鋭く目を細め、薄く笑み見せている。その隣のメンターは、顔に困惑を浮かべていたが。
「承知いたしました、お母さま」
エミリアは素早く淑女の礼を取って、退散を決め込んだ。
☆ ☆ ☆
もう慣れた仮住まいで、エミリアはそわそわと待つ。扉の前を行ったり来たりして、かれこれ10分余り。
「お、落ち着きましょう、エミリア様」
イリスにそう言われても、気が鎮まるものではない。そろりと彼女を見れば、何やら両手指を合わせて、ずっと指をくるくると回している。
「え、エミリア様をお嫁さんにください! って言った方がいいんでしょうか……」
何やら、瞳もグルグルしているように見える。イリスもだいぶ、混乱しているようだ。
(……それもそう、か。急に呼びだされたと思ったら、親へのご挨拶をすることになったんだし……むしろ、よく逃げないわね、イリス)
エミリアは嘆息し、自らも椅子に座った。執務机を挟んで、イリスと向かい合う。
「それやったら、私がフラン男爵家に入ることになるでしょう……男爵は一応王国の貴族なんだし、それだと結婚できないわよ?」
「あそっか」
「というかそれは、私がもうレッカさんにやったし」
「…………へ? いつの間に?」
(そうだった、イリスに伝えてなかったわ……)
イリスの母レッカに、エミリアが結婚すると宣言したのは……公爵邸に帰ってきてすぐのことだ。直後王都へ潜入しに向かい、帰ってからはイリスと口を聞かない日々が続いた。両親に結婚のことを伝えるのと同様、エミリアはこれもすっかり忘れていた。
「レッカさんは元々、私たちの結婚には賛成っぽかったからね。それとなく聞かれたから、きちんと頭を下げてきたわ」
「ウッ……ふぅ。エミリア様が男前すぎる……」
言い訳に聞こえないようにさらりと言ったところ、なぜかイリスが顔を真っ赤にして俯き、それから少し身を震わせた。首を傾げて彼女を見ていると。
「それなら何で、今は緊張してらっしゃるんですか?」
ポツリと、イリスがそう零した。
「そりゃ、うちにはまだ何も話してないし……どう考えてるか、わからないし。それに冒険者の社会なら同性愛は割とあるんでしょう? 貴族社会はそうじゃないから、お母さまにだって反発される可能性は、高いもの」
「そう、ですね……反対、されてしまったら」
視線を下げ、眉尻を下げるイリスを目にして。
「あなたを連れて逃げる」
エミリアは躊躇わず、そう口にした。顔を上げて目を見開く彼女に、少しの微笑みを向ける。
「もちろん、説得は試みるけれど。家の問題でダメな可能性もあるし、そしたらしょうがないわ」
「家の、とは?」
「ん……私があなたを嫁にもらった場合、ちょっと面倒でしょう。次期公爵はどう考えてもお兄さまだけど、その時私たちはどうなるの? 家に残り続ける? 特に」
エミリアは顔に熱が昇るのを感じ、言葉を区切った。ため息混じりに、続きを吐き出す。
「子どもが生まれた場合、どうするか」
「あー……さらに次代の継承問題。かといって先の通り、うちに来ていただくわけにもいかない、と」
真剣に考えているせいなのか、イリスの答える声は興奮もなく、涼やかだった。自分だけ意識していたようで気恥ずかしく、エミリアは咳払いしてから背筋を伸ばし、真面目に続ける。
「そう。お父さまは国政参加を含めた、私の復籍を認めてくださっている。そうなると、私たちの子はどうなるのか。公爵家の継承権を認めるのか」
「法律上は、男系継承でなくても認める運びです。これは王国の慣習を踏襲しています」
「家に女性しか残らなくて、婿を迎える場合に相当するのね? その場合、女性当主は?」
「認めます。国家元首であっても。これは帝国などのスタンダードですね」
イリスがすらりと答えるもので、エミリアは感心して思わず笑みを浮かべた。
「そういえばジーナ帝国は、女帝がいたこともあったわね……なるほど、うまくまとめたと」
「はい。だから女性同士の婚姻、男性同士の婚姻、どちらであっても家の継承は可能です」
「男同士!? いやその。それもできちゃうの?」
予想外の単語が飛び出て、エミリアは僅かに腰を得かせる。
「スキルにもできることとできないこと、があります。でも〝人間にできること〟なら全部可能なんです。あらゆる手段で代替不能なこと、になると……スキルでも難しくなります。同性同士の妊娠出産となると難しい範疇なのですが、単に〝妊娠して出産する〟という定義なら、スキルで賄えるんです」
対するイリスは、冷静なものだった。淡々と考え述べる彼女を前にして、エミリア釣られて落ち着きを取り戻し……別の事が気になった。
「あなたが怪獣斬ったのは、不可能な領域に見えるけれど」
帝都に現れた精霊竜を、山ごと真っ二つにしたイリス。いくら聖剣のスキルもあったとはいえ、反則にもほどがある。
「それは同感です。おそらく……二人分の魔力が乗った結果、だろうとは思います」
「私の祝福、か……ん? 鍵は魔力なの?」
「はい。魔力の塊である〝魔核〟がとんでもない現象を引き起こすのと、一緒です。通常、人間同士の間で魔力なんて、やりとりできないはず、ですが」
〝魔核〟の名が飛び出し、エミリアは眉毛を寄せた。
「私たちの場合はそれを合わせられるから、常識外の現象が起こせた、と」
「今のところは、そうだと推測しています。材料が少ないので、何分それ以上は」
エミリアは前のめりになり、机に腕を置き、目を細める。
「魔力か……〝魔核爆弾〟の阻止。場合によっては教授の作ってる〝魔核〟を使った方がいいかしら」
「〝魔核〟の魔力はやめた方がいいですね」
最後の懸念、予言された大事件を思い、提案してみたものの……イリスが即座に首を振って否定した。
「その人専用の魔力に整えないと、大した力にはならないと思います。元々魔力が無に近いものに与えるか、一度与えた同じものに投与するのが効果的です」
「そう何でもうまくはいかない、か」
長く息を吐く。まだまだ、イリスと行く道には、課題が多かった。
「良い議論でした」
静かに肯定され、エミリアは姿勢を正し。
「それはどうも――――お母さま!? い、いつの間に!」
飛び上がらんばかりに、驚いた。スラッとした貴婦人が、気づけば椅子の一つに座っている。
「いくらノックしても気づかないようだから。それで」
急な母の登場で、エミリアはうまく言葉が出ない。それはイリスも、同じようで。
「あなたはなぜ、イリスさんとの結婚を願うの? エミリア」
たじろぐ二人を、どこか楽しそうに――クラリスがじっと、見つめていた。




