08-23.頑張り屋の思い出。
少しの〝お土産〟を仕入れ、ちゃんと市中も回ってエミリアが屋敷に戻ったのは、夕方近く。
「やっと戻ってきたわね、エミリア」
ジャクソンの研究室の様子を見に来たエミリアは、その手前で友を見つけた。
「ガレット……ぇ、それにマナ? どうしたの?」
侯爵令嬢ガレットが、ずーんと沈んだ様子で壁に寄り掛かっているマナを、宥めているようだ。
「エミリア!」
暗く意気消沈しているのかと思えば、マナはがばっとエミリアに近寄り、肩を掴んできた。
「どうしたら! わたくし、お姉さまにどう顔向けしたら!?」
「どうって、そのまま……? というか、どういうことよ?」
「お姉さまがわたくしをすすす好いてくださるなんて、夢でしょ!? こんな現実ありえませんことよ!」
(なんでその方向に拗れたし)
エミリアは死んだ魚のような目をしつつ、マナに激しく揺さぶられる。下ろしたはずの荷が変形して戻ってきたような印象で、もういろいろと投げ出したかった。
「マナ様、さっきからその……浮き沈みが激しくて。あなた、何をしたのよエミリア」
ガレットに横から尋ねられ、揺さぶられながらエミリアはなんとか答える。
「ディアンとアイーナのわだかまりを解きたかったのよ。そしたら」
「そしたら?」
「アイーナがついでにマナに告った」
「ウソです信じられませんなんでこんなことにお姉さまぁ!?」
(もうお酒飲んでねたーい。私、酔わないけど。あ、でもシェイクされてちょっと回ってきたかも……)
さらに高速でがくがくと前後に振られ、エミリアは頭の奥がきーんとしてきた。
「マナ様は、何がご不満なのです?」
「だってガレットぉ……」
ガレットが横から口を挟んでくれたおかげで、揺れはとまった。しかし。
「あのアイーナお姉さまなのよ? 燦然と輝く人類の希望の光……! お姿からお心まで、何もかも完璧で……!」
(マナ、夢見てるんじゃ。というか痛い。肩砕ける)
皇女はエミリアの肩を掴んで、力を籠めている。みしり、と嫌な音がした。
「わたくしなど、何のお役にも立てないのに! わたくしをお好きになるなんて、あるわけが!」
「ならイリスが私を好むこともなかったわよ」
痛みをこらえながら、エミリアは反射的に突っ込む。
「え?」
呆気にとられた声とともに。肩を掴んでいた手が、緩んだ。エミリアは深く息をして、マナをじっと見つめる。
「あの子はすべてができると言っても、過言ではない。人が役に立てない者が好きになれないなら、あの子にとっての私だって同じ」
「でも、エミリアはいろいろ……」
「できることがない、とは言わないわ。けれどそのほとんどは、イリスでもできること。それに私だって、役に立つから、イリスが好きになったわけじゃないし。あなたはどうなの? マナ」
問い返すと、肩から手が離れた。マナは自分の胸を手で押さえ、俯く。
「それでもわたくしは。お姉さまの、お役に、立ちたくて」
「その〝加護〟のスキルがあるじゃないの」
「こ、これは。使いすぎると危ないって……お姉さまにも、止められてて」
(そういえば体調崩してたわね……そこはイリスと違うのか)
強力な力を得ているマナだったが、スキルを使い過ぎると魔力が枯渇してしまうようだ。ならこんな無駄力を発揮しないでほしい……と痛む肩を思いながら、エミリアは深くため息を吐く。そこへ。
「マナ様」
ガレットが、割り込んできた。
「お気持ちはきちんとお決めになった方が、よろしいかと」
「でも」
煮え切らないマナに対し、ガレットは珍しく眉根をひそめている。
「そうでなくとも、あなた様はレモールのセラフ王子と婚約中の身。ふらふらと苦難待つ道に進んでしまったら、取り返しのつかぬことになるでしょう。アイーナ様にとっても」
「っ!」
(おぉ、そうだった。まだアレと婚約中だったわ、マナ……)
スキルや精霊工学を狙う、謀略の主セラフ王子。彼はかつてアイーナ皇女と婚約しており、彼女が処刑された直後にマナへと乗り換えたそうだ。
「アイーナ様は公国でこれから暮らす身。あの方のお傍にいたいのであれば、婚約の破棄も見据えなければならない。しかしそれは当然……帝国に影響のあることです。マナ様」
「わたくし、ヘリックお兄さまの、ご迷惑に……」
辛辣な友の言い様に、マナが明らかに落ち込みを見せている。エミリアはガレットの肩に、手を触れて。
「ちょっとガレット」
「エミリア」
苦言を呈したところ、鋭く睨み返された。
「私、あなたとイリスのことは応援しているわ。同性婚の法整備も万端よ。でもね」
エミリアの手を振り払い、ガレットがマナに鋭い視線を向けている。
「誰彼構わず背中を押す気には、なれない。少なくともマナ様は、貴族社会で……これからも生きる身なのよ?」
「それ、は」
エミリアは言葉に、詰まった。
このままいけば、セラフ王子は王国と公国を陥れようとしたとして、表舞台には立てなくなるだろう。だが今の時点では、顛末がどう転ぶかはわかっていない。それを鑑みれば、安易にマナとアイーナの仲を押すのは、良い結果を生まない可能性が高い。
しかし。
エミリアの脳裏には。
「――――それでもアイーナは、きっと止まらないんじゃないの?」
マナのために祈る、アイーナの姿が思い浮かんで。そんな言葉が、口をついて出た。
「マナが身を引いたら、彼女どう出るかわからないわよ? 最悪、帝国は無事じゃすまないでしょ?」
「お姉さま、そんな……! わたくしのためなんかに!」
「あなたのため、かどうかは置いておいて……マナ」
エミリアは無茶苦茶な皇女アイーナの姿を思い浮かべ、その評判と、本人の人となりを踏まえながら……マナに向き直る。
「アイーナはこれと決めたことなら、なんでもやっちゃうんじゃないの? 自分がどうなろうとも。周りが……どうなろうとも。私には、そういう人に見えてるけど」
マナの瞳に。
「そう、よ。お姉さまは、すごい人、なの」
遠くを見る、彼女の目に。
――――強い、光が灯った。
「小さい頃から、なんでもおできになったわ。ダンスなんて、大人が舌を巻くくらいで。勉強だって……大学までずっと、同年代の追随を許さなかった」
思い出を語るマナの顔は、生き生きとしていて。
「武芸もたしなんでらっしゃるの。〝生きるためには何でも必要〟って、いつも懸命で」
それでもなぜか、どこか遠くを見て。寂しげで。
「いつも人に囲まれて、礼儀正しいのに朗らかで忌憚が無くて。言葉がとても、胸に響くの。明るくて、夏に太陽へ向かって咲く、花のようで」
声は、絞り出すようで。
「でもそんなお姉さまを、誰も支えようとしない」
血を吐くようですら、あった。
「婚約したセラフ王子ですら、そうだった。お父さまやお兄さまたちも、お姉さまなら大丈夫だろうって。むしろ頼り切りなくらいで……わたしくは」
エミリアはマナの語るアイーナに、他の誰かを重ねる。
「わたくしは華やかな眩さの影で、あの方がどれほど努力されてるか、知っている」
(――――同じ、だ)
それは金髪碧眼。世界の主人公だと、エミリアが信じて疑わない人。
「お姉さまがいつも頑張ってらして、弱音なんて吐かないことも」
(そうよ)
誰よりも気高くて。
「でも我慢しているだけで、本当は歯を食いしばってらっしゃることも」
(我慢強いのよね)
信じられないくらい頑固で。
「だからわたくしは。あの方のお役に立てなければ」
ずっと自分が追って来た、愛しい相手。
「「自分が許せない」」
二人の声が、重なる。マナがハッとし、エミリアを見つめてきた。
「なら。アイーナの気持ちに、答えなくちゃいけないんじゃない?」
エミリアが笑みを乗せて告げると、マナの頬が緩んだ。
「ええ。腐ってる場合ではないわ。ありがとう、エミリア。それに……ガレットも」
「よろしいのですか? マナ様。帝国は」
ガレットが尋ねると、マナは。
「いいのよ。どのみちセラフ様は、謀略のし過ぎでもう立ち行かないのでしょう? ならヘリックお兄さまにもご理解いただいて、お別れするわ。それが迷惑だというのならば」
首を振ってから。
「帝国に反旗を翻すまでよ。お姉さまと……一緒に」
不敵な笑みを浮かべた。
彼女はジャクソン研究室の扉をノックし。
応諾を待って、部屋に入っていった。
僅かに、アイーナの声がする。
エミリアは。
「ねぇガレット。あの二人、本当に応援してないの?」
共に残されたガレットに、問いかけた。ガレットは弱く、首を横に振る。
「…………アイーナ様は、私のご学友だったの。小さい頃から、ずっと見てきた。もちろん、マナ様のことだって」
その緑の瞳を見て、エミリアはぎょっとした。
「手を取り合って生きてきた、お二人を。ずっと……見てきたのよ」
ヘリックのことを語るときでも揺れなかった、友の瞳が。静かに、雫を湛えている。エミリアは痛む肩を竦め、ガレットの背をそっと撫でた。
「憎まれ役、うまかったわね?」
「下手過ぎて恥ずかしいわ。早く忘れたいわね」
「ぉ。そういうことなら、街で仕入れてきたのがあるんだけど……仕事の後に、どう?」
涙の下に笑みを見せて、ガレットが頷く。
「遅れた分、手伝ってくれるならね。エミリア」
「もちろん」
エミリアが応諾すると、ガレットは涙を拭いて。
「ところで」
静かに、何でもないことのように。
「あなた、自分のことはもう、公爵閣下らには言ったの?」
エミリアがずっと忘れていたことを、尋ねてきた。
「………………………………………………ぁ」
同性婚成立に向け、まい進してきたエミリアだったが。
イリスと結婚するとは……まだ家族に告げていなかった。




