08-21.皇子の胸の内を解きに。
イリスとのわだかまりは解けたが……別々に過ごす日々は続く。彼女とは「公爵と国王の会談時に、共にいること」を約束し――それはマナの予言した、〝魔核爆弾〟爆発阻止のためだ――それぞれやるべきことに戻った。
イリスは〝才の庭〟の面々と共に、公国を法治国家とするための法整備に挑んでいる。公爵領各地の慣習との、政治的調整がままならないため、大枠を発布しての見切り発車になる見込みだ。独立しても、しばらくは忙しさが続くだろう。
エミリアは彼らの補佐・公爵家側との調整を引き受けながら、公爵と国王の会談に向けた準備を進めていた。中心は公爵家だが、彼女が首を突っ込んだのは警備である。強力な〝加護〟のスキルを持つマナ、そして大冒険者団の烈火団と共に、詳細を詰める。正規の騎士団は、互いを刺激しないために、今回の会談場所には最低限の護衛しか連れ込めないのだ。会談補佐をしてもおかしくない人物を中心に、冒険者たちを伏兵として配置する腹積もりだ。
「――――という感じ。セラフ王子が、諜報員を引き連れてやってくる可能性が高い。王国側は、彼が同行することを止めるのが難しいでしょうしね」
先日イリスを迎えた客間で、今日のエミリアは。
「第一王子がレモール国の姫と婚約秒読みとあっては、その親族を軟禁するわけにもいかない、と」
侯爵令嬢にして〝才の庭〟の重鎮、ガレットを迎えていた。話の内容は仕事についてだが、二人とも紅茶を飲み、くつろいでいる。エミリアとしては酒の方がよかったが、まだ日も高い。
「嫌な話ね……というかエミリア、例の研究にも顔出しているんでしょう? ちゃんと休んでる?」
ジャクソン教授による〝魔核〟の危険性についての研究。この点は大いに進展しており、また隠れてイリスとも情報を共有し、本当の精霊工学についても推し進めている。エミリアも当然に首を突っ込んでおり、なかなかに忙しい。
だが。
(イリスほどではないわね。あの子、たぶんまた寝なくなってるし)
恋人のことをそのように想い、ため息を飲み込んだ。ここのところたびたびイリスを深夜に見かけたり、事務に宛がわれた一室が、遅くまで明かりがついていることもあり……彼女はどうやら、以前のようにほとんど寝ないで作業を続けているようだ。エミリアとしては心配もしているが、それで彼女の体が壊れないことは知っている。とっとと結婚して、その後にまた寝かしつけてやろうと割り切っていた。
(スキルの使い過ぎについても、アイーナ曰く。イリスのスキル〝才能〟は魔力欠乏しない方向だそうだから、心配なさそうだし。今は、不安になっている場合じゃないわ)
胸元のブローチにそっと触れ、エミリアは視線を上げる。
「休んでるわよ、ガレット。あなたこそどうなの?」
「イリスがかなり進めているから、私たちはそこまで。ああでも」
ガレットはソーサーにカップを置き、僅かに眉尻を下げた。
「ディアン様はちょっと、根を詰めているわね」
(いやどうしてよそれ。シアンサではディアンを宥め切れていないということ……?)
姉にして、おそらくディアンの想い人であるアイーナが復活し……彼は、情緒不安定になっていた、はずだ。ジャクソンの妹であるシアンサが、彼について支えているとは、ガレットの弁であった。
「正直なところ……今の環境は回っているし、ディアンを無理にアイーナと引き合わせる必要は、ない。二人の間の問題を取り払わなくても、当面はしのげる。けど……それはちょっと、心配ね」
「スキルを使いすぎてもいないことは、確認しているわ。休まれてもいらっしゃる。けれど……私たちが言っても、聞かなくて」
(皇帝やってた頃は、むしろ周りに仕事を振る男だったというのに。どうしたっていうのかしらね)
ため息を吐かんばかりの声を出す友を見つつ、エミリアは紅茶を一口。
(でも……なんだろう。もしアイーナに対する贖罪で頑張っているのだ、としたら。もうちょっと違うことしそうな、気がするのよね……)
そこへ。
扉をノックする音が、響いた。
『エミリア。相談が……あるんだ』
扉の向こうの人物は。
(げぇ、今来るのディアン!?)
話題の第三皇子、その人であった。
☆ ☆ ☆
(ガレットは華麗に帰りました。澄ました顔して、爆弾押し付けおって)
友に早々に見捨てられ、エミリアはやむを得ずディアンを連れて、外に出た。名目は市中警らだ。先日の諜報員騒ぎを踏まえ、騎士団だけではなく〝才の庭〟や烈火団も参加して行っている。
(防衛や治安維持も、考え物ね。騎士といっても……たいがいは貴族の血を引いておらず、スキルがない。精霊工学が市中に広まれば、また様相も変わるでしょうけれど)
パーシカム公爵領都は小山の上にあることもあり、そこまで広くはない。だが活況であり、人口密度は高かった。単純な犯罪も増加傾向にあり、犯罪者にスキル持ちが含まれることも稀にある。これからの世の移り変わりを考え、エミリアは真剣に街を見渡した。
「ディアンは……どう? この街には、慣れた?」
エミリアは人混みを縫いながら、すいすいと歩く。ディアンが時折立ち止まり、人を避けるので、それを待ちながら歩いた。
「それなりに出ているつもりだが……お前ほどではないな」
(外には出てる、か。顔もすっきりしているし……根を詰めているっていうの、間違いじゃないけど、なんか違いそうね)
隣のディアンの顔を見上げ、エミリアは肩を竦めて見せる。
「私、ここではほとんど過ごしてないわよ。そりゃ小さいころはいたけど、その時はお屋敷の中で過ごしてるし」
「それ以降は……王都か?」
「妃選定で呼ばれてね。あなたより歩いてないかも」
「にしては、迷いもないし、人にぶつかることもないな」
(ぶつからないのは……元日本人の性質かしらね)
エミリアは先導気味に、通りを進む。市場が見えたので、そちらに足を向けた。さらに人が増え、ディアンとは少し離れる。すっと露店に近づいた。
「少なくとも、街の道は全部把握するように二度は歩いて、覚えたもの。おじ様、揚げ物いくらか包んでちょうだい。そこのボトルは売り物?」
「おや、お姫さん。今日は早めのご来店だな。酒はちょっと仕入れてみたんだが、どうだね」
「いただくわ。お子さん、そろそろ生まれるんでしょう? 早めに売り切って、奥様についていてあげてね」
「へへっ、まいどあり」
袋に詰めた揚げ物と、ワインボトルを受け取る。エミリアは驚いている様子のディアンを見て、にこりと笑った。
「向こうまで歩きましょう? 王子様。街を見渡せる、いい場所があるから」
☆ ☆ ☆
エミリアは細長い筒やペンを〝積載〟スキルに仕舞い、代わりに適当なグラス取り出し、買ったばかりのワインを注ぐ。
(さて、準備完了っと。ディアンは意外に大丈夫そうだし……これはちょっと、強引に後始末しちゃいましょうか)
器の一つはディアンに渡し、それから軽く合わせた。涼やかな音が、市癖屋上に静かに響く。
「……上がって良いところ、だったか? ここは」
「今の私たちは警ら中なんだから、問題ないわよ。お酒を飲むところじゃないけれどね……そういえば、アルコールは大丈夫?」
「これでも皇族だ。慣らされているさ。お前こそ……おお。豪快に飲むな」
エミリアは一杯目を飲み切り、お代わりを注いでいる。
「良いワインだもの。あそこの店主、良い目利きだわ」
若いが芳醇な香りの赤を、しっかりと味わって喉を潤す。はたから見れば一気飲みだが、満面の笑みでうまい酒を飲んでいるエミリアは、そんなことちっとも気にしていなかった。どのみち、呆れて見ているディアン以外、周りに人はいない。
「ねぇディアン」
「なんだ」
言葉を切ってから、ぼんやりと。
「あなた、本当は誰が好きなの?」
流れるように聞くと、皇子は酒を噴き出した。




