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02-05.才を見る者、見ぬ者。

 ★ ★ ★



「殿下!?」

「申し訳ありません!」

「あ、あいつら自動車ってやつで!」


 地べたを這いつくばる少年たちに口々に言われ、ジークは彼らを超然と見下ろした。視線を上げれば、通りの遠くに、確かに車らしきものが見える。南通り沿いでエミリアを見たと伝令を受けて、駆けつけてみたが、一歩遅かったようだ。


「……そうだ、焦ってはいけない。私の誘いを断った、あのイリス。白々しく登場したところを見るに、あの女がエミリアを誑かしたのだろう……そう。エミリアがあのような奸計を用いるはずが、ない」


 ジークは少年たちを無視し、独り言をつぶやく。


「そうだ、彼女はいじめなどしていなかった! 私のエミリア! 高潔なる、我が伴侶! 美しく努力する君が、私を裏切るなどと……!」


 彼は胸の奥に燻ぶるむずむずとした感触を、深く息をして押さえつけた。


「すべては、才に奢った、奴の仕業……」


 イリスの(スキル)については、以前からジークも目を付けていた。兄の第一王子などにとられると、まずいことになる……そう考えたジークは、彼女を自分の女とし、妾に取り込むことを狙っていた。だがイリスはエミリアに取り入ったようで、ここぞというところで押し切れない。ジークが焦れていたところに……エミリアがイリスをいじめている、という知らせが入った。証拠まで、ついて。

 信じられなかった。あの聡明なエミリアが、そんなことに手を染めるなんて。後ろ暗いことなど、自分が背負い……彼女を立てればいい。そう、思っていたのに。

 裏切られたような、気持ちになった。


「奴になど惑わされ、愛しいエミリアを糾弾してしまったとは。一生の不覚……!」


 ジークは激しやすく浅慮な己を自覚してはいたが、それでも抑えきれず、婚約破棄劇を決行に移した。

 もちろん、あんなものは茶番である。王妃になる女が、男爵令嬢如きをイジメて、何の問題があるというのか。エミリアに少しの反省を促して大人しくさせ、イリスを傷物にして屈服させるためのただの演技だ。あとは、あの素晴らしきエミリアと愛を確かめ合い、共に事態を丸く収めるだけ。しかしどうしてか、エミリアの抵抗が激しく、油断し……イリスに隙を晒してしまった。

 ジークは反省した。〝万才の乙女〟と呼ばれ、調子に乗って自分を袖にしたイリスを懲らしめようと、少々焦りすぎたと。小動物を狩るように、犬を放ち、馬を駆り、道具を使い、確実に追い詰めねばならない。


「あの女の父……フラン男爵を召喚する手配をしろ! 伝令急げ!」


 腕を振り、少年たちに命ずる。彼らは慌てて立ち上がり、姿勢を正した。


「わかりました!」「殿下はどうなさるので……?」

「車ということは、帝国が噛んでいる。ひょっとすると彼奴は、間諜やもしれぬ」


 輸出禁止の車を王国に持ち込み、それで逃げた。エミリアが調達した可能性もあるが、ジークはあの謎多き女であるイリスの方を警戒した。もしかすると、最初からエミリアの誘拐を目的にしていたのかもしれない。学園に潜り込み、ジークを翻弄し、エミリアに取り入って――――未来の王国に打撃を与える。ジークはイリスという女を看破したと確信し、胸を張った。


「かの国に逃げるというのならば、いくらでも追撃は可能だ。私は正門から周り、彼女たちを取り戻す――――そらいけ! その足でな!」

「「「は、はい!」」」


 転がるように走る〝少年たち()〟を眺め、ジークは馬首を巡らす。


「馬はすべてに勝る。我が脚に相応しい」


 幼い頃からジークは、様々な者に『王になる才気だ』と期待され、ずっと過ごしてきた。だがそれがどういうものなのか、彼にはわからなかった。

 しかしある時、乗馬を教わり、馬に乗った瞬間――――理解した。この〝()()〟こそが王の器。父も兄も、馬には乗れない。そう、ジークだけ……彼は自分こそが王なのだと、確信した。


「そしてエミリア」


 愛馬を駆り、ジークは街を駆ける。


「才に驕らぬ、美しき女神。君は、この私が輝かせるのだ……必ず取り返す。イリスよ、お前を跪かせてな」


 王とは高き者。低きすべてを使い、自らを押し上げる。そして尊き者を引き上げる――――それが己の使命。ジークはその信念を胸に、追撃を開始した。



 ★ ★ ★



 検問もなく、追手もなく……エミリアとイリスの乗った精霊車は、貧民街の外れから王都を出た。


「すごいわ……本当にこれを、イリス一人で作ったの?」


 道なき草原を、車が揺れもなく走っている。窓の外の景色に飽きたエミリアは、呟くように声を掛けた。右を振り向くと、イリスがぱたん、と本を閉じている。テーブルを引き出して、勉強中のようだった。


「部品の削り出しとかから、まぁだいたい。材料の調達は一部、さっきの人に手伝ってもらいました」

「あの方は、何者?」

「あのおっちゃんは、帝国出身の元車両技術者です。いろいろあって、王国に逃げてきたんですって」

(怪しいことこの上ない……。というか、毎日勉強尽くめのイリスが、いったいいつ車を作ってたのかさっぱりわからないわ。王都の外れのあの場所に、学園を抜け出して頻繁に行ってたってことよね?)


 エミリアが、じっとイリスと見つめていると。


「こんなものいつ作ったんだ? ってお顔ですね」

「う。そうだけど」


 彼女はにまり、と笑みを浮かべた。


「わたしの授かった祝福は、ご存知ですよね? エミリア様」

「まぁ。それで?」

「勉強だけじゃなく、走ったり跳んだり、武器を振るったり……あるいは歩くだけ、立ったり座ったりするだけ、息をするだけ。眠ることも……この(スキル)の対象なんです」

「もしかして、短い時間で十分な睡眠をとって、夜中に出かけてるとか?」


 にやにやしているイリスを見て、エミリアは呆れてため息を吐いた。「努力すれば無限に成長する」という〝才能タレント〟の祝福は、まさに反則(チート)のようだ。


「イリス様様ね」

「〝才能タレント〟様様、ではなく、ですか?」

「何言ってるのよ。その高効率睡眠を生み出すために、あなたはどれほど努力を重ねたの?」


 すらりと言って、エミリアは席に深く背を預ける。妙に視線を感じるので、言い訳のように続けた。


「才能は何も生まない。この車だってあなたが作って。今追手を振り切れているのも、イリスの選択のおかげ」


 瞬きをする彼女に向かって、エミリアは肩を竦めて見せる。

 穏やかな笑みを、ただ返され。

 エミリアは照れて、顔を逸らした。



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婚約は破棄します、だって妬ましいから(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~5話までに相当します。
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伯爵になるので、婚約は破棄します。(クリックでページに跳びます)
新作短編、6/14(土) 7:10投稿です。
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