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ある雨の日に

作者: 天野 ふみ佳

「雨が降り続く街の片隅、古びた喫茶店の窓際に座る彼女は、静かにコーヒーを啜っていた。」


嘘ではない。嘘ではないが、この文は私の現状を的確には表していない。


現状を整理してみよう。時間は18時24分。場所は古ぼけたチェーンのコーヒーショップだ。線状降水帯によりストップした電車の運転再開を待つべく、あわてて席を取り、1杯250円のブレンドを注文したのだ。窓の外は土砂降りで、お天気アプリの表示も赤一色。詩的で耽美な世界観とはどうしたって相容れない。


暇だ。こんな時に限って本は持ってきてないし、仕事の書類も持ち帰っていない。頼みの綱のスマホも、電池の残量が20%。ふと、手元のナプキンを広げてみると、意外と大きい。これなら文字も書けるだろう。しりとり、するか。


はじめは、「しりとり」じゃつまらないから、「一休み」にしよう。

「水たまり」

「りす」

「ストーブ」

ペンがサラサラとナプキンの上を走ってゆく。

「ブレンド」

思い出したように、カップのコーヒーを口に含む。苦すぎず酸っぱすぎない、「ふつう」の味。

「土星」

「いきづまり」

その言葉を真に受けたかのように、にわかにペンを持つ手が止まる。

り、り、「リボン」

しりとりまで行き詰る必要はないのに、と思いつつ、ふと、自分のことに意識が飛んでいった。

遊びで出てきた言葉とはいえ、冴えない自分の状況を表しているかのようで仕方がない。それが行き詰まりでも、息詰まりであっても。どう足掻いても思い描いた道とは、違う方にしか進めない。人並みか、それ以上に誠実に生きているはずなのに。夢の続きを生きる人達と、何が違うというのだろう。思わず涙が出た。


でも、と我に返る。しりとりは遊びだ。遊びなら、ここで終わりにしなくていい自由がある。あるはずだ、「ん」から始まる言葉が。

「ンゴロンゴロ」

どこかの国の、自然保護区の名前が浮かんだ。

「ロケット」

「ん」から進むには、ここまでの力技じゃないと、と思う半面、あまりにもスピードが速すぎ、身の丈に合わない感じがする。

「徒歩」

うん。これでちょうどいい。「ふつう」の味のコーヒーも私にはちょうどいい。

「ほろ苦さ」

「さようなら」

いつもは単なる挨拶としてスルーしているけれど、実は「左様なら」だ、と思う。左様なら、そうしなければならないならば、と飲み込んできたものの多さに、改めて気づく。コーヒーの心地よいものとは違う、苦いものをかみしめた日が、幾度あっただろうか。

しりとりは、自分の本心を映し出す鏡でもあるようだ。さあ、ゲームを続けよう。

「ラッコ」

「小松菜」

「名残り」

「リズム」

「夢中」

子供のように没頭していると、スマホが運転再開のニュースを告げた。そろそろ家路につかねば。

「浮き輪」

「ワイン」

コーヒーもちょうど飲み終わり、席を立つ。窓の外を見やれば、雨も穏やかなものになっていた。夢の続きではないけれど、夢の名残りを生きるというのも、

「悪くないんじゃない?」、そう、小さくつぶやいた。

そのつぶやきに応えるように、空が明るくなる。そう、悪くない。雨の日も、そして人生も。ゲームはどこまでも続いているのだから。


降り続く雨の中、私は「一歩」と声に出しながら、外へと踏み出していった。 

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