34 Of Ruin and Kin
異世界の神の到来は、破壊と混沌をもたらした。
ヴィクトリアはあの日の光景を決して忘れない。
天は引き裂かれ、災厄が空から降り注いだ。
一族の富も権力も、絶対的な力の前では無力だった。
かつて栄華を誇った邸宅は炎に包まれ、耳をつんざく爆音が大気を震わせ、すべての希望を打ち砕いた。
彼女の両親、家族、共に育った人々──あの大惨事で灰燼と帰した。
広大だった中庭は今や焦げ果てた廃墟となり、空気は血と死の匂いに満ちていた。
彼女はすべてを失った。
それは愛する人々だけでなく、一族の栄光も、身分に伴う束縛すらも。
そのとき彼女は軍に所属し、家族のいる街から遠く離れていた。
悲報を聞いた瞬間、泣き崩れることも深い悲嘆に沈むこともなかった。
代わりに、奇妙な解放感が心を満たした。
家族を憎んでいたわけではない。
けれど、ついに見えぬ鎖から解き放たれると悟ったとき、心の奥底にこれまでにない軽さが芽生えた。
彼女はようやく「ヴィクトリア」として生きられる──
もはや「ウィンチェスター」の継承者ではなく。
だがその瞬間、脳裏にひとつの姿が浮かんだ。
遠く離れた弟……。
彼はどうしているだろう?
この終末的な大惨事の中で、まだ生きているのか。
それとも家族と共に塵と化してしまったのか。
胸がぎゅっと締め付けられる。
自分はずっと、何かを待っていたのだと気づいた。
彼女は持てるすべての手段を動員し、弟の行方を追い始めた。
そしてついに手がかりを得る──
東南アジアの要塞、蓮華城。
そこに、弟とまったく同じ名を持つ若き冒険者がいた。
その情報を目にしたとき、彼女は自分の目を疑った。
彼は──まだ生きている。
それだけではない。
彼は蓮華城においてもその名を馳せ、才能を余すところなく発揮した。
能力を悪用する組織の陰謀を見事に阻止し、要塞を転覆させようとする計画を打ち砕いた。さらに仲間たちを率いて魔王軍の侵攻に勇敢に立ち向かい、戦線を守り抜いただけでなく、敵軍を撤退へと追い込むことにも成功したのだ。
彼の英雄的な活躍は蓮華城の上層部からも高く評価され、やがて「この世界に平和をもたらす英雄」と讃える声まで現れ始めた。
ヴィクトリアは手にした報告書を静かに見つめ、指先がわずかに震える。
この世にたった一人の血縁――彼はただ生きているだけでなく、まばゆい存在として生きていたのだ。
彼女の唇の端がゆっくりと上がり、淡い笑みが浮かぶ。瞳には誇りと安堵が満ちていた。
――地下遺跡。
愛理の心臓は激しく打ち、胸の奥まで押し寄せる衝撃で満たされていく。
静寂に包まれた地下遺跡の中で、彼女の呼吸音だけがひときわ鮮明に響いた。
さきほど耳にした告白はなお頭の中で繰り返され、信じられない思いが拭えない。
まさか真一には、こんなにも複雑な家庭の事情があったとは。
真一の姉――?
幼なじみとして彼を知っている自分は、すべてを理解しているつもりだった。
幼い頃に父を亡くし、母がひとりで育ててきた真一。
優しい母は訪れるたび笑顔で迎えてくれ、賢く思いやりのある真一は家事を積極的に手伝い、決して母を心配させることはなかった。
だが今、彼女の世界観は根底から覆されていた。
「あなた……ドリー姉は、本当に……真のお姉さんなの?」
声はわずかに震え、真実を確認することを恐れるかのようであり、同時に受け入れられないかのようでもあった。
ヴィクトリアはまぶたを下ろし、長いまつげが薄暗い光に淡い影を落とす。
否定することなく、ただ静かに頷いた。
「ええ。」
その口調は平静で、まるでごく当たり前の事実を述べているかのようだった。
愛理の唇がわずかに開き、瞳は衝撃に満ちる。
「でも、真は……」
言葉は途中で途切れ、心臓の鼓動が急に速まった。頭の中には真一の姿が浮かぶ――あの温かく、揺るぎない存在感。まるで世界で最も頼れる人のように。
彼はこの事実を、まったく知らないのだ。
ヴィクトリアは顔を上げ、穏やかで深い瞳を向けた。
「真ちゃんに知らせるつもりはない」
愛理は思わずハッとし、反射的に口を開く。
「どうして?」
ヴィクトリアはわずかに首を傾け、視線を遠くの暗闇に落とした。
「真ちゃんに出会ったあの日から、ずっと彼を見守ってきたの」
その声は低く、ゆっくりと空気に染み渡り、他人には理解しがたい複雑な感情を帯びていた。
「彼が成長していく姿を見て、何も気にせず暮らす様子を見て……」
そこで一度言葉を切り、口角をわずかに上げる。その調子には、どこか遊び心すら滲んでいた。
「それに、もう心配することはなさそうね。真ちゃんの周りには、彼を守ってくれる可愛くて頼りになる女の子たちがたくさんいるし……姉としては、安心して引退できそうだわ」
愛理は無意識に唇を噛み、複雑な思いを胸に抱く。
ヴィクトリアは愛理の表情をじっと見つめ、軽くため息をついて瞳を和らげた。肩をすくめ、振り返って、からかうような笑みを浮かべる。
「だから、愛ちゃんにはこの秘密を守ってほしいの」
その口調は穏やかだが、断る余地を与えぬ強い意志が込められていた。
「真ちゃんに迷惑をかけたくないの。彼はこれまで姉がいることを知らなかったし、これからも知る必要はないの」