29 MYSTERY -ミステリー-
ヴィクトリアが不意に彼女の横から飛び出す。身のこなしは豹のように軽やかで、宙を翻り、愛理の目前へと着地した。
同時に、銃身のモジュールが素早くスライドし組み替わり、紅い光がラインを駆け抜ける。銃口は瞬く間に巨大な砲口へと変貌した。
「ステラー・アナイアレイター――モード切替、広域殲滅。」
彼女は低く囁き、唇の端に妖艶な笑みを浮かべた。
次の瞬間、通路の入口にいくつもの高密度エネルギー塊が出現し、瞬時に膨張する。
引き金が引かれる――
「ドンッ!」
轟音が空間を揺るがし、奔流となったエネルギーが前方の装甲魔蟲を地面ごと呑み込んだ。強烈な衝撃波が遺跡全体を震わせ、遠くの壁を崩し、砂塵が巻き上がる。
しかし、塵が完全に収まるよりも早く、またも「カサカサ……」と不気味な音が闇の中から響いてきた。
「なっ……!?」愛理は息を呑み、目を見開く。
ヴィクトリアは唇をわずかに吊り上げ、闇の中に浮かび上がる数多の深紅の光点を見据えた。
銃身モジュールが再び切り替わり――
「ステラー・アナイアレイター――モード切替、トラップ起爆。」
彼女が引き金を引くと、地面や壁に複数の爆裂点が瞬時に展開される。魔蟲たちはそこへ触れた瞬間、凄まじいエネルギーの爆発に呑み込まれた。
「続いて――ロックオン射撃。」
素早く銃を調整し、小さなボタンに指先を軽く触れる。銀青色の光線が幾筋も放たれ、装甲魔蟲一体一体を正確にロックオンしていく。
次の瞬間、トリガーが引かれ、マークされたすべての標的が爆裂の光に呑まれた。
「ドガンッ! ドガンッ! ドガンッ!!」
灼熱の余波が空間を満たし、黒焦げの殻片が四方に飛び散る。群れを成していた魔蟲は跡形もなく消え去り、残されたのは焼け焦げた大地と瓦礫だけ――激戦の痕跡を物語っていた。
愛理は呆然とその光景を見つめ、しばし言葉を失う。やがて我に返ると、勢いよくヴィクトリアを睨みつけた。
「あなた……そんな力があったの!? どうして最初から使わなかったのよ!」
ヴィクトリアは微笑み、いたずらっぽくウィンクする。
「あら、女には誰にも明かせない秘密のひとつやふたつ、あって然るべきでしょ。秘密こそが女を女らしくするものよ(A secret make a woman woman)」
「え?」
愛理は眉をひそめ、不満げに頬を膨らませる。
「もっと早く動けたのに、あいつらに囲まれるところだったじゃない!」
「でも、いい準備運動になったんじゃない?」
ヴィクトリアは軽くからかうようにウィンクして言った。
「それに、愛ちゃんがあんなに必死で頑張っているのを見たら、真ちゃんもきっと安心すると思うわよ?」
「な、なにそれ……!」愛理は瞬時に顔を真っ赤にし、どもりながら反論する。
「真には関係ないんだから!」
ヴィクトリアは意味ありげに微笑み、愛理の頭を軽く撫でると、くるりと前を向いて歩き出した。
「ほら、もうふざけていないで。早く出口を見つけて、みんなと合流しないと。」
愛理は顔を赤らめながら小さく呟き、手にした二丁の銃を見下ろす。その瞳には、徐々に決意が宿っていった。
「……真はまだ私たちを待っている。絶対に足を引っ張ったりしない。」
彼女は大きく息を吸い込み、一歩踏み出してヴィクトリアの後を追った。
未知の遺跡の奥深く、二人の姿は薄暗い通路の中へとゆっくりと消えていく。
愛理は双銃をしっかりと握りしめ、警戒を怠らず周囲を見渡した。戦いの余韻はまだ鼓動に残っていたが、意識は次第に別のことに囚われていった。
ヴィクトリアは自信と落ち着きを漂わせながら前を行く。漆黒の戦闘服にはうっすらと埃がついていたが、その姿は優雅で、まるで先ほどの戦いなど取るに足らないウォーミングアップに過ぎなかったかのようだった。
やがて二人の間に沈黙が流れ、耐えきれずに愛理が小さな声で口を開く。
「ヴィクトリアさん……聞きたいことがあります。」
ヴィクトリアはいつもの笑みを浮かべ、少し首を傾げた。
「あら?愛ちゃんがそんな真剣な口調なんて珍しいわね。」
愛理は冗談を受け流し、眉を寄せてきっぱりと言った。
「さっき真を助けたとき、どうしてあんなに必死になったんですか?」
ヴィクトリアの足が一瞬止まりかけたが、すぐに元の歩調へ戻る。彼女は小さく笑って肩をすくめた。
「私はチームで一番強いお姉さんよ。弟や妹を守るのは当然でしょ?」
「嘘です。」愛理は即座に反論した。
ヴィクトリアは眉を上げたが、その声色は変わらず穏やかだった。
「どうして、そんなことまで疑うの?」
「あなたがあんなに必死になるのは、他の誰に対しても見たことがない。」
愛理は彼女の横顔を真っ直ぐに見つめる。
「もしそれがただのチームのためなら、無茶して突っ込むんじゃなく、もっと安全な方法を選んだはずです。」
ヴィクトリアは微笑んだまま、何も答えなかった。まるでその問いが取るに足らないかのように。
しかし、愛理は引き下がらなかった。
彼女は深く息を吸い、目を閉じると同時に「霊魂連結」を起動し、ヴィクトリアの心の奥に隠された秘密を覗こうとした。
ヴィクトリアの笑みがわずかに凍りつく。