ep2.ドッペルゲンガー
水曜日
風邪がすっかり治った私はいつも通りの学校生活を過ごし、いつも通りの下校時間を過ごしていた。
「ゆーなっ」
下校準備をしていると後ろから誰かが肩を叩いてきた。
「沙奈」
この子は私の親友の沙奈。中学から一緒で私の唯一と言っていい友達。
別に友達が沙奈しかいない訳ではない。
クラスでも人並みに交流はするし、連絡先だって何人かいる。
クラスのグループチャットにも参加しているしたまに沙奈以外の子と遊びに行ったりもする。
けれど、なんというか本当に気のおける友達は沙奈だけな気がする。
何を持って本当というのかはわからないけれど、一緒に居て楽しいというか本音が話せる友達?っていうのかな。
他のクラスの子も話していて楽しい時もあるけど、なんかお互いが少し気を使って遣って相手に合わせている感じがして心の底から分かりあっているわけではない。
なんか、そんな感じ。
沙奈は他の子と違って本音も話せるし、無理をして話題を合わせたりしない。
等身大の自分がそこにいるような、そんな感じ。
「かえろっか」
「そうだね」
沙奈も私も部活には入っていない。だからお互いに示し合わせたわけでもないのに、自然と毎日一緒に帰っている。
***
学校の最寄り駅まで歩く途中、あのことを沙奈に話してみようと思った。
実を言うと、あのことはまだ誰にも話していない。
どう話していいかもわからないし、何より信じてもらえるわけがないと思ったから。
でも、雑談混じりに沙奈になら話してもいいかなって数日経って思うようになった。
「ねえ、おかしなこと言ってもいい?」
「なにー?アナ雪の歌詞?」
からかったような笑いを浮かべながら冗談を返す沙奈。
「いや、違うくってこれはその、偶然だよ!」
急に茶化されて少し慌ててしまう。
「わかってるよ。それでなに?おかしな事って」
「もー!えっとね、こないだ私学校を休んだ日があったじゃない?その日に変なもの見ちゃってさ」
「あー、あの風邪で休んだ日ねーなに?病院に酔っ払ったおじさんでもいたの?」
「ううん、酔っ払ったおじさんはいなかったんだけど、ちょっとね」
冗談を言いながらもうんうんと話を聞いてくれる沙奈に、少し戸惑いながらも月曜日にあったことを簡潔に話した。すると
「それってドッペルゲンガーってやつ!?本当なの!だったらすごくない?ってかその揺れ大丈夫だったの?」
さすが沙奈。少し唖然とした。
こんな話、正直笑って受け流すか信じないかのどちらかと思っていた。
「うん、その後は何もなかったし身体にもおかしなことはなかったんだけど、やっぱりどうしても気になっちゃってさ。その、沙奈はこの話信じてくれる?」
不安な表情を隠すように沙奈に訊いてみた。
「もちろん信じるよ。だって沙奈、嘘つけないでしょ?」
図星だった。そう、私は嘘をつくのがとても苦手でついてもすぐにバレてしまうし、そもそもつきたくない性分だ。
「ありがとう沙奈。やっぱり沙奈は沙奈だね」
「なにー?それー」
アハハと2人で笑い合う。何の解決もしてないけど、話すだけで少し心が軽くなった。
やっぱり沙奈はいい友達だ。
「それじゃあ私はこっちの路線だから!」
「うん!またね」
「また明日~!」
駅に着き、沙奈と別れる。沙奈とは最寄り駅は一緒なんだけど、今日は用事があるらしく、別れることになった。
「あのことは気になるけど、気にしない方がいいよね。というか気にしても仕方ないし」
そう、ドッペルゲンガーだろうが私にしか感じ取れない地震だろうが、今現在何か問題があるわけでもない。
私はいつも通りの日々を過ごせばいいだけ。
あの日は熱があったから変なものを見ただけ。
また今日からいつも通りの日々が流れるんだ。
最寄り駅方面の電車を待つためホームに降りる。
「はぁ」
ため息をつく。なんて、現実逃避をしてみたけど、やっぱり気になるといえば気になる。
あの私にそっくりな女の子は今もこの街のどこかにいるのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、ホームで電車が来るのを待っていた。
別の学校の高校生、サラリーマン風の男性、腰が曲がったおばあちゃん、反対車線には時間の経過と共に少しずつ人が増えていく。
『まもなく、2番線に電車が通過いたします』
駅のアナウンスが流れ、右側から高速で電車が接近してくる。
ゴーと少しずつ轟音が近づいてくると共に、なんだか嫌な気配がした。
特急電車が目の前を横切るその瞬間、またあれが襲ってきた。
キーン
強い耳鳴りと共に地面が揺らぐ。
電車が高速で目の前を横切り轟音が劈く。
ぐわんぐわんと視界が揺れ、体制を崩しそうになる。
「また…なの」
月曜日に病院で感じたあの地震のような揺れ。
吐き気のような気持ち悪さと頭痛、耳鳴りが一気に襲ってくる。
耐えられず、その場に跪き呼吸を整える。
揺れが収まり、だんだんと楽になっていく。
「はぁ…もうなんなの」
気持ち悪さとうんざりした気持ちがさざ波のように心を弄んでくる中、必死に自分をなだめる。
立ち上がり、辺りを見渡す。
やっぱり、大地震が起きたような気配は周りの人からは感じられなかった。
スマホを見て電車を待つ人、ベンチに座ってうなだれている人、楽しそうに友達と話している人。
また、私だけが感じとれる地震に出くわした。
「もう勘弁してよ…」
実害は今のところないけれど、実態がわからない以上気持ち悪さはある。
うんざりとして立ち直り、またホームへと向き直すとその子はいた。
腰まで伸ばした長い青い髪に、着崩した制服に明らかに短いプリーツスカート。
ピアスを開け、派手なメイクをしている。
肩に背負ったスクールバッグはくたくたで底面になにかペイントを施してある。
その特徴だけを見るとまあどこにでもいる素行の悪い女子高生。
だけど、問題なのはその子の顔だった。
「…」
唖然。言葉が出なかった。そう、反対側のホームに立っているその女子高生は私と同じ顔をしていたから。
心臓の鼓動が早くなるのがわかる。ああ、もう逃げられないんだ。
この間は風邪を引いていたし1回目だったから見間違いで済ませることができたけど、今度はそうはいかない。
少し距離はあるけどほぼ真正面に立って電車を待っているその女子高生は私とまったく同じ顔をしている。
蛇に睨まれた蛙。そんな気分だった。
風貌はまったく違うけど、間違いなく私と同じ。
似ているとかそんなレベルじゃない。
メイクで多少雰囲気は変わっていたとしても、見間違えることなんてない。
毎朝鏡で見ているんだから。
「ドッペルゲンガー…」
そうだ。ドッペルゲンガー。澤田さんが噂してたドッペルゲンガー。
本当にいたんだ。ってことはこの間病院で見た子もドッペルゲンガー?
でもドッペルゲンガーってそんなにたくさんいるものなの?ってかそもそも顔は同じだけど容姿が全然違うし。
頭の中がこんがらがってくる。疑問、困惑、恐怖それらをすべて織り交ぜて泡にしたような気持ちがお腹の底からふつふつと湧き上がってくるような感覚。
「……!」
ふと、眼前のドッペルゲンガーが私の方を見て、眉間にシワを寄せる。そして、ハッと目を見開いたそのドッペルゲンガーはすぐさまホームを離れて階段へと向かって行った。
しまった。向こうにも気づかれた。
えっ、なに、もしかしてこっちに向かってきてる?
「え、ど、どうしよう」
困惑の感情がより色濃くなる。
今すぐこの場から逃げ出したい。でも、身体が動いてくれない。
まるでメデューサに睨まれて身体が石化しまったかのよう。
誰か、誰か助けて。
『まもなく、電車が参ります。黄色い線の内側にお下がりください』
スピーカーからアナウンスが聞こえてくる。
助かった!このまま電車に乗れば逃げ切れる…!
ゆっくりと電車がホームへと滑り込んでくる。
「早く…!早く…!」
電車が目の前に停車し、一拍置いてドアが開く。
すぐに車内に飛び乗り、1番奥の座席に座り俯く。
バクバクバク
心臓がうるさい。早く発車して…早く…!
『ドアが閉まります。ご注意ください。』
車内のアナウンスが聞こえ、ホッとしかけた瞬間そばの階段からドッペルゲンガーが駆け下りてくるのが見えた。
ドキッとする。
辺りをキョロキョロと見渡し誰かを探しているように見える。間違いなく私だ。
見つかりませんように。見つかりませんように。
そしてようやく、ドアが閉まる。
ドアの開閉音と共に電車のドアがゆっくりと閉まる。
ドアが閉まるのがいつもより遅く感じる。
いつもこんなに遅かったっけ?もっとさっさとしまればいいのに。
ドアが閉まりきってから、外の様子を見た時、ドッペルゲンガーが見えた。
そして、ドッペルゲンガーもまた、私の方を見ていた。
大きく口を開けこちらを指さし、何かを言っているが聞こえない。
聞こえない。そう、聞こえない。私はここにいない。
何も見えないフリをし、走り去る電車と共に私はドッペルゲンガーから逃れることに成功した。