第七話『あんたと私は契約関係よ』
シアターを出て持っていたゴミを回収員さんに処分してもらう。
周りでは面白かった、ドキドキしたといった好意的な感想が話されており、今回の映画の完成度が高かったことが窺えた。
そりゃあ隣の人があんなに熱心になるわけだ、と納得しつつ隣に目をやる。
「――ぅぅぅ〜」
さて、では隣人も周りと一緒かといえばそんなことはない。
席を立ったその時からずっと顔を俯けており、今はぷるぷる震えてしまっている。
その様子は思わず下から見上げてやりたくなる程。
もしやったらどんな反応するんだろうな、絶対やんないけど。
「あーその、なかなか面白かったな?」
「――!」
オレの言葉に睨み返してくるが、その表情には羞恥心が浮かんだままなのでまったく迫力がない。
そしてため息と共に再びガックリと肩を落とした。
「ふ、不覚だわ……あんなに見入ってしまうなんて」
「楽しめたんならよかったじゃねーか」
「いいわけないでしょう……」
映画見て楽しむのは非常に健全だと思うぞ。
なんならそのまま本来の目的を忘れてくれてもよかったぐらいだ。
「安心してくれ、見ている限りじゃ変なことをしたそぶりはなかった」
「はぁ? あんたの言葉なんて信用できるわけないでしょう。ほら、あれ見てみなさいよ」
言われて視線の先を追う。
そこでは孝平と佐倉さんがぎこちない様子で立っており、顔を合わせてはそらすのを繰り返している。
どうやらまだ照れが抜けていないらしい。
「どう見ても変な雰囲気じゃないの。きっと嫌なことがあったんだわ」
「あーあれは――」
と続けようとするオレには一切取り合わず、隣人は二人のもとに向かおうとする。
慌てて行手を遮った。
「――ちょ、待てって」
せっかく説明しようとしてるんだから聞けよ!
「何で止めるのよ」
「そりゃ止めるっての。まずは冷静な気持ちで見てくれ。あれが険悪そうに見えるか?」
そう聞くとふむと落ち着いた表情で腕を組み、数瞬もしないうちに口を開いた。
「見えるわね」
「えー」
表情だけじゃなくてもっと思考を冷やしてほしい。
あれが険悪ならこの世界はとても生きづらいだろうよ。
「一般的な感性として、恋人ではないが仲がいい男女があんな恋愛映画見たら変な雰囲気になるのは当然と思うんだが」
「なによ、一般論とかいってあんたの判断押し付けないでくれない? そんなの信じられるわけ――」
「あーあ、リア充どもが初々しい雰囲気出しやがって、ケッ」
アイツの言葉を遮る形で、オレ達の隣を通り過ぎた男が孝平達を睨みつけながらそう吐き捨てる。
その声は謎の凄みを感じさせた。
「あーほら、な。他の人からも険悪そうだとは思われてないみたいだぞ」
「というよりあれは私怨が強すぎるだけなような……」
なぜあれほどカップルという存在に恨みを抱いているのやら。
見るのが嫌なら映画館なんて来なければいいのに。
その男が今度はこちらに視線を向ける。
「綺麗な女がいると思ったらそいつの隣にも男がいるしよ。あんなヤツが彼氏になれるなら俺にだって彼女できていいだろうがよ……どいつもこいつもイチャイチャするんじゃねーよ……」
男は背中に哀愁を漂わせて去っていった。
「……どうやらオレ達もそういう関係に見えるらしい。別に欠片もオレ達イチャイチャしてないが。まあ男女二人が映画館にいるわけだし仕方ないのか?」
「全くもって短絡的な判断ね」
「よし、じゃあ逆に本当にデートするか」
名案だと言わんばかりにわざとらしく手を打つ。
「は? 調子に乗ってるんじゃないわよ。あんたとデートなんて絶対にお断りだわ。そういうつもりならどこかへ消えて」
「もう少し優しくあしらってくれよ……」
問答無用で離れない辺り冗談だと察してはくれているんだろうが、言葉が強すぎるぜ……
「まったく……男と行くからあんなことになるんだわ」
「まあその真意は置いといて、あれは介入するようなものではないってことでいいよな」
「……わかったわよ」
不服そうにしながらも介入の意思を無くした様子に胸を撫で下ろす。
よかった、なんとか留まってくれた。
あれぐらいで邪魔されてたらたまったもんじゃないしな。
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映画館を出てもしばらくは孝平達の様子はぎこちないものだったが、椅子に座って映画の感想を話し始めてからはそれはなくなり、また楽しげな雰囲気が戻っていた。
上映中恥ずかしそうにはしていたものの、映画自体は二人とも楽しめていたみたいだ。
その様子を黙って見ていたのだが、会話に花を咲かせている二人を見ていると黙っていることが悪いように思えてきた。
「アンタ的にはあの映画は「……」イエ、なんでも」
話題を振るが冷ややかな目を向けられたので感想会は断念する。
オレと話したくないってのはあるだろうが、そもそも映画に触れてほしくない様子。
「え、えーと、アンタってイチゴ好きなんだな」
「それが何よ」
「別に何ってわけでもないが、オレもイチゴ味好きだがオレンジとかの柑橘系の方が好きかもな」
「聞いてないわよ……あ」
なぜか急に気まずそうに視線を泳がせ始めるが、オレの言葉には何も返す気配がない。
――ここまでだな。
せっかく孝平を見習って世間話を振ったというのに。
まあオレだしな……仕方ないか。
「えっと、その……ポップコーン……」
「ん?」
「あの……なんでもないわ」
「……?」
結局何が言いたかったのかわからないままそのやりとりも終える。
そこからは何も話さず孝平と佐倉さんの様子をただ見守った。
************
時間は過ぎ、夕方になったためお開きの時間になった。
孝平から佐倉さんの家がそこまで遠くないとは聞いていたが、今日は近くまで送ることになったようだ。
いい流れだと感心するオレとは対照に、隣は不機嫌そうにそれを眺めている。
「相手の家の場所を知るための典型的な方法ね。前回は家まではいけなかったから今度こそってことかしら、不快だわ」
「ちょっと偏見が過ぎるだろ……というか、別に佐倉さん一人暮らししてるわけじゃないんだから家の場所知ってもって気がするんだが」
「甘いわね。ストーカーするかもしれないでしょう」
「あーなるほど?」
一瞬納得しそうになるが小首を傾げる。
こうして直接会ってるのにストーカーになることはあるのだろうか?
「否定しないのね」
「そりゃあ可能性の話をされたらゼロではないからな。まあそんなこと孝平がするわけないが」
「教えるって言ってた割には中身がないわね」
「こればっかりは信じるしかない。ただ、佐倉さんにはアンタがいるし、孝平にはオレがいる。何かあればどちらかが気づくだろうから、ストーカーに関してはその時考えればいいんじゃないか?」
「……まあ、完全否定しろってのは流石に無理難題か」
「おお、物分かりがいい」
「うっさい」
そう話す間に孝平達は動き出しており、すでに見える範囲からいなくなっていた。
「さて、オレ達も解散するか」
どうやら帰り道は二人の尾行はしないらしい。
家の近くだと知り合いも多くてバレるリスクは高いだろうし妥当だな。
「ちなみにどうだったよ。孝平が良いヤツで、佐倉さんに釣り合う男だってわかってくれたか?」
「はっ、全然わかっていないわ。認める気なんて一ミリたりとも無いわよ」
「さいですか……」
そのまったく響いていない様子にげんなりする。
まあ言うほどコイツと話してないもんな。
聞かれてないこと話しても聞く耳持ってくれないし。
流石に今日だけじゃ無理があったかね……
「まあでも、あんたが言うことは割と、ちょっと、ほんの少しだけど説得力があったわ。少なくともまともだったとは認めてあげる」
お?
「つまり?」
「少しは監視だけで留めてあげてもいいわ。でもあんたが意味わからないことを言った時点でこの契約は破棄するから」
「契約、ね。今度も今日と同じようにしてくれると」
「とりあえずは、よ」
「よかった、ありがとう」
ぐっと拳を握る。
なんとか最低限の信用は得られたみたいだ。
今後も気を抜けないが。
「……ほら、教えなさいよ」
喜びをかみしめていると手をくいくいしてくる。
「ん? 何を?」
「連絡先よ。ないと連絡できないじゃない」
「あ、ああ。そうだな、頼む」
確かにそうだが、まさか向こうから言ってくるとは思わなかった。
慣れない操作に格闘すること数分、メッセージの連絡先欄にアイツの名前が追加された。
「言っとくけど、あんたと私は契約関係よ。そしてこれは契約のための連絡先。調子に乗って関係のない連絡でもしてこようものならすぐに破棄するから」
「わかってるよ」
言われずともそんなつもりは全くないし、何の期待もない。
そういうのはもういいんだ。
◇◇◇◇
解散して少し経った後、携帯が震えた。
孝平かなと画面をつけると、意外な名前が目に入った。
「え、あの女から?」
『ハンカチ、返すの忘れていたわ。洗って次の時に返します』
『あと、折半してくれたのにポップコーンほとんど食べてしまってごめんなさい』
「は? ……プッ、クフフフ……律儀なヤツ」
指を動かす。
『そういえばハンカチ渡してたな、オレも忘れてた。まあ覚えてたら返してくれ』
『ポップコーンの件に関してはいいもの見れたからそれでチャラにしておくわ』
『(男の子がクスクス笑っているスタンプ)』
反応は期待していなかったが、意外にも犬がそっぽを向いたスタンプが返ってきた。
らしいスタンプだなと思った。
************
携帯が再度震える。
今度こそ孝平から電話がかかってきていた。
「よう、こうへ――」
『真人! 佐倉さんと遊んできたよ!!!』
「うるせぇ……」
声量考えてくれ……
『あ、ごめんごめん。なんかまだふわふわしててさ!』
「あー今デートから帰ったところ『デートじゃないってば!』……はいはい、テンションがお高いことで。その感じだと失敗したってわけではないみたいだな」
『うん! すごい楽しかったし、佐倉さんも楽しんでくれてたと思う!』
思わず苦笑いが浮かぶ。
そりゃあ見てたんでわかりますとも。
あれで楽しんでなかったとか言われたら価値観おかしくなるわ。
白々しく思いながらも今日何があったかを聞く。
今日の佐倉さんは以前よりも落ち着いた様子に見えたが、口調自体はまだ変わっておらず敬語のままらしい。
それでも話す感じは前より気安くなったとのこと。
とりあえず最初の噛み噛みフェーズは突破できたようで何よりだ。
『でさー映画がすごかったんだよね。もうすっごい少女漫画的な恋愛映画だったよ』
「とてもお出かけ二回目のチョイスとは思えんな」
『ふふ、確かにね。俺ああいうの見たことなくてさ。申し訳ないけど面白さとかよりも恥ずかしさの方が上回っちゃった。途中から雰囲気変わって面白かったんだけどね』
やっぱ孝平もそう思ったか。
「そんなのを異性二人はちょっとな」
『ね。佐倉さんも最初は純粋に楽しんでいたんだけど、途中から今の状況に気づいたみたいで。何度もチラチラこっち見てくる佐倉さん面白かったし可愛かったよ』
「フッ、そうか」
『で、映画の後座って感想を言い合ってたんだけど、時々その恥ずかしさを思い出してあわあわしている佐倉さんも可愛くてさ――』
その後しばらく、やれご飯を美味しそうに食べる佐倉さんが可愛いだの服を見せてくる佐倉さんが可愛いだの、今日一日どんな感じに過ごしてどう佐倉さんが可愛く映ったかの話が続いた。
『――だったんだよ! いやぁほんと楽しかったなぁ』
この間オレは相槌を返すだけだったがお構いなしで話し続けており、改めて孝平の想いが伝わってきた。
ほんと、こういう孝平は新鮮で楽しいわ。
「大成功じゃねぇか。佐倉さんとの仲も深まったみたいだし」
『そうだと思いたい!』
「次が楽しみだな」
『うん!』
区切りがついたところで携帯を見る。
携帯には電話し始めてから一時間以上経っていることが示されていた。
「時間大丈夫か?」
『え? あ、結構時間経ってたんだ、そんな気しなかったのに』
「夢中でしゃべりすぎだ」
『いやーついね。今からご飯だからもう切るわー』
「はいよ、また学校で聞かせてくれ」
次孝平と会うのはGW明けだろうからな。
『次はGWの後かぁ』
「おう、後の日は予定でいっぱいだからな」
『別に終わってからウチ来てもいいんだよ?』
「行かんわ。普段から行き過ぎてるっての」
『ハァ、真人は頑固なんだから……じゃあまた学校でね』
「ん、じゃあな」
通話を切って携帯をしまう。
佐倉さんの硬さが取れてきているのは朗報だったな。
この調子で回数を重ねていけば自然と佐倉さんの素も出てくるだろう。
相変わらずの順調さに気分を良くしていたが、すぐに気を引き締め直した。
しかし油断するわけにはいかない。
そんな二人に水を刺そうとする人物が今日現れたんだからな。
アイツと結んだ契約関係、何としても維持して邪魔させないようしないと。
背負ってしまった責任の重さを感じつつ、それを紛らわすようにぐぐぐっと背中を伸ばした。
これにて導入部は終わりです。
今後はこの四人を中心に物語が展開されて行きます。
どのような物語になるか楽しみにしていただけたらと思います。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
ここからは隔日で投稿いたします。
今後も読んでくだされば嬉しいです。
また、評価・感想もお待ちしておりますので、何卒よろしくお願いします。




