天ぷらを買いに行った菊池が戻ってこない
コロン様主催の「菊池祭り」参加作品です。
久しぶりの恋愛要素もホラー要素もない、男子高校生が騒いでるだけの、ほのぼの(???)モノです。
生徒でごった返す学食の中、俺の向かいの席に人は座っていない。だが目の前にはおぼんに乗ったかけそばとカレーのセットがある。
「遅いなぁ菊池のやつ」
俺がハンバーグ定食を食べ終わりぽそっと言うと、セットのカレーを食べながら山田が言う。
「だから俺みたいにコンビニですませばって言ったのに、あいつ『どうせ買うならちゃんとした天ぷらがいい』って行っちゃったんだもん」
「こんなに時間がかかると思ってなかったんだろうなぁ」
壁にかかった時計を見るともう昼休みはあと15分しかない。
菊池がここを出て実に25分が経過していた。
◆
事の発端はこうだ。
四時限目終了のチャイムが鳴り、先生の挨拶が終わるか終わらないかのタイミングで俺達は席から立ち上がった。
「終わったー! 学食行こうぜ!」
いつものメンバーと急いで学食のある棟に向かう。うちの高校の学食は値段の割に結構美味いので、他校の生徒からも羨ましがられているが、その分よく混む。早めに行かないと行列や満席で待たされてしまう。
「俺、今日は絶対天ぷらそばを食うんだ」
菊池がそう言った。
「あ、あれだろ」
山田がすぐに反応する。二人は顔を見合わせハモった。
「「みみちゃ♡が食ってたショート動画!」」
ぴったり息が合った二人は楽しそうにハイタッチをする。みみちゃ♡というのは動画系インフルエンサーで、美味そうに、そしてちょっとだけエロそうに色んな飯を食う女だ。どうやら最新の動画では天ぷらそばを食べていたらしい。
「アレ見てたら俺もすっごい食いたくなって」
「わかるわー。あれさー、同じ物食いながら動画見るとみみちゃ♡とデートしてる錯覚する」
「それはない」
「ないかー」
「でもさ、かーちゃんに天ぷらそば食べたいって言ったら『揚げ物なんてリクエストするな!』って怒られてさぁ」
ああ、なるほど。俺も口を出す。
「それは確かに。共働きで揚げ物はキツイってうちの母親も言ってた。暑いし片付けが面倒なんだよな」
「そうなんだ?」
「けどさ、もう昨日から天ぷらそばの口なわけよ」
「わかるわー」
ところが学食に着いてみると、こんな張り紙がしてある。
『本日フライヤーが故障のため、揚げ物の提供が出来ません。ごめんなさい!』
「ええ~……」
見るからにガッカリしている菊池と山田。
「あー、残念だったな。何にする?」
「ちぇ、仕方ないなぁ」
俺はハンバーグ定食、菊池と山田はかけそばとカレーセットの食券を買った。しかしいざ食べ始めると。
「……やっぱ物足りないわ!」
「だよなぁ、もう天ぷらそばの口だったもん」
「俺、コンビニ行ってくるわ」
山田が立ち上がると菊池が「俺も」と追随した。うちの学校は緩い。ちゃんと先生に「昼飯を買ってくる」と申告すれば昼休みに学校を抜けるのは自由だ。ただ、それはすぐ近くにコンビニがあるからなのだが。
◆
「なんか、ヤバくね?」
流石にこんなに長時間戻ってこないのは、ヤバイ。菊池は先生に怒られそうな気がする。それに、最悪……。
「事故に遭ってるとかじゃないといいけど」
心配になってスマホを取り出した。菊池のアカウントに『無事か~?』とだけメッセージを送る。
「大丈夫っしょ。だってすぐそこの商店街の惣菜屋に行くって言ってたし~」
そばとカレーのセットを食べ終えた山田が横で呑気に言ってるが、それこそ大丈夫ではないんでは。商店街はコンビニよりは遠いけれど、自転車なら片道5分程度の距離だ。
と、メッセージに既読がついた。そして『うん』とだけ返信が来た瞬間。
「ただいまー! すっげ大変だったんだけど!」
右手にスマホ、左手に白い小さな紙包みを持った菊池が戻ってきた。なんか髪もボサボサだし、服も汚れてる?
「やー、ある意味俺は勇者だったね」
訳の分からないことを言いながら近づいてくる菊池の手元がハッキリ見えるようになった。紙包みの中身はかき揚げの天ぷら。しかも道中ちょっと食ったのか、丸い形が大きく欠けている。
「勇者ってなに」
「聞いてくれよ、凄かったんだぜ? まず俺は惣菜屋さんに行った」
「それは知ってる」
「うんうん」
「そしたらさ、今日に限って天ぷらが全部売り切れでやんの」
「え?」
そんなことある? と思った横から山田が「みみちゃ♡パワーすげー!」とゲラゲラ笑った。関連ある? ……あるのかもしれないな。
「惣菜屋さんのオバチャンも追加で天ぷらを作りたいのは山々だけど、材料のエビとイカがなくて、昼のお客さんが一段落してからでないとすぐ近くの魚屋さんに材料を取りに行けないって」
「あ~それは諦めるしかないな」
「でも俺は諦めたくないわけ! だから代わりに俺が魚屋さんに取りに行ってあげたんだよ」
「えっ!?」
たかが天ぷらのためにそこまでする?
「そんで魚屋さんに行ったんだけどさー。魚屋さんも接客中で手一杯でさ、奥の部屋の冷凍庫に入ってるから勝手に持ってって、って言われたわけ」
「いいのかそれで」
いくら人情が売りの商店街でも、見知らぬ高校生が惣菜屋さんの使いで来たってのを信用して奥の部屋に簡単に入れちゃうのか。危なくないか?
「うーん、結果的に良くなかった。なにも知らないで奥の部屋を開けたらタマちゃんが逃げちゃって」
「タマちゃん?」
「魚屋さんの看板猫。大変だったんだからな! 追っかけてって、路地のほっそいとこに逃げ込んだタマちゃんを捕まえるの」
「あぁ……」
菊池の服が汚れてるのはもしかしてそのせいか。
「タマちゃんがフーッて威嚇するから、猫語でニャーニャー話しかけて説得した!」
「あー、菊池たまに野良猫に話しかけてるの、あれマジだったのか」
「え、マジに決まってるじゃん何だと思ってたんだニャー!」
大真面目で猫語を喋る菊池に俺達はゲラゲラ笑う。
「そんでさ、魚屋さんにタマちゃんを連れ帰って、エビとイカ預かって惣菜屋さんに持って帰った!」
「で、作って貰ったのがそれか。良かったな」
「でも帰り道にチャリで走ってたらカラスに襲われてさー」
「はぁ!?」
「まだあるのかよ!!」
じゃあ髪がボサボサなのはそのせいか?
「あいつらチャリのカゴに入れてた、この揚げたての天ぷらを狙ってくるんだよ。許せないだろ? だからダメもとで烏語で『これは俺のだ!』って喋って、奴らの前で食べてみせたら諦めた」
「烏語!」
「そうだよ。やれば通じるもんだカー」
大真面目な菊池にもう一回俺達は笑った。それ多分言葉じゃなくて、鬼気迫る顔で天ぷらを齧った菊池にビビったんじゃないか?
「ほら! 俺って勇者じゃね?」
「うんそうだな勇者勇者」
「言い方~。でもいいもんね。これで念願の天ぷらそばが……あれ!?」
「ぶふっ」
そばのどんぶりの中を覗いた菊池が大声を出し、俺達は三度吹きだした。かけそばだったものは、つゆが無くなり見た目は少しもりそばに近くなっていた。
「お前ら、なんかした!?」
「違う違う、なんもしてない。そばがのびちゃったんだよ」
そばがつゆを吸って膨らみ、どんぶりの中にこんもりと鎮座している。自称勇者菊池はしょんぼりと情けない顔になった。
「でも、ほら、天ぷらそばには違いないし!」
そう言いながらのびきったそばと冷めきったカレーと揚げたての天ぷらを食べ初める菊池。昼休みが終わるまであと7分。
「だから俺みたいにコンビニですませばって言ったのに。そしたらそばものびなかったし」
山田の言葉に、カレーをブルドーザーのように掻きこんだ菊池が言う。
「だってコンビニは天ぷら売ってないじゃん! お前何を買ったの? 唐揚げ? コロッケ?」
「え、売ってるけど」
山田はカップ麺の天ぷらそばを取り出した。
「これの具だけ使った。麺は後でおやつに食べる」
自称勇者の口から、ぽろりとのびたそばがこぼれ落ちた。
お読み頂き、ありがとうございました!
↓のランキングタグスペース(広告の更に下)に他の作品へのリンクバナーを置いています。もしよろしければそちらもよろしくお願い致します。