聖騎士とは名ばかりの私と、時間制限のある彼女と
「はぁああああっ…!!!」
「ふんっ…!」
彼女に斬りかかるが、彼女も魔法で受けきる。病人だというのに、よくやるものだ。
「やるではありませんか!」
「魔法を使えないお前には膂力が足りんからな」
「ふふ、病人が吠える吠える!!!」
彼女との殺し合いはいつでも楽しい。これだから聖騎士はやめられないのだ。
私は、聖皇國に生まれた。神聖教を信じる信仰深い者ばかりの優しく平和な国。
しかし、戦争というのはどこでも起こる。
神聖國はやがて大陸の覇権を争う帝国と皇国の争いに巻き込まれた。
そこで担ぎ上げられたのが、私。
平和な信仰深い国に生まれた異端児。騎士としての鍛錬に打ち込むことで殺人衝動を必死に抑えてきた、聖騎士たるこの私。
「ははははは!」
「お前はいつも楽しそうだなっ…」
「おやぁ?杖の動きが鈍いですね?」
「くっ…」
「ふはははは!今日こそ殺してあげましょう!」
まずは、皇国に攻め入るため聖皇國を侵略しようとした帝国の兵を皆殺しにした。
他の聖騎士たちと違い、確実に命を奪う私の剣。女騎士だと油断していた、あるいは聖騎士だと安心していた彼らはあまりにも生温かった。
人の命を奪うのは、楽しい。強い相手であればあるほど噛みごたえがある。
そして、帝国にそのまま私は攻め入った。聖騎士への命令ではなく、私の独断。単騎で帝国を滅ぼした。
これぞまさに、悪魔の所業。
「さすがは天国から来た悪魔だな」
「ははははは!そのための私ですから!」
「帝国を取り込んだ神聖國は、どうだ?」
「変わりませんよ。神を信じ、人を愛する。そして、その博愛精神を元帝国民にまで広げている。今では彼らも、信仰深い慈愛の民です」
「帝国民がね…」
帝国民は、民度の低さに定評があったのに。聖王猊下が、全部を変えた。今では民度の高い神聖國の民と大して変わらない。…つまらない。
最初は、単騎で帝国を滅ぼした私に恨み骨髄だった彼らは今では仕方のないことだったと私にまで微笑みかける。
…軽く、洗脳だと思う。
「お前は、神を信じているのか?」
「悪魔が天国を知るはずがないでしょう。ましてや神など」
「神聖國ではさぞ猫をかぶってるんだろうな」
「ええ。神を信じるフリは、大変ですよ」
一方で、皇国。強大で広大な帝国を私のやらかしの後始末として取り込み、信仰の力で国を治める我が国。それをどうにかせねばと攻めてきた。
そこで、私はこの話し方のガサツな女と出会った。
今までで一番に噛みごたえがある女。私でもまだ噛み殺し切れないこの女。…私が唯一、愛した女。
「…本当に貴女、病なのですか」
「余命三ヶ月だと言っただろう。お前が相手では、僕が居なくなれば皇国も終わりだ。身体が動くうちにお前を殺す」
「むー」
「なんだその変な声」
「んー。強い貴女を殺したいんですよね」
そう。噛みごたえがあるうちに殺したい。弱っていく彼女を殺したところで意味はない。けれど、時間はまだかかる。この女は一筋縄ではいかない。そうしているうちに弱られてしまう。
「…やーめた」
「あ?」
「一旦騎士たちを連れて引きまーす」
「逃すか!」
「バカ言わないでください、貴女を逃してあげるんですよ」
聖王猊下に、懇願するべきことができたのでね。
「おい待て!」
「次は万全の状態でお相手してくださいね!」
「逃げんな!」
逃げると言われると、癪なのだけど。彼女に背を向け、聖王猊下の元へ急いだ。
しばらく、あの女からの奇襲がなかった。かと思えば、神聖國の下っ端騎士が使者としてきた。持ってきたのは神聖國の秘宝。年に一度だけ、神から与えられし万能薬だ。
「これで治癒を」
「…意味がわからん」
「騎士団長からの懇願で、聖王猊下の与えられたものです。騎士団長の数々の功績への褒美として」
「それを何故僕に」
「騎士団長の慈悲です」
あの女に慈悲などあるものか。とはいえそんな罠を張る女でもない。…僕が唯一、愛した女だからな。
「本当に殺し合いが好きなんだな」
「騎士団長をバカにしないでください!騎士団長はそれこそ鬼のような強さですが、慈悲深い方!殺し合いが好きなどと…!」
「お前らはなにもわかっていない」
ぐびっと万能薬を飲み干す。身体が軽くなるのがわかった。
「…あの女に伝えろ。次で決着をつけると」
「いいでしょう。騎士団長に必ずお伝えします」
次がおそらく、僕たちの最後の戦いだ。
「ははははは!元気になったようですね!」
「来い。殺してやる」
「ふふ、それでは。…せやぁあああ!」
「ふんっ…!はぁああああ!」
そう。この殺し合いは、私たちの愛の営み。この瞬間こそ、幸福を感じるのです。
「…とった!」
彼女の首を撥ねとばす。勝負は決した。私は、愛した相手をこの手で殺した。
その高揚感に、絶頂を感じる。
私はたしかに、彼女を愛していた。異常者の私にとって、おそらく人生最後の恋。
「ああ…愛しています」
胴から切り離された首に、触れるだけのキスをした。
初めて、愛を告げる。
そして、これで最後だ。
「かはっ…」
私は自らの腹を裂き、最期の時を待つ。
聖騎士たちが困惑して駆け寄ろうとするが、この距離では無駄というもの。
私は確実に死ねる。彼女の後を追える。
神聖國はこれから、皇国を落として大陸の支配者となるだろう。
彼女のいない皇国ならば、私無しでも大丈夫。
「…幸せ、でした」
異常者の私は、孤独だった。その孤独を消してくれる唯一の愛は、本当にこれだけ。だから、もう、いいのです。
「異常者の私に、幸せを…ありがとうござい…ました」
意識が薄れる。神も天国も信じていない。万能薬もどうせ医療技術と魔法の結晶でしかないと思っている私だけど。
今だけは、地獄の存在を信じたい。
地獄でまた彼女と、殺し合いがしたい。
最期に願ったのは、ただそれだけの愛だった。
【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話
という連載を投稿させていただいています。よかったらぜひ読んでいただけると嬉しいです。