空き弁当
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おお、つぶらやくん。そのパンフレットは、みっちり入れないでおくれな。2、3部くらいの空きを持たせといてくれ。
なぜかって? きちきちの満ぱんじゃ、まるで通りかかった人が持って行ってくれていないみたいじゃないか。それじゃあ、このお店は人気がないかもしれないと思われるかもしれない。
だが、空きがある分には、たとえこちらが隠していようと先方はそれを知るすべがない。
ひょっとしたら、他のお客が持って行っていると考えるかもしれないだろう? それすなわち、人気があるかもと思わせ、手にとってもらえる可能性ができるってこった。
満タン、というのは心を安らかにするものではある。
もし、そいつに満ちていないところがあるなら、不足か別の理由があるか、ちょっと考えてもいいかもしれないな。
そろそろ休憩時間だろ? 私の聞いた話なんだが、耳に入れてみないか?
むかしむかし。
私のご先祖様の住んでいた村では、「空き弁当」という風習があったという。
いわく、各家では手製の面桶をこさえ、その中に弁当を詰めていたらしいのだけど、めいっぱい飯を詰めることはしなかったらしい。
中央部分には、積み木を思わせる丸い木の球を詰めてな。その周りを飯たちが囲う格好。つまり、中央部分に食べ物が入らない空間ができるわけだ。
伝わる話だと、その食べ物に囲まれる場所には、神様が呼びこまれるとのこと。ゆえにその領域を侵すようなことはするべきではなく、外へ出ている間はそこにいる神様にまもってもらわなくてはならない……という話だったようだ。
当初は、そう徹底されていたらしいのだけどね。世代を経るにしたがって、外へ出ていく人たちも増えていった。その暮らしの中で、じょじょに風習も軽んじられるようになったのだとか。
その村出身の親を持つ青年も、子供のころはその木球入りの面桶を弁当箱として、外出のおともとしていた。
しかしやがて、父が出稼ぎ、母は寝たきり。青年自身も近場で人足仕事に励んでいたそうだ。
肉体労働だからな。その腹の減り具合たるや、人一倍だったろう。
いつも腹五分目程度で、物足りなさを感じていた。もしこの面桶がめいっぱいだったらなあと、思うことしばしば。
そうしてその日ついに、彼は木の球を取り除いて、その部分にたっぷり焼き芋を入れたんだ。当時、安くて腹を満たせる食べ物の代表格といえば、芋だったからな。
申し訳ばかりに、笹の葉で区切りを作り、その間へ敷き詰める芋の、黄色黄色黄色……今朝がたに買ってきたばかりのものだった。
その日の朝の仕事も滞りなく終わり、問屋場での一服。その折に彼は面桶を開ける。
ご飯や他のおかずを侵食してはいない様子に、まずは安心。気の置けない仲間は、普段なら見ることのない、青年の弁当の中身を珍しがりながらも、いつもしているように互いの弁当の中身を交換していったんだ。
青年が詰めた芋もまた、しばしば他の者たちの胃袋の中へおさまっていったのだけど。
その休み終わりで。
ぱしゃんと、問屋場全体に響くほど大きな水音がした。集う一同は、互いに顔を見合わせ、音のでどころを探ろうとする。
しかし、敷地の中も近辺も、音を立てることができそうな水たまりの姿は見当たらなかったんだ。
空耳かと思うも、続けて3回。同じような水はねの気配が周囲に広がっていった。
その3回目のおり、たまたま頭上を見やっていたものが気がつく。
問屋場の帳簿を下にそなえる、瓦ぶきの屋根。そのてっぺんで一瞬、水が大きな冠をなし、すぐに崩れて屋根へ吸い込まれた旨を告げたのだそうだ。
すでに業務は始まろうとしている。急ぎの仕事がある者は各所へ散っていき、手すきなものが、そうっと屋根へ上ってみた。
すると、本来は黒々としているべき瓦たちのあちらこちらが、黄金色に輝いているじゃないか。
こすっても、拭おうとしても取れない。引っかいてもこそげ落ちる気配はない。瓦そのものが黄色に変じてしまったようだと思ったそうだ。
そして、午後の仕事もまた騒ぎが多かった。
問屋場で荷運びの馬を取り替えることはよくあったが、その運び手たちがしばしば荷を落としてしまったんだ。
きっちり縛られた包みがほどけ、中身がまき散らされるが、そのことごとくが黄金色。あの屋根で見た色合いと同じなんだ。
これが延べ棒の類であれば、「金か!?」と皆が目の色を変えたかもしれないが、こぼれる米や野菜、ついには封書さえも黄金まみれとあっては、もはやいたずらを疑う方向だろう。
各所に確認を取り続けたこの作業は数十件にも及んだ。処理に何日も忙殺され、ときには菓子折りもって謝りにいく始末であり、問屋場は年末に勝るとも劣らぬ忙しさでもって、てんてこ舞になったという。
かの青年もくたくたに疲れ、その日は家に帰るやすぐ寝入ってしまったが、奇妙な夢を見た。
自分の家の前の空。屋根より上のそこへ、黄色に輝く芋らしきものが浮かんでいる。
全体の太さはまちまちで、細長いそれらは小さく上下しながら漂っており、そこへ少しずつ空の四方八方から、少しずつ集まっていくものがある。
色だ。
白であり、赤であり、緑であり、また濃さの違う黄色であり……。
処理に追われた青年には、うっすらと分かった。これらはすべて黄金色に染め上げられたものたちが持っていた、もとの色であったのだと。
彼らは黄金の芋に引き寄せられ、混ぜ合わさって霧となり、芋もろともどんどん空へ上がっていってしまったんだ。
立ち込める夜の雲。その中央を突き破って消えていき、大きく穴をあけるように雲たちが退いたところで、青年は目を覚ました。
ふと外を見ると、芋たちの姿はなくとも、空の雲は夢で見たのと同じく、大きな穴をあけるように、不自然に退いていたのだとか。
それからしばらくは平穏に過ごした青年だが、両親が亡くなってから。
彼の住まいはことごとく、火事に見舞われるようになった。ひとつところに2年も住めればいいところで、年に6回も引っ越しを余儀なくされたのだとか。
――あの夢で見たように、神様が起こって帰っちゃったのかなあ。
晩年の彼は、変わらず住まいを転々としながら、そう語ったのだとか。




