だいななわ
「はいはい、みなさん! よーく、きいて!」
イッちゃん、もとい井戸の前に、ひとびとが集まっています。
どの顔も、眉がよっています。けげんが浮かんでいます。
ちなみに、バラバラにされたイッちゃんの身体は、ほとんどが直されていました。
なんと、キヨさんがひとりでやったのです。
イッちゃんは思いました。
このひと、やっぱり救世主なんだ……。
けげんなひとりがいいました。
「なんだい、キヨさん」
「ここに、水があります」
「はあ、まあ、そうみたいだが……」
「それも、たくさんの水です」
「まあ、そうだね……」
ひとびとのけげんは晴れません。
だって、たしかに水はあるのですから。見ればわかります。今さら確認する意味があるでしょうか?
「さて……では、下の川まで水をくみに行けば、どれくらいかかります?」
「そりゃ、二里くらいはかかるだろうけど……」
「行くのに、でしょう? 行って帰れば四里です。いや、帰りは疲れてるし、水を持っているから、ほとんど半日分です」
「まあ、そうかねえ……」
ひとびとの中に、なんとなくの納得感がひろがります。それを見届けて、キヨさんは神妙な顔をして言いました。
「それをほとんど毎日やるでしょう。そしたら、どれだけの時間、ムダにしてると思うんです?」
みんな、不安そうに顔を見合わせます。
「ようく考えてください」
キヨさんはじっと間をためてから言いました。
「その時間を狩りに回せば、どれだけ収穫が増えるんです? その時間をキノコ狩りに回せば、どれだけ銭が入ります?」
静かになった井戸の前で、キヨさんの声が高らかに響きます。
「ここにたまった水を使えば、それができるんですよ! 私たちがムダにしてきた、貴重な、貴重な時間を取り戻すことができるんです!」
途端、みんなの顔が輝きます。
「おお、なるほど!」
「それはいい!」
「つまり、取り壊さなくてよかった、ってことか!」
すぐに、キヨさんがさえぎります。
「ですから、ここにある水を使いたければ、ひとり辺り、米一合、私に払ってください」
またまた途端、みんなの顔がかげります。
「キヨさん、そりゃないでしょう」
キヨさんははっきり、宣言しました。
「これは私が最初に見つけたんです。私のものです」
いいえ、違います。
これはイッちゃんです。
さすがに救世主のキヨさんだって、そこはゆずれません。
「なに言ってんだい。キヨさん、違うよ」
そうそう、違います。
どこの誰か知りませんが、その通り。
「これはみんなのもんですよ」
いいえ、やっぱり違います。
誰のものでもありません。イッちゃんです。
「一番にみっけたからって、あんたのもんになる理由なんかないだろう」
「なにを言います。あなたたちだっていつも言い張ってるじゃありませんか。一番に見つけたらば、それは自分のものだって」
キヨさんはぐるっとみんなの顔を見渡します。
「キノコだって、イノシシだってそうでしょう? それに、これを壊そうとしてたのは誰でしたっけ……それを止めようとしたのは? わざわざ、直したのは?」
不満を垂れながらも、言い返すひとはいません。
「別に、使いたくないひとは使わなければいいのです。米一合、払ってでも使いたいひとだけが、使えばいいんですよ」
ぶつくさ文句を言いながら、ひとびとは去ろうとします。
その背中に、キヨさんは余裕の態度で言いました。
「ま、誰かが使えば、その分、差が開くでしょうけどね……ほかのひとと」
ひとびとの足が一瞬、止まりました。
「なにしろ、たかが米一合です。半日分に比べれば、大したことありませんからね」
一瞬、立ち止まったひとびとは、いっそう文句をならべながら去っていきました。
*
翌日。
イッちゃんの前には、大勢の列ができあがっていました。
もちろん、イッちゃん、もとい井戸のそばでは、キヨさんが勝ち誇った表情で、勘定を数えていました。




