だいごわ
イッちゃん、どうもやはり、ピンチのようです。
やってきたひとたちは、斧をぶんぶんふり回して、準備運動にいそしんでいます。
すると、だれかがいいました。
「ねえみなさん、ちょっと待って」
(たぶん)最初にイッちゃん、もとい井戸を発見したひとです。
「やっぱり今は、少し考え直した方がいいんじゃありません?」
イッちゃんがいぶかんでいると、ひとびとは口々にいいます。
「考え直す?」
「なにをだね?」
そのひとは答えました。
「そりゃ、もちろん、取り壊すのを」
イッちゃん、おどろきました。喜びました。
なんと……!
これは救世主です。
じっさい、ほかのひとたちはいぶかしげに、そのひとを見ています。
「キヨさん、なに言ってんだい」
「そうそう。こうしてわざわざ、斧まで持ってきたってのに」
キヨさん……イッちゃんはその名を頭にきざみこみました。
「だって、ほら……雨が降りそうではありませんか?」
「うん……? うん、まあ、そうかもな……」
「雨が降れば、途中でやめてしまうことになるでしょう」
「まあ、そうだろうね」
「でも、それは困ったことがあるんじゃありません? だって、ここを通り道にしてるひともいるんですからね」
ほかのひとたちは顔を見合わせます。
「壊した木がそのままだと、通行止めになってしまうかもしれないでしょう?」
ほかのひとたちは、顔を見合わせながら、ああ、と納得したようにうなずいています。
イッちゃんもしきりにうなずきました。
どうもこのキヨさんは、イッちゃん……もとい井戸のことを考えてくれたわけではなかったようですが(まあ、当たり前といえば当たり前なんですが)、ともあれ、一時的に斧をふる手が止まったのは事実。
ほかのみんなは、困ったような顔をしています。
「そんなこと言われても……なあ?」
「そうそう。そんな、たかが数人のためにねえ。ここまできた苦労を放り出す、ってのは、ねえ……?」
キヨさん、怒ったようにいいます。
「じゃあ、もしもですよ、ここが通行止めになって、その誰かの仕事が遅れてしまったらどうするんです? その分、誰かが補償してくれるんですか?」
やはりみんな、困った顔でお互いをのぞきこんでいます。
すると、誰かがいいだしました。
「まあ、でも、雨が降るまでに終わるかもしれないし……」
ほかのひとが続けます。
「雨がぜったい降るとも限らんし」
「それに、ちょっとでも進んでる方が、次がラクだしな」
「なにしろ、ここまで斧を持ってきた苦労があるわけだし……それこそ、ムダになってしまう。このムダを、誰かが補償してくれるわけでもないよな?」
そして、これがとどめといわんばかりに、
「だいたい、誰かっていってるけど、キヨさんだけでしょ?」
その言葉を皮切りに、ぶつくさ文句があがります。
そして……ゴン!
とうとつに、イッちゃん、もとい井戸に、斧がふり降ろされました。
イッちゃん、あんまりのショックに目を白黒させました。
すさまじい痛みです……もはや、どこが痛いかもわからないくらいの衝撃。意識が飛びそうになります。
ゴン!
ゴン!
立て続けに、斧がイッちゃんをおそいます。
痛みが、いえ、衝撃が、イッちゃんをおそいます。
なにしろ、一度切り付けられた傷に、斧がふり降ろされるのです。何度も何度も、同じところを斧の刃がえぐっていくのです。
そうして、イッちゃんの身体の一部が切り落とされました。
あまりの痛みに、イッちゃんはさめざめと泣きました。
なんにんも加わって、いっせいにいろんなところを攻め立てていきます。
ほどなく、イッちゃんの身体……とくに地表に出ている部分は、その半分がバラバラにされてしまいました。
すると、雨が降ってきました。