だいよんわ
つかの間の幸福から一転……あっけに取られたイッちゃんです。
天国のひとがこんなに冷たいとは、とても思わなかったのです。
それに、耳をすませて聞こえる生きものたちの言葉も、ちょっと……バカっぽいというか、なんというか。
天国の生きものとはちょっと思えない話をしています。
それで、ふと思ったのでした。
(ここ、ホントに天国なの……?)
まあ、今さらではあるのですが。それでも、ずっと信じ続けるよりはマシというものです。
遅まきながら、天国の夢から覚めたイッちゃん。とうとつに哀しくなりました。
なにせ、ここが天国でないというなら、さっきの冷たい態度は、つまり……。
(もしかして、私、きらわれた……?)
その「私」とは、ひとではなく井戸です。
なのでもしかすると、そもそも、ここのひとたち、井戸が大嫌いなのかもしれません。
あるいは、井戸なんかまったく必要ないひとたちなのか。
(あの村なら、大喜びなのに……)
そう思うと、イッちゃんはずいぶんやるせなくなってしまいます。
(みんなのかわきをいやそうと思ったのに……)
これじゃ、いやすどころじゃありません。きっちりフタをされて、口にテープをはられたような感じです。
(やっぱり、ここのひとたち、井戸なんかいらないのかな)
イッちゃんは思いました。
(まあ、こんなオアシスだから、しかたないのかな……)
たしかに。
こんなに緑が茂っているんですから。井戸なんてもの、必要ないのかもしれません。
イッちゃんは自分で考えて、自分で妙に納得してしまいました。
するとぞろぞろ、ひとがやってきました。
イッちゃんはギョッとしました。
みんな怖いくらい、おんなじ顔だったからです。
しかし、よくよく見れば、ちょっと違いがあるような、ないような……。すると、誰かが口を開きました。
「見てくださいよ、これ」
「なんだこれは……」
「いつの間に……」
「誰がこんなもの……」
「ねえ? 困った話でしょう?」
「不思議だなあ……この前まで、たしかになかったと思うんだけど」
たしかに、不思議な話です。
なんでイッちゃんは、このひとたちの言葉がわかるのでしょう。
どうも聞くかぎり、イッちゃんたちの言葉とはまるっきり違うようです。
それはわかるのですが、なぜか話す意味までわかってしまうのです。
不思議です。
これも井戸に生まれ変わった奇跡なんでしょうか。
そんなことを思っていると、なにやら雲行きの怪しい話が始まっていました。
「どうしよう」
「あってもジャマでしょう」
「取り壊してしまおうか」
「壊した木材は有効活用しましょう」
「うん。それがいい」
いや、よくはありません。
これはピンチです。
イッちゃんは叫びました。
向こうの声が聞こえるんですから、こちらの声も聞こえるかもしれない。イッちゃんはそう思ったのです。
が、とんと聞こえた様子はありません。
「いやー、今日はいいフロに入れるぞ」
「いい運動にもなるしな! 汗もかいて、一石二鳥!」
イッちゃんが心底、焦りを覚えていると、ひとびとはぞろぞろ去っていきました。
次にひとびとがやってくると、どの手にも、きらりと光る鋼が……ええ、いかめしい斧がにぎられていたのでした。