だいじゅうにわ
翌日、キヨさんはイッちゃんの前で待っていました。
もうじき、最初のひとが水をくみにやってくる時間のはずです。
ところが、どうも様子が変です。
いつもはぽつぽつと列ができていくのですが、今日は誰もきません。
キヨさんはじれったそうに足踏みしています。
すると、村のひとがやってきました……それも大勢で。
キヨさんがなにごとかと構えていると、先頭のひとが言いました。
「キヨさん、俺ら、決めたんだ」
ぞくぞく、後ろのひとたちが続けます。
「そう、決めたのさ、みんなで」
「みんなでな」
キヨさんはけげんな顔で、村のひとを見回します。
「決めた? 決めたってなにをです?」
「川の近くに住むことにしたのさ」
「つまりだね……引っ越しだよ、引っ越し」
「村ごと引っ越しするのよ」
「もちろん、今からソッコクね」
「だから……せいぜいひとりで威張ってるがいいさ!」
「長く世話になったね」
「達者でな!」
そうして、またたく間にぞろぞろ去っていきました。
イッちゃんはこわごわ、キヨさんを見上げました。
キヨさんの顔はふるふると震えて、今にも爆発しそうです。
「ふん……! なんですか……自分たちだって今までさんざん、使ってきたくせに!」
すると、ふっ、と頬の力をゆるめて、
「まあ、別に構いませんよ……米で交換した銭がこれだけあれば、私ひとりだって、困ることなんかなにも……ええ、なんにもないんですから……」
キヨさんは手にした銅貨を、じゃりじゃりと握りしめました。
それから、キヨさんはイッちゃんをゆっくりなでまわします。
イッちゃんとしては、ちょっと気持ち悪いなで方です。
「いえ、それどころか、この井戸があれば、銭をかせぐ機会はまたやってきます……ええ、いつかきますとも……」
そのキヨさんの気持ち悪いくらいの笑みが、翌日、消え去りました。




