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だいいちまく・だいいちわ

 イッちゃんはその日、歓喜しました。


 とうとう、念願の瞬間がやってきたのです。


 いくにちも、いくにちも、砂漠をさまよい歩いてきた……その成果です。


 12歳のイッちゃんには、それはもう、果てしない苦労でした。


 その苦労をのりこえて、やっとたどり着いたのです……奇跡の場所に。


 そして死んでしまいました。


   *


 イッちゃんはとてもこころの優しい子でした。


 生まれも育ちも、たいへんな乾燥地帯……ええ、砂漠の世界です。


 ひとびとはみんな、渇きに飢えていました。


 毎日、大勢のひとが亡くなりました。子どもたちもたくさん、亡くなりました。


 イッちゃん、本名はインフと言います……現地の言語で「誠実」という意味の言葉から取られたのです。


 名前の由来の通り、イッちゃんは誠実な子に育ちました。


 だからこそ、その現実にいたく、こころを痛めていました。つらい現実から目を背けることができなかったのです。


 けれど、まだまだ幼いイッちゃん。そんなイッちゃんに何ができると言うのでしょう。

 

 せいぜい、祈ることだけ。


「ああ、みんなのかわきがなくなるなら、私は死んだっていいのに……」


 そして月日が経ち、イッちゃんが12歳を迎えた誕生日。


 村の(おさ)は言いました。


「インフや、お前ももう立派な大人。のぞむなら、使命を果たしなさい……あるいは、困難な道かもしれないけれど」


 そうして、イッちゃんに一枚の紙をわたしました。


「この地で、あらたな水脈を見つけるのです」


 イッちゃんは大喜びでした。


 大喜びで旅立ちました。


 あらたな水脈……この砂漠の海のなか、そんなところは奇跡の場所といっても過言ではありません。


 いえ、間違いなく、奇跡の場所でしょう……むしろ奇跡そのもの!


 きっと、多くの渇きをいやせるはず。


 そうして、いくにちも過ぎました。


 ときに、砂嵐に吹き飛ばされました。


 空から見る砂漠はキレイでした。砂漠でなければ、落ちたときに死んでいたでしょう。


 飢えとたたかい、サソリだけを食べてしのいできたこともあります。


 酷暑がつづけば獄所(ごくしょ)でしかありません。


 砂漠をこえ、次には砂漠の丘をこえ、さらには砂漠をこえ、そして砂漠をこえる。ともかく砂漠です。


 そうして、やっとたどり着いたのです……この場所こそ、(おさ)の紙に記された、水脈のある地……。


 奇跡の場所にちがいありません。


 イッちゃん、大歓喜です! そして倒れました。


 あ……れ……?


 身体が、不思議と動きません。


 あんまりの飢えで、身体の限界がきてしまったんでしょうか。


 だんだん、ゆがんでいく視界のなかで、チロチロ動くものが見えます。


 あ…………。


 イッちゃん、気がつきました。


 サソリです。


 ちいさなサソリが、尾をぶんぶん振りまわして、軽やかに過ぎていきます。


 ああ…………。


 このサソリの毒にやられたんでしょう……。あるいは、今までサソリばかり食べてきたツケがまわってきたのかもしれません。


 やっと……やっと、たどり着いたとこだったのに。


 そんな無念さえ思う間もなく、イッちゃんはあっけなく死んでしまいました。


   *


 ふと目が覚めました。


 なんだか、身体が動きません。全身がみょうに重く、じめじめして、なにかに埋まってるような感じです。


 そして悟ったのです……自分が、井戸になったということに。

火・金の20時に更新予定。

全章、無断転載は禁止。

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