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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

試作01

作者: 黄昏乙女

某日―ババル帝国首都アレイル・南帝国道


人々が寝静まり、野鳥のさえずりすら響かない深い夜。

この静寂に包まれた刻に外を出歩く者は一人として居ない。その道端の物陰に息を潜める鼠の赤銅の瞳には、一つの闇を裂く動体が映し出された。野鼠にそれが何なのか認識することは出来なかった。それはあまりの速さに知覚出来なかったというわけではなく、“それ”が微かに纏う気配、いわゆる殺気と呼ばれる鋭敏な圧力を受け、逃走本能を忘れ硬直する窮鼠には、それを認知するだけの力は残されていなかった。

黒い動体は、魔力で駆動する魔動機関特有の魔石を融解する鈍い音を鳴らし、排気口より漏れ出る余剰魔力の青白い残滓を置き去りにしていく。

魔動車に跨がる彼女は、殺気にも似た気配を纏い不機嫌気味に国道を走り抜ける。

闇に溶け込むように塗装された鈍色の軍用魔動単車は、少量の魔力でも長距離走行を可能とする魔動機関を搭載した魔動機であり、その機動力と耐久性から次代の帝国軍用車両として量産体制が構築され始めた最新鋭の機体である。そのため、他国には勿論、帝国内でも知る者は少ない代物だ。それを乗りこなす彼女は、おそらく軍人か政府関係者、いずれにしても高い身分であることが伺える。

彼女の向かう南第二区中央広場は、帝都南部に位置する大広場である。今回の目的であるこの広場は、帝国内で商人達の販売店が多く出店している帝国人の憩いの場で、朝の段階から人が集まる場所である。そのため、下された皇令を早朝までに完遂しなければならない。

本来であれば前任者が処理を終えている頃合いである。しかし、任務の完遂報告があまりにも遅いため、現場の確認と状況によっては任務代行を命じられた。前任者を推薦したのは自身ということもあり、任務を放棄した者に彼女は少なからずの苛立ちを覚えていた。

広場の入り口である帝国南内門を抜けて、現場に到着する。報告の通り広間中央に赤い霧が発生し、咽せるような異様な匂いが充満していた。幸い、この瘴気は前任者―マヤが起動した魔術結界によって覆われていたため、住居地に流れてはいないようだ。

「どこにいる!? 」

単車を降り、状況を確認するべく彼女にしては珍しく声を荒げ、前任者を見つけるべく濃い赤霧をかき分ける。

 鼻を刺す異臭に顔を顰めながら煙をかき分けながら探す。視界が悪いこともあり、うずくまっているマヤを発見するのには時間を掛けてしまった。

任務を放棄ししゃがんでいることに苛立ちが増し、無理矢理襟を掴み立たせる。

 「処理は行われていないようだが、状況はどうなっている」

極めて冷静な声音で状況確認を行う。

 「・・・・・・」

 「黙っていては分からん!」

 俯き黙るマヤの顎を掴み、顔を上げさせる。

 「・・・・・・お、お姉様っ」

 今度は彼女が黙ってしまった。それは静かではあるが気が強いことを買って推薦した者が、あまりにも気の抜けた声を出したことに驚いてしまったのである。

 それもあってか、先ほどまであった強い感情が薄れ、平然と柔らかな口調で問い直す。

 「どうなっているのか説明をしてほしいのだが? 」

 「わ、私には無理です。今回の検死は辞退いたします…」

前任者である少女、マヤは帝国でも名の知れた検死者であり、彼女の実妹であった。ほぼ放心状態のマヤに、姉としてもっと優しい声を掛けるべきであろうが、現在は任務中である。そのため、上官としての言葉を彼女に投げかける。

 「皇命であることを理解していると思っていたのだが、どうやら分かって無かったようだ」

 「“あれ”を見ていないからそんなことが言えるのです! 」

 冷静沈着、物静かな妹から発せられたとは思えない声音に驚き、彼女が指す方向に目を向け、そして言葉を失った。



 ※



人界歴 三一九九年-ババル帝国中枢区内帝邸・皇帝主要執行室

 

 ――アバーロは、時神にして創造主で或るバハル神が、神界の模造として創造した世界である。

   バハル神は、世界の創造と同時に神々の模倣物として「人類」を創造した。そして、神々と同じ言語「神語」と時の暦である「人界歴」を彼らの深層心理に植え付け、文明発展を促した。

   バハル神の想定通り「人類」は自らが誕生したその瞬間を「人界歴一年」と認識し「神語」を理解し、原初の国である古ババル帝国を建てた――

   【アバーロ叙事詩「序章―世界創成と原初の国」抜粋】


 燦然と輝き豪奢で意匠の凝らされた装飾が惜しみなく使用された部屋、この国において最も高貴な場所にその男は居た。

 貴族趣味と呼ばれても仕方のないような目が痛い煌びやかな部屋だが、金糸が施された黒革張りの椅子に腰掛ける彼を一目見てしまえば、むしろ部屋の方が見劣りしてしまうのではないだろうかと思われる。それほどに彼は美しかった。どのような美醜感覚を持つ者でも、誰しもが彼の横に並ぶ者は居ないとさえ直感で思ってしまう程に、絶世の美しさを彼は持っていた。

艶やかな鮮黄色の髪、それに相対するかのように暗みを帯びた黒紅の瞳は、まるで名匠が作り出した純白の陶器のような艶を放つ肌を更に際立たせていた。顔の造形に至っては、著名な作家すら表現ができず筆を投げ、名画を世に出す画家でさえも描く自信を失わせるほどに、完璧な比率、いわゆる黄金比と呼ばれる絶対的な美しさに整えられている。そんな彼を一目見た者達は一様に「美しいという言葉が彼のために作られたのではないか」と言う。神々しいと表現する者さえ出てくる始末である。

 彼は、読んでいた分厚い歴史書をそっとめくった。祖国の誕生から綴られているこの書物「アバーロ叙事詩」は、数ある蔵書のうち最も読み古しているものである。幼い頃から何度も読み返していることもあり、内容をほぼ暗記してしまっている。アバーロ最古の書物であり、代々引き継がれてきたこの歴史書は、写本としては誰でも身分に関係なく読めるものではあるが、原本は彼しか持つことを許されていない貴重なものである。

区切りの良いところまで読み進め、丁寧に本を閉じる。

 「創造神バハルか、もし存在するものなら一度でも見てみたいものだな・・・」

 決して叶うことのない願望を聞いていたのは、彼の背後に控える従者だけだった。


彼、ババル帝国第五十代皇帝―ボルケニル・ゾイル・クロウカートは、帝国第四十九代皇帝の第三子として生を受けた、生まれながらの皇子である。父から政治的手腕を遺憾無く受け継いだ第一皇子ヘルレイズと、母から武術の才を受け継いだ第二王子ザリウスを兄に持ち、皇帝の座に就くなどありえないであろう第三皇子として誕生したボルケニルは、自由気ままな生活を許されていた。才能面は全て兄たちに流れてしまったが、彼は母と父から絶世の美しさを受け継いだ。そのため、国内ではそんな彼を美しき箱入り皇子と称していた。勿論彼の性格上、いくら自由な身とはいえ、怠惰な生活など送るはずもなく、自ら勉学に励み、陰ながら母より武術を学んでいた。

そんな最も皇帝の座が遠かった彼は、一五の齢を迎える十月、ババル帝国の最高機関である皇帝となる事が決まった――成人後という制限はあるが。本来であれば、次期皇帝は継承権が上位の第一皇子か第二皇子になるはずであるが、先日不慮の事故によって父共々死んでしまった。

後に「血肉の饗宴」と称される暗殺事件の現場は、報告だけであるが名前通り想像すらしたくないほどに悲惨なものであったという。趣向の凝らされた眩き輝く皇族専用魔動車は真っ赤に染まり、所々見える琥珀の輝きが乗っていた人間、否人間だった“それ”の不気味さをなお引き立てていた。発見された頃には、皇帝と皇子達は異臭を放つただの肉塊と化し、まるで芸術とでも主張しているかのように車体に“飾り付け”されていた。血塗られ臓物だらけの地面には、細長い骨―恐らくは彼らの骨であろう―で「皇族に天誅を」と書かれていた。最早どれが誰のものなのか判別すらつかないが、唯一無事だった―と言うにはこの現状を鑑みるに些か語弊がある―首を含めた頭部によって、この肉片が彼らのものであることが判明した。

ちなみに彼らの頭部はボンネット前方にある帝国国旗を掲げる黄金の旗棒に、団子のように並べて刺されていた。竿頭には初代皇帝「強王」とその同輩達の象徴である、剣・槍・弓の三聖具が交差し紅葉模様を象ったものがついていたため、まだ原型を留めていた頭の中心部は見るも無惨なものであった。そしてそれらから発せられる腐臭と蒸発した血液の霧が、その残酷な殺害現場を更に異常なものに変えていた。検死を専門とする者達―帝国で検死や死体処理を生業とする一族―でさえ、肉片と血液、無茶苦茶にかき混ぜられた頭蓋内から垂れる脳漿塗れになった車を見て、遺体の検死を放棄してしまった。それぐらいに現場は凄惨なものだった。

不幸中の幸い、検死者が早急に展開した結界により帝国民には見られることはなかったため、彼らの死は視察先での不慮の事故として周知している。

この帝国史上最悪の暗殺事件により、ボルケニルの皇位継承権は第三位から第一位に不本意ながら繰り上げられた。そして今日この日、父であるセントラル・ゾイル・クロウカート帝と皇子達の逝去式を執り行った翌日に行われた戴冠式及び即位記念式典により、ボルケニルの義母にあたるレミニュエル・ゾイル・クロウカートが一時的に皇位に就いた。

 彼は元々皇帝に対して何ら関心や微塵の興味もなく、むしろ嫌悪の対象である父を連想するものであり、決して継ぎたいという意思は無かった。そして、束縛のない自由奔放な生活を望む彼に兄が二人もいたということは、皇帝の座が離れるいい口実であった。そのため、唯一その点においてのみ、彼は兄たちに対し存在意義を見出していた。そのうまい口実がなくなったというのは非常に遺憾である。ましてや、保険である第二皇子も同時というのは、誰がどう考えても、あの現場を見てしまえば明らかに暗殺としか考えられない。

 「しかし、やはり理解できん・・・」

 「なにが、でしょうか」

 首をかしげながら相槌を打ったのは、この部屋に入ることが許されている唯一の従者、サクレシア・カミノミヤである。

短く切り揃えられた艶々しい黒髪と、鋭い印象を受ける目に引き込まれるようなダークブルーの瞳。それぞれの顔のパーツが美しく均整を取り、誰もが振り返る美貌は女性的ではあるものの、どこか青年のような凜々しい雰囲気を感じる。彼女曰く、無愛想な自分の顔は東方の血筋である母親に似たらしく、可愛げが無く好きではないそうだ。そしてそんな鋭い美貌と、起伏の緩やかな体型に飾り気のない濃紺の執事服を身につけた彼女は、女性と言うよりは物静かな青年に見えるらしく、よく女性に男と間違えられ声をかけられる。女性ばかりに言い寄られる彼女に一度「顔もそうだが、体型も母親似なのか? 」と聞いたことがあったが、一瞬遠くを見るように悲しい表情を作ったかと思えば、いきなり脛に蹴りを入れられ悶絶した記憶がある。苛烈な蹴撃とは相反する冷静な声音で「肉付きが良くなくてすみませんでしたね」とまるで蛆虫を見るような冷たい眼差しで睨まれたのには、皇子である前に主である私に何事かと思ったが、当の本人はこの仕打ちをろくに気にもしていない様子であった。

そんな彼女は幼き頃からの私の付き人であり、元々は婚約者候補-現在はある事情により撤回された-として傍に置かれたのだが、前述の通り全然媚びることはなくむしろ私に対して辛辣である。最初は綺麗な年上の異性が傍にいることに、少々心がざわついてしまうという大変に愚かな時期が私にはあったが、数々の苦言と蹴りを入れられてからはそんなこともなくなった。しかし、皇子の私に容赦なく意見する彼女は、私の数少ない対等に話せる人間である。

「・・・・・・」

 今の言葉は思考に耽っている中で咄嗟にでた独り言のつもりだったが、後ろに控えているサクレシアは自らに問うたものだと認識したらしい。認識を改めるのも面倒になったボルケニルは、あたかも話しかけたかのように、ごく自然に言葉を続ける。

 「父上と兄上達の暗殺事件に関して考えていたのだが、あの言葉と状況証拠から私怨の暗殺であることは確実。あの現状を見るにあのような悪目立ちする悪趣味な現場を作り出した狂人は、己の暗殺を隠そうとする気はおろか、あくまで“あれ”を芸術と謳っているかのような気さえする」

 「……確かに、今回の皇族暗殺は不可解な点が多くあります」

 「そうだろう? 何故あんなに目立つ殺し方をしたか、わからないのだ」

「暗殺を強調したかったのでは? 現に国内では殿下が指示したのではないかという噂が囁かれておりますし」

「流石に“あれ”を指示する度胸は、私にはない」

あの事件には本当に困らされた。まさかあのステルボ家の冷酷な検死者が検死を放棄するとは・・・。

決して彼女に罪があるわけでないが、放棄したせいで現場の片付けが長引き、事態の収拾に時間がかかってしまったのには怒りを覚えた。だが、冷酷とはいえど彼女も人の子である、あの掃除を無理強いすることも出来なかった。

「サク、お前にあの片付けをさせたことは、本当に申し訳ないと思っている」

あのまま残しておく訳にもいかず、遺憾ではあるが従者である彼女に検死の任務を代行させた。

「謝らないでください。主君の願望を叶えるのは従者の務めです。ステルボ家から破門された身ではありますが、検死の心得は持っております。皇子の知り合いで私以外に頼める者がいなかったのも重々理解しております。きちんと理解(・・)、しております」

わざわざ強調し二度も言った言葉に内包された苛立ちを感じ取り、彼は反射的にいじけた態度になってしまう。

「根に持っているではないか・・・」

「ですので後で、一つ願いを聞いてもらいます。いいですね? 」

「相変わらず物怖じなく意見を言うな・・・。しかし今回ばかりは私も引け目を感じている、私が叶えられる範囲で頼むぞ」

「何をしてもらいましょうか」

冷酷な笑みを浮かべ黙々と考える彼女に、私は内心何を要求されるか恐ろしくなってきた。

「しかしまあ、皇位継承権の高いお二人が亡くなられて真っ先に疑われるのは、殿下なのはいたしかたのないことです。しかし、自由奔放で、まともに手綱の握れない殿下を皇位に就けて優位になる者など殆どおりません。皇子を美しいという外面的なことしか知らない帝国民ならまだしも、殿下と直接面識のある貴族のなかで殿下の性格は周知されております故、僭越ながら、その殿下を皇帝の座につけて喜ぶ者などいないと思われます」

 「だからこそ、不可解なのだ。制御できない私を皇位につけるなど、余程の破滅願望者か、または私の狂信者か、それとも・・・」

 最後の可能性はあまり考えたくはない、一瞬頭をよぎった最悪な思考を振り払うように軽く頭を振る。そんな彼を珍しそうに眺める従者は、自らの主が考えてしまった最悪の事態には思い至ってない様子である。

脳天気な奴だ、少しは主の憂いに気づいたらどうなのだ、全く・・・。

どちらにしろ、皇帝という位に束縛されたくない私からすれば大変に傍迷惑な話である。しかし、在位中に功績一つ残せない無能な皇帝などと後世の歴史家に言われないためにも、皇帝になったからにはその責務を果たさなければならない。父は特に誇るべき事もなく、権威と金銭にのみしか興味を示さない屑だったが、政治に関する手腕と残した功績だけは称賛に値するものだった。彼にとってその屑な父より劣るということは、何よりの屈辱であった。そこまで考えて、己自身の境遇を鑑みてしまいいつも以上に陰鬱な気持ちになる。

静かになった部屋に液体を注ぐ音が響き、室内に茶葉の香ばしい香りが広がる。この紅茶は、これまでの皇族達が愛飲してきた最上級紅茶の原産地・帝国南部フィラル産の特産品である「エンジェルフィラル」。あまりの希少性と生産量の少なさから非常に高価で取引される茶葉であるため、並の貴族では手を出せないような高級品である。そんな選ばれた者しか飲むことの許されないこの一杯は、皇子が読書をするときによく飲むものである。

本を読みなんとか気を紛らわそうとするが、先ほどの陰鬱な考えは消えず深いため息をつく。

 「はあ、私は何故皇子に生まれてしまったのだろう・・・」

 「あまりに贅沢な悩みですね、殿下」

 「おいおい、主に対してその言い草はないだろう」

 そう言い、先ほどまで暗い表情を浮かべていた皇子が珍しく笑みを浮かべる。

一部の人間にしか見せないその笑顔を見て、いつもそんな風に笑っていれば多少は愛嬌があるだろうと思いつつ、突飛な出来事が続いたせいか少々感情が豊かになった主を見て、まるで自分に多感な時期の弟がいるようで、ついつい頬を綻ばせてしまうサクレシアであった。


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