亡命屋(リベレーター)は眠れない。
久々の投稿です。
クズ男をざまぁします。
ご感想をお待ちしております。
トレアール・レジェンダリーは変わった副業を持っている。
それは、諸事情で追い詰められてた人々を他国へ逃がすものだった。
彼を知る者たちは、彼のことをこう呼んでいる。
亡命屋
普段は、レアール共和国の交易ギルド「スルーブレイス」の雇われ兵として、旅団の警護に就いている。
しかし、交易ギルド「スルーブレイス」に依頼が入ると彼は亡命屋の顔へと変貌する。
亡命屋になり、すでに五年。
今回も、交易ギルド「スルーブレイス」経由で亡命の依頼が来た。
しかし、今回は珍しく大物からの依頼だった。
〇
レアール共和国の有力五爵家の一つ、キャラダイン公爵家からだった。
レアール共和国の王都の一角にある、交易ギルド「スルーブレイス」の本店では、ギルド長であるダリル・メジャーズがトレアールを待っていた。
「すまないね、急な依頼だったものでね」
「いえいえ」
トレアールは笑顔で応じる。
「しかしながら、キャラダイン公爵家の長子であるローラ嬢を逃がして欲しいとは・・・何があったんですか?」
トレアールが事情を尋ねると、ダリルは依頼の詳細を話し出す。
ローラは、フェロー公爵家の長子であるアームガードと婚約をしていた。
だが、その彼がローラに対する態度を硬化させた。
しかも、取り巻きたちを使って、ローラの悪評を流した。
その噂は王都全体に広まってしまった。
ローラの父は、配下の者を動かして真相を探り出した。
すると、アームガードはコンラッド男爵家の一人娘であるイーランと不貞を働いていた。
ローラの父は、すぐにこの不貞に対応しようとした。
だが、相手の方が上手だった。
すでに、貴族院にローラが不貞を働いたと言う偽の証拠を提出していた。
そればかりか、彼らはとんでもないことを行おうとしていた。
それは、フェロー公爵家主催の晩餐会中に、ローラを糾弾しようと計画していた。
この裏側には、フェロー公爵家だけでなく、キャラダイン公爵家を貶めようとする貴族たちの存在もあった。
「貴族と言うのは、相変わらずキツイですね」
「ああ。しかし、キャラダイン公爵家は悪い貴族ではない。<進歩派>と呼ばれる代表格だからね」
そう、キャラダイン公爵家は特権階級を良しとせず、民衆の視線で政治を行おうとする<進歩派>の代表格であった。
一方で、特権階級を守ろうとする者たちは<正義派>と称していた。
当然、フェロー公爵家も<進歩派>であったはずで、この婚約もその一端を補っていたはずが、実のところ、フェロー公爵家は<正義派>に鞍替えしていた。
「だから、大舞台での糾弾と婚約破棄を行いたいと」
トレアールは呆れてしまう。
まだ、十代である少女の生涯を奪う陰謀に怒りを覚えてしまう。
それは、ダリルも同様である。
「婚約破棄した上に、相手の命まで奪おうとする。私はそれが許せないのだよ」
ダリルは淡々と話すが、その息遣いには怒りの感情が垣間見える。
「だからこそ、君に今回の件を依頼したい」
ダリルが微笑む。
「いいですよ。その依頼、引き受けましょう」
「ありがたい」
「それでどこまでお送りしましょうか?」
トレアールは尋ねる。
まずは、目的地を知りたい。
そこから、まずは必要経費などをすぐに換算する。
「ダキア公国までお願いしたい」
「なるほど」
トレアールは納得する。
ダキア公国はレアール共和国とは国交はあるが、各国に対して永久中立国を宣言している。
そこならば、レアール共和国も追っ手を好き勝手に出す訳にはいかない。
もし、追っ手を出した場合は、国際問題になる。
他国への印象が悪くなる上、国の評判も落としかねない。
「ダキアには、キャラダイン公爵家にゆかりのある、女傑マダム・フーシェがいる。彼女がローラ殿を匿うことになる」
「後は・・・フェロー公爵家とコンラッド男爵家の動きですね」
「特にコンラッド家には注視すべきだろう」
トレアールもダリルも追っ手の動きが気掛かりであった。
この場合、爵位の低い者が積極的に動くことが多い。
フェロー家が五爵の順位によって、自ら動かずにコンラッド家に密約を交わす。
フェロー家はあえてターゲットが通りたくなるような逃げ道を用意しておき、逆にコンラッド家は御家存続のためにも総力を挙げてそこに追っ手を差し向ける。
それは、爵位の力関係による暗黙の役割強制と言えるものだった。
「ですが、そこに隙ができると思いますよ」
そう言うとトレアールは必要経費を計算し、ダリルにその金額を伝える。
「わかった。すぐに用意しよう」
「では、さっそく動きましょうか。この後、僕の方からローラ嬢へ手紙を出します。その段取りをお願いします」
「いつ出る?」
「明後日の早朝ですね」
「朝から出るのか?」
「ええ。その前に少しだけお掃除をしないといけませんので」
トレアールは窓の外に目を向ける。
外は夜の闇が支配している。
その奥を、トレアールはすでに見据えている。
「相手も馬鹿じゃないようですし」
「・・・なるほど」
ダリルが頷く。
「何名か手を貸して下さい。後は自分の方がやりますので」
そう言うと、トレアールは微笑んだ。
〇
予想通りと言うべきだろうか。
交易ギルドを出たトレアールを何者かが襲った。
きっかけは、一本の矢だった。
だが、トレアールはその襲撃を予想しており、矢を簡単にかわす。
闇の奥から、フードを被った男たちが現れる。
襲撃者たちは四名だった。
トレアールは小さな路地を駆け抜ける。
その後ろからは矢が放たれるものの、トレアールは路地へ路地へと走り抜けるので。放たれる矢を交わしていく。
やがて、トレアールは小さな広場にたどり着くと、迷うことなく襲撃者たちを迎え撃つ。
トレアールに追いついた襲撃者たちは、すでに息が上がっていた。
手には剣しかもっていない。
おそらく、矢を放ち終えたのだろう。
「体力ないね。それじゃ、僕を倒せないけど大丈夫?」
トレアールが挑発する。
「き、貴様!!」
襲撃者の一人が大声で叫ぶものの、息が上がっているので声が甲高いものになったので、トレアールは笑ってしまう。
「ルーバ、あとは頼む」
トレアールが呟くと、一つの影が襲撃者たちを襲う。
両手には短剣が握られている。
不意を突かれた襲撃者たちは、その陰に対応できなかった。
一瞬にして、襲撃者たちは急所に打撃を打ち込まれて、激痛と共に失神した。
「いつもながら、すごいねえ」
トレアールが感心しながら、相棒であるルーバ・エレメントへ歩み寄る。
「あなたの言った通り、こいつらギルドを監視していた」
トレアールは、ギルドに向かう前に、ルーバに外の監視を依頼していた。
「相手も貴族階級で策謀を行う奴らさ。当然、ローラ嬢が他国へ逃げることを警戒してるものさ」
「そうね。で、こいつらはどうするの?」
「ギルドの職員たちが隠れ家まで運んでくれる」
「相変わらず手際がいいわね」
今度は、ルーバが感心する。
「一人、若い奴がいるだろ?こいつは貴族階級のおぼっちゃまの可能性がある」
トレアールは、大声で叫んだ襲撃者の一人のフードを外す。
そこには、若い騎士の姿があった。
〇
トレアールたちが捕まえたのは、トムと言う騎士だった。
「こちらを監視しているのは理解していたよ。でも、その日に襲撃をかけるのは浅はかだったね」
トレアールはトムに拍手を送る。
「貴様!!こんなことをして良いと思っているのか?僕は貴族だぞ!!」
「思っているよ」
トレアールはわざとらしく首を傾げる。
その態度に、トムは初めて目の前にいる男が危険だと認識する。
「なにせ、キャラダイン公爵家の長子であるローラ殿を害しようと考えているんだからね」
すると、トムの体が震え出す。
「図星だったようだね。そうなると君の命を奪わないといけないね」
「ま、待ってくれ!!」
「どうして?」
「ローラは、彼女は酷い女なんだ。ローラはイーラン嬢を苛めたのだ。しかも、命さえ奪おうとした。そんな酷い女を許せるはずないだろう?」
「そう言うなら、その証拠はあるの?」
「イーランが話してくれた!!」
「それは証言でしょ?証拠は?」
「証拠・・・、それは・・・」
トムは言葉を詰まらせる。
どうも、貴族院へ提出した証拠は取り巻きたちには見せていないようだった。
おそらく、そこから証拠に綻びが出ないよう、身近なものでしか見せていないのだろう。
「でも、いいや。そんな話を聞いても役に立たない。だから・・・」
トレアールは卑しい笑みを浮かべる。
彼の手にはロープがある。
「ひぃ・・・」
小さな叫び声と共に、トムが気を失い倒れる。
「やりすぎ」
ルーバが苦笑する。
「ほら、おもらししてるじゃない。私、掃除するの嫌だからね」
「ごめん、ごめん」
トレアールは謝罪する。
「それでどうするの?」
「そうだね・・・久々にあれをやりますか」
「ああ、あれね」
二人の視線は気を失ったトムへ向けられた。
〇
二日後の朝、トレアールたちは仕事に取り掛かる。
「あなた様が、ローラ様ですね?」
キャラダイン公爵家を訪れたのは、旅姿のルーバであった。
表向きは、ダキア公国にいるマダム・フーシェの使いの者であった。
「はい」
ローラは緊張した面持ちで、ルーバに対応する。
「心配しなくても大丈夫ですよ。必ず、マダム・フーシェの元までお届けしますから」
ルーバは優しく微笑む。
その後の二人の行動は早かった。
ルーバたちは、朝市の人ごみに紛れ込んだ。
二人の周囲には、コンラッド家の者たちが、尾行をしていた。
しかし、彼らの後ろにはトレアールがいた。
トレアールは、密かにコンラッド家の者たちを襲った。
周りに気付かれないまま、彼らを襲撃するのはお手のものだった。
一時間余りで、トレアールはコンラッド家の者たちをすべて動けなくした。
その後、トレアールとルーバは駅馬車にローラを乗せて出発した。
「これで午後までは時間は稼げるでしょう」
トレアールの言葉に、ローラは頷く。
「それに、あなたが乗ったようにダミーの駅馬車を四台ほど走らせています。ご安心を」
「そうなのですか?」
「ええ。ですので、ご安心を」
トレアールは自信をもって答えた。
〇
ダキア公国までは、約七日ほどの行程であった。
ローラは、コンラッド家の襲撃を受けるのではと不安になっていたが、六日目になっても襲撃は起きなかった。
「どうして追っ手が来ないのでしょうか?」
ローラが、トレアールに疑問をぶつける。
「ああ、その件ですか?」
「はい」
「ちょっとだけ、面白いことをしました。ですので、追っ手は来ません」
「面白いこと?」
ローラが戸惑いの表情を浮かべる。
「ダキアに着きましたら、種明かしをしましょう」
トレアールとルーバは笑うのみであった。
〇
トムが目を覚ますと、そこは牢獄の中だった。
トムはなぜ、そこにいるのかわからなかった。
いや、もっとわからないことがある。
なぜか、古びたドレスを着ている。
そうではない!!
そもそもが違う!!
なぜか、胸があるのだ!!
「俺は・・・」
あの日、あの気持ち悪い男が自分を殺そうとして・・・気を失った。
その後はずっと眠らされていたのかもしれない。
しかし、今の状況はどうだ。
なぜ、こんな牢獄に自分がいるのだ?
「ようやく目を覚ましたね、ローラ」
聞き覚えのある声と共に、知った人物がトムの前に現れた。
「アームガード様!!」
トムはその名を叫ぶ。
しかし、声が自分のものではないとすぐに気付く。
・・・これはまさか・・・そんな・・・。
トムはその声を思い出し絶望する。
その声は、トムが忌み嫌う女性の声だった。
「ローラ、なぜ逃げ出したのだ?国境前で捕まえられ良かったものの、ダキア公国まで逃げ出そうとは失礼極まりないぞ」
アームガードは、ローラと化したトムの前髪を強く掴む。
「お止めください!!」
トムは痛みを堪えながら、アームガードに嘆願する。
しかし、アームガードの手はさらに力を入れる。
「お前のために、次回のパーティーでお前を断罪する予定だったものの・・・勝手なことをしてくれたな」
「お待ち下さい!!私はトムです!!」
トムは叫ぶ。
「何を言う。お前はどう見てもローラではないか」
アームガードは、牢の鍵を開けると、そのままローラの姿をしたトムのドレスを破いた。
「ひぃぃ!!」
トムの悲鳴にさらに欲情したのか、アームガードがそのまま彼の体を愛撫する。
トムの貞操の危機である。
トムはまだ性体験は行ったことがなかった。
彼にとっては、その身を捧げたいのはただ一人。
愛しのイーランのみである。
アームガードの取り巻きとはいえ、イーランに想いを寄せている。
イーランも、アームガードのいない場所でトムにボディタッチをしてくれた。
その想いが今、アームガードの手で砕かれようとしていた。
すると、トムの体に変化が訪れた。
「な・・・なんだ、これは!?」
アームガードの手が止まる。
組み伏せていた女性の姿が、男性へと変化したのだ。
「ト、トムではないか!!」
「・・・アームガード様」
トムは貞操の危機を脱し、その安心感から号泣した。
しかし、この後は地獄であった。
「お二人とも・・・何を・・・」
震えた声が牢内に響く。
「いやぁあああ!!」
二人が振り返ると、そこには悲鳴を上げたイーランがいた。
彼女が悲鳴を上げるのは当然だった。
なにせ、目の前にはアームガードがトムの貞操を奪おうと襲っているのだから。
「ち、違う!!これは!!」
アームガードが必至で弁明するものの、女装姿のトムは縛らせている上、上半身が剥き出しの状態である。
トムの下半身には、アームガードの手が伸びている。
そこに、イーランの悲鳴を聞いた兵士たちが駆け付ける。
誰もが、「うわぁ・・・」と口にした。
「変態!!」
イーランが罵倒を始める。
それがきっかけで、牢獄は大混乱に陥った。
結局、この異様な光景はすぐに王城や市井へと流されることになった。
〇
トレアールたちは、無事にダキア公国へ入国し、そのままマダム・フーシェの屋敷に到着した。
ローラは無事にマダム・フーシェと対面することができた。
これで、トレアールたちの任務は終わった。
その後、トレアールたちはマダム・フーシェの感謝の誘いを受けて、しばらく彼女の屋敷に滞在することになった。
しばらくして、ダリルより手紙が届いた。
そこには、アームガードとトムの醜聞と共に、今回の事件の顛末が書かれていた。
結局、王家が今回のアームガードたちの醜聞をきっかけにして、フェロー公爵家とコンラッド家の陰謀を暴き出した。
この事件に関わった、<正義派>の貴族たちを含め、フェロー家とコンラッド家は断絶となった。
アームガードとトムは、強制労働の刑で辺境へ流罪。
イーランも辺境の修道院へ送られた。
こうして、この騒動は終焉を迎えた。
〇
トレアールたちが、レアール共和国へ戻る日。
その見送りの前に、ローラはトレアールに尋ねる。
「一体、何をされたのでしょうか?」
ローラは、なぜ無事にダキアまで来れたのかを知りたかった。
「そうですね。種明かしをしましょう」
そう言うと、トレアールはルーバに向けて手をかざす。
すると、ルーバはトレアールへと変化した。
「え?トレアール様が二人・・・」
ローラは左右に居るトレアールを何度も見る。
「変身魔法を使ったんです」
「魔法が使えるのですか?」
ローラの常識の中では、魔法を使えるものは数少ないと聞いている。
その中の一人が、今目の前にいる。
「そうです。もちろん、ルーバも」
ルーバが元の姿に戻る。
「彼女も同じ魔法が使えるんです」
「私たちは、トムと言う騎士に魔法をかけてました。あなた様の姿にして。他の襲撃者にも同じ魔法をかけました。ですので、都合四人のあなた様に変身した男たちが、あなたの姿をしているのですから、周りから見たら滑稽でしょう」
「だから、アームガード様は私を捕まえたと思ったのですね」
「そうです。ですが、実際はトム君だったそうで、牢獄は凄かったようですよ」
トレアールとルーバはクスクスと笑う。
「納得しました」
この話を聞いたローラは、トレアールたちの偽装の内容に納得すると、満面の笑みを浮かべるのだった。
〇
レアール共和国へ戻る帰路、馬車の中でトレアールはルーバの膝の上で眠っていた。
ルーバは知っている。
トレアールは亡命屋の仕事の時は、不眠症になることを。
相棒を長く続けているが、彼の不眠症はもはや癖と言って良かった。
だから、亡命の依頼が終わるたびに、ルーバはトレアールを介抱している。
「ほんと、素直に寝るわね」
ルーバはトレアールの寝顔を愛しく思っている。
「・・・いつも、ごめんね」
不意に、トレアールが寝言を言う。
幸せそうに眠るトレアールを見ながら、ルーバは優しく彼の髪を撫でる。
「はいはい、ちゃんと面倒は見て上げるから」
そう言うと、ルーバは密かにトレアールの額に口づけをするのだった。