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王座

「王様!!あの人の話聞きました!?なんだっけ……あの……さっきアランさんに渡した人……名前……忘れちゃった……」


サンはノックの一つもせずに王室に駆け込む。

サンでなければ首を刎ねられてもおかしくない不敬、しかし少女は許される。


だが少女だから許されているわけではない、彼女がサン・フラワーであるからこそ許される所業。


「ほほ!相変わらず元気だのうサン、ミロのことならアラン兵隊長から聞いておるよ。朝早くからご苦労じゃったな」


王ですらこの国ではサンの全てを許す。

他の場所では生きていくことができないサンを活かすために。


「えへへ、頑張りました!これで町のみんなも幸せなんですよね!?」


純粋無垢とも言える笑顔で少女が言う。

朝から人を1人殺した少女が、笑顔で王に問いかける。


「あぁ、そうだとも。これで町に危険な物を持ち込む者が減ったのだからな。本当によくやってくれた、ワシからも礼を言わせてもらう、ありがとうサン」


王の言葉に嘘はない、王の言葉に間違いはない。

ただそれでも、王の頭の中をよぎる、こんなことはおかしいことだという疑念。


サンという幼い少女を危険な武器や薬を持つ男の元に送り込み、殺させるということがおかしいことなど、王にだってとうの昔から分かっていたことだ。


しかし人間とは恐ろしいもので、それだけの疑念を長く抱いていても、今もまだ抱き続けていたとしても、それに慣れてしまう。




初めてアランが王の前にサンを連れてやってきた時、王は保護したのだと思った。

ボロボロの布切れのような服を見る限り、山賊か何かに攫われた少女を連れ戻してきたのだ、と。


しかし玉座に座る王にアランは言った。


『この少女は人を殺すことに長けています』


王は何度も自分の耳を疑った。

そしてアランが本当にその言葉を言ったと理解した後、少し前傾に上半身を傾けアランを疑った。


『王の後ろに行け』


王は再び耳を疑った。

目の前の少女とは距離があり、間には3段ほどの階段もある、自分は王座に腰をかけ、王座の後ろは壁に密着している。

自分に後ろなど存在しないのだ。



そう、思っていた。



王は瞬きすらしていない。

一瞬たりとも視界を閉じていない。


目の前にいたはずの少女が消えたことに気付いたのは、サンの手が頬に触れた後だった。


気付けば単純、これ以上ないほど分かりやすい。

王座に座り、少しだけ前傾姿勢になった自分に肩車をされるような形に少女は移動した。



『………おおお!!!!』



王は反射的に立ち上がり、とにかく無我夢中でサンを振り解いた。

その時、王の心にあったのは恐怖。それ以上もそれ以下もないただただ純然たる恐怖だった。


サンは王に縋り付くこともなく放り出された。

当時六歳で体重も軽かったサンは王座の横に転がる。



『はぁ……はぁ………な………なんだアラン!?この少女は何者だ!?』



王にはもはや横たわるサンを心配する余裕もない。

王の今の振る舞いは王足り得ないほどのものだった。



『分かりません、しかし王。2年……2年頂ければ、私がこの少女を育ててみせます。必ず王国のためになるはずです』



断るべきだった、断らねばならないはずだった。

これほどの才能のある少女とはいえ、何も知らない少女を人を殺すために育て上げるなど。




だが現実は真逆だった。




横たわっていたはずの少女が起き上がり、こちらを見ていた。

縋るような目で、怯えるような目で、だが、何も分かっていないような顔で。


王は理解した、理解してしまった。

この少女は普通に生きることができないのだと。


早計だったかもしれない。

今でも王はそう考える時がある。


あの時サンに教えるべきだったのは殺すための技術などではなく、生きるために必要な知識や常識だったのではないかと。

それを奪ってしまったことで、サンがなれたはずの幸せを奪ってしまったのではないかと。



王族や貴族に生まれなければ口にできないような最高級の果実を食べさせてやりたかった。


劣悪ともいえる環境にいたウサギや野犬を食べていたサンに、人が食べるために育つ環境を整えられた牛や鳥を食べさせてやりたかった。


アランからご褒美だと言われて塩味のほんのりする程度のパンで喜んでいるサンに、甘い菓子を食べさせてやりたかった。



だがそれはもう叶わない。

叶えてはいけない。


少なくともこの国ではサンに幸せを与えてはいけない。

不幸のどん底にいた自覚のあるサンが、不幸になったことで幸せになったと勘違いしているだけだとしても。


サンは、サンだけは、自分は不幸なんだと思って欲しくない。



サン。



サン・フラワー。



『………君の名前は?』


『………なまえ?』



王は思い出す。

サンには名前すらなかったことを、名前というものの存在すら知らなかったことを。



『………あ』



少女は王室の端に置かれた花瓶を指差した。



『………あれ』



『あぁ、ヒマワリかい?今日は陽が出ていないから咲いていないが』



『………ヒマワリ』



知っているのかと思ったが、おそらく王が言った単語を繰り返しただけ。



『好きなのかい?』



『…………すき?』



好きという言葉も知らない、この少女はやはり、何も知らない。



この少女が少しでも、不幸から抜け出せるように。

笑顔で陽の光を浴びることができる日がいつか来るように。





『………サン・フラワー』



『サン・フラワー?』



『今日から君はサン・フラワーだ』



おそらくサンはその言葉の意味も理解していない。

これから時間をかけて、アランたちに教えてもらって、理解していかなくては。



しかし今になってようやく分かる。




サンはその時すでに、壊れてしまっていた。




いいことも悪いことも理解できない。




そのヒマワリは、陽を浴びても、咲かなかった。


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