守るため、歪めた正義
「お邪魔しました!お部屋は後で兵士の人たちが片付けに来ますので!」
宿屋の主人にそう告げてサンは宿から出た。
180cmはあるであろうミロの死体を片手で引きずりながら。
サンは仕事を終えて街を満足げに歩く。
街の人間たちも「おかえり」「お疲れ様」と当然のようにそれを受け入れる。
なんと異常な光景なのだろう。
幼い少女が街の中を死体を引きずって歩いているのに。
その娘は血で濡れた黄色いワンピースを揺らしているというのに。
この街ではそれが当然だと受け入れられているのだ。
「今日のお仕事は終わりかい?」
それを当然と受け入れている老人が死体を引きずるサンに話しかける。
彼は慣れているのだ。
人間の死体に、小さい体でそれを引きずる少女に。
「うん!後はお城の兵士さんたちがやってくれるから!」
「そうかい、でもそれも兵士さんに持っていって貰えばよかったじゃないか」
「これは私が持っていくの!私がちゃんとお仕事しましたよーってみんなに見てもらわなきゃだからね!」
サンは自分が殺した人間を人に任せない。
殺した人間の物には少しの関心も持たないが死体だけはサンにとっては特別なものなのだ。
サンの引きずるそれはサンが頑張った証。
幼い少女が大人に褒めてもらうための大事な証拠なのだから。
それはまるで積み木を組み立てた子供が大人に見せびらかすように。
小さな虫を狩った子猫が主人に見せびらかすように。
だからこそサンは死体を大事にする。
その死体は自分が褒めてもらうために死んだと思っているから。
その人間が生きていた時にどれだけの悪事を働いていようとサンはそれに嫌悪しない。
むしろ悪事を働いてくれたおかげで殺されてくれる口実を作ったことに感謝すらしているのだ。
「この人はなんで私に殺されたんだろう」
サンはふとミロの死体を見て呟く。
兵器の所持、禁止薬物の売買。
言葉でなんとなく意味は分かっていてもそれの何が悪いのかを理解していないのだ。
兵器の所持の何がいけないことなのか。
人を殺せてしまうものが危険だと言うのなら自分は生きているだけで許されないはずなのに。
禁止薬物を売ったらどうしていけないのか。
その禁止薬物を作り出したのも作り出した薬物を禁止と決めたのも人間だというのに。
だからサンは考えない。
それを決めるのは国だから。
それを決めるのは王だから。
それを決めるのは民だから。
自分はそれらに頼まれたことをこなし、達成して誉められるだけでいい。
「はー、重かった」
サンはようやく城の前まで辿り着くと大きくため息をついた。
大して疲れてなどいないが私は頑張ったということを示すポーズ。
「ただいまー!」
サンが門に向かってそう叫ぶとすぐに門は開く。
飼い慣らされた殺し屋が自分たちにとって安全だと兵たちも理解しているから。
「おかえりサン、パンは美味しかったか?」
兵士長であるアランがサンを出迎える。
サンならすぐに仕事を終わらせるというアランからサンへの信頼の現れだ。
「あっ」
サンは確かにアランから受けとった袋詰めのパンをワンピースのポケットから取り出すとその場で貪るように食べ始めた。
「……モグモグ……ゴクン………うん!美味しかった!」
サンはパンを急いで食べ終えると満面の笑みで答えた。
アランはそれを見て小さく笑っていた。
「……ふふ、そう焦って食べなくてもよかったのだぞ?」
「ううん!アランさんにちゃんと美味しかったって言いたかったから!」
「ほう、それは嬉しいじゃないか。でももしそのパンが美味しくなかったらどうしていたんだ?」
アランが意地悪くサンに質問する。
サンは口をポカンと開け、呆然としている。
「…………美味しかったって言う」
サンはアランから目を背けながら言う。
「ははは!では次は美味しくないパンを用意するとしよう、もちろんおかわり付きでな」
アランにそう言われるとサンは大きく驚いてアランの顔を見た後に顔をブンブンと振った。
「美味しくないパンは一個でいいので!!美味しいパンだけおかわりをください!!」
動揺しているサンとからかうアランを見て周りの兵たちがクスクスと笑っている。
もちろん嘲笑のような笑いではなく、親子を眺めるような優しい笑い。
「ふふ、そうか。では今回の美味しいパンはおかわりが必要だな、ほら」
アランはサンにそう言うと袋詰めのパンをサンに差し出した。
「いいの!?」
サンは嬉しそうにパンを受け取り、アランも嬉しそうなサンを見て微笑む。
「あぁ、今度は急いで食べずにゆっくり味わってな。そのミロの死体はこちらで預かろう、よくやったなサン」
アランはそう言うとサンが引きずっていたミロの死体をひょいっと持ち上げた。
「ありがとうアランさん!私は部屋でゆっくりパンを食べるから何かあったら呼んでね!」
サンはアランにそう告げるとアランから受け取ったパンを大事そうに抱えて自室へ走っていった。
「……慣れたものですね、我々も」
兵士の一人がアランに話しかける。
「……私はまだ慣れないがな、このミロを殺すのも私だったらどれだけよかったかと思う」
「……全くです、あの子が人を殺す事が不幸だと知らないのが幸いですかね」
アランはそう言う兵の言葉を否定できなかった。
あの幼い少女が抱える不幸の報酬がそんな程度の幸せだということをアランはまだ受け入れられていない。
「……少しでもあの子には幸せでいて欲しいものだ」
「それが例えたった一つのパンだとしても……ですね」
アランは兵の問いに口を閉ざした。
本当ならばもっと美味しいものを彼女に与えたい。
もっと大きな幸せを彼女に経験させたいとアランは考えていた。
そしてそれはアランだけではない。
城の兵や国の民、大臣や王までもが皆同じようにそう考えている。
しかし大きな幸せというものは知れば知るほど、深い不幸との振れ幅に耐えられなくなるものだ。
だからこそ皆はサンに大きな幸せを与えない。
彼女の不幸を彼女に自覚させないために。
それをサンが気にかけていないとしても。
【影に咲くヒマワリ】に強い光を浴びせてはいけない。
この国の人間はそれが正しいと、それこそがサン・フラワーを少しでも幸せにするための正義だと考えているのだから。