ヒマワリ
タタタタタタ………
黄色いワンピースを着た少女が肩くらいまでの長さの茶髪を揺らして小走りで駆けている。
少女は銀色の美しい鎧を身に纏った兵を前にすると立ち止まる。
「おはようございます!!」
大きな声で、綺麗な笑顔で朝の挨拶を口にする。
兵も慣れたようにそれに返す。
「おはよう、元気そうで何よりだ。今日は朝からお仕事かい?」
「はいっ!早めにお願いすると王様に言われてるので!」
兵はそうか、と頷くと少女に袋詰めのパンを差し出した。
「お腹が減っては戦はできぬというからね、これでも食べて頑張っておいで」
「わ!ありがとうございます!行ってきます!」
少女はそのパンを受け取るとペコリと頭を下げて再び駆けていった。
「皮肉なものですねアラン兵隊長」
アラン兵隊長と呼ばれたその男に鈍い銀色の鎧を着た男が話しかける。
「…………何がだ?」
アランは苦虫を噛み潰したような辛そうな顔で兵士に聞く。
「あんな小さな子供にやらせる仕事じゃないでしょうに、今更ではありますけどね」
「……仕方がないだろう、あの子は他の生き方を知らない。あの子には他の生き方などできないのだからな」
2人はお互いの目を見つめ合うと顔を伏せた。
そこには重く寂しい空気が流れている。
「あ、そう言えば兵隊長知ってますか?最近あの子がなんて呼ばれてるか」
兵士が空気を変えようと話を繰り出した。
「いや、知らんな。街の雑談は俺の耳にまで届くことはあまりないからな」
「【影に咲くヒマワリ】ですって」
「……本人は喜ぶだろうな」
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少女は城から飛び出すと勢いを抑えることなく目的に向かってただ走り続けた。
今日の少女の目的はとある男。
少女は目的を見つけるため街の住人に声を掛け始めた。
「おはようございますお肉屋さん!ボサボサの黒髪の男の人を探してるんですけど……名前は……えーと……なんだっけ……」
「おはようお嬢ちゃん、依頼のメモは貰ってないのかい?」
肉屋の住人がそう問い掛けると少女はそうだ!とにこやかな表情でワンピースのポケットを漁り出すと一枚の紙を取り出した。
「ありました!えーと……ミロって男の人です!」
「……ミロか。悪いが心当たりがないねえ」
「そうですか!ありがとうございました!」
少女はそう言うと街の住人に手当たり次第に声を掛け始めた。
老若男女を問わず、見た目が怖い連中にも迷うことなく話しかける。
そして話しかけた人数が60ほどになった時。
少女はガラが悪く、大きな体の男に声をかけた。
「おはようございます!ボサボサの黒髪のミロって男の人を知りませんか!?」
「おぉ、知ってるぜ!ここの通りを真っ直ぐいった突き当たりの宿の2階に部屋を借りてるはずだ」
ビンゴ。
少女はやった!とぴょんぴょん跳ねる。
「ありがとうございます!」
少女はすぐにその宿へ向かう。
「おはようございます宿屋さん!この宿の2階に部屋を借りているミロという方に用があってきました!」
「あら、おはよう。どうぞどうぞ」
本来ならば宿の人間に用があるからと言われても知らない人間を通すことは絶対にありえない。
だが宿屋は知っている。
少女にその男の居場所を教えたガラの悪い男も知っている。
この国に住む国民ならば知っているのだ。
この少女は王国に飼われた死神なのだと。
目的のために手段を選ぶことを許されていないのだと。
この少女に嘘は通用しない、この少女に力ずくは通用しない。
だからこの少女の前でこの国の人間は正直な善人でいなければならないのだ。
コンコンコン
少女はその男の部屋を3回ノックする。
「おはようございます!」
少し時間を空けて黒髪のボサボサの男が扉を開けた。
「……俺に何か用かい?」
「はい!……えっと…….あ、ミロさんですか!?」
「…….ああ確かに僕はミロだけど」
「そうですか!えーとミロさんに他国からの兵器、並びに禁止薬物の持ち込みと売買が確認されています!」
「………ッ!!」
男はそれを聞くと部屋の奥へ走っていく。
窓から外へ逃げるつもりなのだろう。
「ダメです!!!!」
扉の前にいたはずの少女が窓の前に立っている。
「兵器所持の疑いのある人を街に出すわけにはいかないんです!貴方にはここで死んでもらいます!!」
そう言うと窓の前にいた少女はミロの背後から刃物を突き刺した。
ミロが背を刺された痛みで扉の方を向くと刃物を刺した少女が扉の前に立ち塞がっている。
ドスッ
再びミロの背中に激痛が走る。
扉の前に立っていた少女が自分の背中に再び刃物を突き刺したのだ。
ミロは何が起こっているか理解できなかった。
「あー……またワンピースに血が……」
少女はそう言いながらミロの血がついたお腹の当たりを気にしていた。
黄色いワンピースに血の滲む姿を見てミロは思い出した。
「お……お前……まさかあのサン・フラワーか!?」
「あの?あのってなんですか?」
「王国に飼われた最強の殺し屋……まさかこんなガキが……」
ミロはそのまま力尽きた。
「…………あのってなんだろ?どのサン・フラワーだろ?」
サンは理解していない。
自分が王国に飼い慣らされているということも。
自分がやっている殺し屋という仕事のことも。
ただ国からやって欲しいと言われたことをやる。
サンはそれだけで満足しているのだから。
サンは窓から降り注ぐ太陽が眩しくて、それに背を向けた。
【影に咲くヒマワリ】は太陽を嫌う。