視姦
井之上ひかりは虐待を受けている。
肩に髪がかかりそうなくらいのセミショートの髪をした彼女は、後ろ髪をきゅっと束ねた髪型をしていた。彼女のうなじから幾つか髪の毛が溢れ出して、
そして彼女の横顔を僕は眺める。長い前髪によって目元は隠されて見えない。しかし彼女の頬についた、ガーゼが目立って見える。
真新しい真っ白なガーゼには時間が経過して乾燥した、茶色い血が滲んでいた。
頬杖をついて悪態を吐くように、ため息をする彼女。
彼女は僕が彼女を必要に眺めていることに気がついたみたいで、頬杖をついたまま、僕に無理向いた。
「あんたなんなの」
ボサボサの前髪の間に見える、彼女の瞳は酷く歪んでくすんでいた。目元には酷いクマができていて、口元は殴られたあとなのか、紫色だ。
井之上ひかりさんは虐待を受けているらしい。だからあんなに怪我だらけなのだろうか。
だからあんなに情緒が不安定なのだろうか。
だから彼女はみんなから孤立しているのだろうか。
だから彼女は壊れてしまっているのだろうか。
壊れた彼女が、惨めに生きているところを見たい。
どんな風に生きていているのか。
彼女がどんなふうに苦しんでいるのか見たい。
彼女が苦しんで涙を流す姿を見たい。
彼女をぼくの、都合のいい人間にしたい
ぼくよりも惨めなところが見たい。
ぼくだけが彼女を苦しめたい。
そんな彼女に僕は、歪んだ感情も持ってしまった。
そうだ。僕は壊れた彼女に恋をした。
彼女はぼくをじっと見つめる。
そして軽蔑に満ちた目でぼくに言うのだ。
「気持ち悪い」