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黒と白9

 ——まず、爆音があった。


「来て……くれた……のか……」


 黒須は掠れ声で呟いた。

 とはいえ、彼は正確に何が起こったかを把握している訳でない。

 まず、轟音が鳴り響き、続いて視界が土埃で閉ざされたことしか認識していない。

 しかし、このレベルの現象を引き起こることができ、彼を助けに来る相手に心当たりがあったのだ。

 その時、足の痛みが引いていくのを黒須は感じた。


「う、お……」


 何とも言えない違和感に黒須が自らの右足を見ると、徐々に足首から先が形成されているところであった。

 レイジュエルのきちんと段階を踏んだ幻想術とは正反対の出鱈目な幻想術である。

 

「傷は治したけど、血はまだ戻せてないから安静にしててね」


 黒須の頭上から声が響く。

 透明感のある、しかし何処か暖かみを感じさせる声であった。

 

 トン、と。

 何か軽い物がゆっくりと着地したような音が聞こえ、同時に土埃が一気に晴れる。

 すると、高雄の姿は遥か遠くへと吹き飛んでおり、代わりに一人の少女が黒須に背を向けて立っていた。

 その身に纏っているのは、俗に和ゴスと呼ばれる和風ゴスロリ衣装。

 夜の海のような暗い黒の一色しか用いていないため、一見するとシンプルな作りに見える。しかしその実、細部まで意匠を凝らしたものとなっていた。

 彼女の足元は、何か巨大な物が激突したように歩道のアスファルトが陥没している。


詩由莉(しゆり)……」


 呼びかけ応じて、少女が振り向く。

 彼女の姿は、まるで至高の芸術家が命を燃やして作り上げた究極の芸術品のようであった。

 肩甲骨あたりまで伸ばした亜麻色のストレートヘアも。

 星々を(たた)える夜空のように煌く大きな目も。

 神は細部に宿ると言わんばかりに極限のバランスに整った指先も。

 目に見える一つ一つの部位は極限の完成度を誇っているにも関わらず、一切特別なものではない。その事が余計に、彼女の容姿に作り物めいた印象を抱かせた。


 降綱(ふるつな) 詩由莉。

 彼女こそが特二が誇る最強の存在にして、特例で唯一ケースAAを与えられた帰還者——そして、黒須の相棒であった。


 ——花が咲くように。

 そっと彼女の顔に笑みがこぼれた。


「待ってて、柊一郎くん。すぐに終わるから」


 少女——詩由莉は軽く前に跳ぶような動作をする。

 しかし、それが見た目通りの力で行われた訳ではないことは、彼女の体が爆発的な速度で高雄へ向かって飛んでいったことから明らかである。

 フワリと膨らんだ衣装の腕部と、ロングスカートが強くはためく音を響かせながら、彼女は夜の闇を切り裂いていった。


「くそ……何だ……?」


 何が起きたか理解できていないのだろう。

 頭を左右に振りながら、高雄は起き上がろうとしていた。

 その眼前には、既に詩由莉が迫っている。


「お前は()()——ぐはっ!?」


 高雄は誰何(すいか)の声を上げるが、詩由莉はそれを無視して何かしらの攻撃を加えた。

 ——加えたようであるが、黒須の目には何も映らなかった。

 上からなのか、横からなのか、下からなのか。

 方向さえ分からなけば、種類も分からない。

 それは黒須だけではなく、高雄にとってもそうである。


「そういうのは良いの。貴方は聞かれたことに答えてくれれば」


 黒須に向けた物とは正反対の冷たい声。

 その視線には何の感情も篭っておらず、ただただ路傍の石を見るようであった。


「くそくそくそっ、何なんだ!何なんだお前!」


 怒り——ではなく、根源的な恐怖により高雄は錯乱していく。

 無理もない。

 黒須には見えないものが、彼には見えるのだから。

 それは、詩由莉が行使している幻想術。

 彼女は瞳の中で幻想術を行使していた。

 

 ——その真紅が。

 ——あまりにも不吉で狂気的な輝きが。

 

 並外れて明る過ぎるのである。

 まるで暗闇に二つ、真紅の鬼火が浮かんでいるように高雄からは見える程に。


「ふぅん。誰かに唆されて、ね。それにしてもクラスメイトの笹島くんだったんだ。ちょっとどんな人かは覚えてなかったけど、それはお互い様の筈だから許してね」


 詩由莉が発動していた幻想術は過去視。

 別に彼女が特別な機能を持った目を持っている訳ではなく、きちんと幻想力を以って幻想心臓(イマージナル・ハート)で構築したものである。

 その幻想術によって、彼女は黒須を中心とした空間の過去を見ていたのである。


 みしり、と。

 何かが軋むような——そう、世界が何かに耐えきれずに軋むような音を黒須は聞いた。


「まず、い……」


 呻くように言葉を吐き出すと、黒須は血液不足でフラつく体を無理矢理持ち上げ、何とか走り出す。


「他人の力で上手く生きているような、ね……ふふ、ふふふ、ふふふふふふ」


 ユラユラ、と。

 詩由莉の体が左右にゆっくりと揺れる。

 何かに耐えるように。

 ——否、何かに耐えきれないというように。

 先程までのものに比べて一段階冷え切った声音の笑い声が夜の街に響いていく。作り物めいた彼女の容姿と合わせて、まるで精巧な人形が壊れてしまったようであった。


「何笑ってやがる!」


 身体の芯から凍えさせるような恐怖を感じていた高雄であったが、それと向き合うことを拒否するように幻想術を使用しようとする。


「赤光よ——ぐああああああああ!」


 しかし、それを詩由莉は許さなかった。

 相変わらず不可視の速度で放たれる攻撃が、突き出した高雄の右腕ごと彼の術式を引き裂き——攻撃を放ったソレがその場に残ったために、(ようや)く高雄は自身を嬲っていた物の正体を知った。

 

 ソレは、あまりにも巨大な黒い触手であった。

 大の大人が四人手を繋いでギリギリ一周できるかどうかといった太さを誇るそれは、決して生物的ではない無機質な素材でできているように見える。

 しかし、一方でそれは生物的な滑らかさで動いていた。

 根元は見えず、詩由莉の横に開いた世界の裂け目とでも言うべき黒い穴に消えている。


 ——あるいは、ソレは一種の異形の神の一端であるようにも見えた。


「ああ、あああぁあ、ああああああああ……」


 痛みが原因か、それとも恐怖が原因か。

 既に高雄の口からは意味のある言葉は出ていなかった。

 彼はただ壊れたラジオのように、雑音を発し続ける。


「なんて人。先に自分から正気を手放すなんて……でも、ある意味良かったかな。これ以上はもう何も聞きたくなかったし」


 うぞぞぞぞぞ、と。

 詩由莉の周囲の空間に入った複数の(ひび)から、黒い触手が這い出してくる。

 その数、七本。

 最初から出ていた一本と合わせて計八本の巨大な触手が、あるいは彼女に射す御光のように広がっていた。


「これで——」

「もういい!」


 まさに今、高雄に向けて触手を殺到させようとした詩由莉の背に、人一人分の衝撃が走った。

 黒須である。

 息も絶え絶え走ってきた彼は、間一髪のところで間に合い、詩由莉を背後から抱きしめたのである。


「柊一郎くん……」

「もういいんだ、詩由莉。それをやったらお前が帰還した(かえってきた)意味がなくなる。お前はもうこの世界の住人に戻ったんだ。もう命を奪うようなことはしなくていい」

「うん、分かった。もうしない」


 詩由莉がこくりと頷くのを見て、黒須は彼女を抱きしめる力を緩めた。

 彼女の顔は朱に染まっているのだが、残念ながら黒須からは見えておらず、それを指摘する者はこの場にはいなかった。

 照れ隠しだろうか。

 彼女は全ての触手を裂け目に戻すと、何らかの幻想術を使用して高雄の意識を刈り取るのであった。

 そうして、自身を抱きしめる黒須の腕に触ると、僅かに力を込める。


「またこんなに無茶をして……やっぱり離れるんじゃなかった」


 そう呟くと、詩由莉は今度こそ本気で黒須を治療しようとして、ふと気づいた。


「人払いが解かれていない………」

「何?まさか他にも敵がいるのか?」

「ちょっと待ってね。今本気で調べてみるから」


 詩由莉の幻想心臓(イマージナル・ハート)で桁違いの量の幻想力が消費され、大規模な空間スキャニングを行う幻想術が行使される。効率や最適性を無視した、潤沢なリソースによるゴリ押しだった。

 しかし、その甲斐あってか、結果はすぐに出た。


「そこにいるんでしょう。出て来ないなら戦闘の意思があると見なします」


 詩由莉は車道を挟んで反対側の街路樹の影を睨みながら言い放った。


「いやはや、まさかこれほど簡単に見つかってしまうとは思いませんでした」


 すると、黒須には見覚えがあり過ぎる人物が出てきたのである。

やっとヒロインが出せました。

ゼンゼンコワクナイヨ?

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