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黒と白5

 ハンバーガー屋での一触即発の状況から数分後、黒須とエルデハイトの姿は再び車内にあった。


「良かったんですか?彼女、すごい怒ってましたよ?」


 おずおずとエルデハイトが黒須に尋ねると、黒須は頭をかきながら僅かに眉間の皺を濃くした。


「良かったかどうかで言えば、良くはないんだが仕方ない……ったく、埋め合わせにどんなことを要求されるんだか」


 端的にいうと、彼らは優先すべき職務が入ったために真凛との面談を中止したのだ。

 帰還者によっては嫌がる者もいる面談だが、真凛は正反対だったようである。

 彼女は「私よりあのオッサンを優先なの!?」や「ふっっざけんなー!」などと言いながら暴れたが(あくまで女子高生としての範囲内で暴れただけで、幻想術を行使した訳ではない)、最終的には後日に再面談することと埋め合わせをすることで手を打ったのだ。

 

 基本的に超特異拉致対策二課のメンバーが突発的な事態に直面した際の行動方針はただ一つ、少しでも帰還者が()()する可能性を減らす選択をすることである。

 したがって今回の場合、模範的な帰還者であり、黒須からの信頼が厚かったことが真凛の敗因だった。

 一方、今から黒須とエルデハイトが会いにいく帰還者も模範的ではあるが、真凛に比べると何かをやらかす可能性は高い人物といえた。

 黒須はその辺りの説明をエルデハイトにしつつ、資料を渡す。


「気を引き締めろ。悪い人ではないが——いや、悪い存在ではないが、真凛よりは癖が強いからな」

「は、はいっ」


 返事をしたエルデハイトの顔はやや強張っていた。

 ()もありなん。

 そもそも彼は、今日自身が会う帰還者は模範的で、交流しやすい人物であると聞いていた。所謂(いわゆる)チュートリアル、もしくは初心者コースといったところか。

 しかし、これから会う相手はそこに当初含まれていなかったのだ。

 当然、事務的な作業も黒須が初日に教えるつもりのものではなかったものが多く、結果としてエルデハイトに説明することなく黒須が手早く済ませてしまった。

 

「再面談のことと関係省庁への根回しは課長に頼んだし、マスコミ関係は俺から話を通したが……少なくとも一週間前には教えてくれって伝えてあるんだがな」

 

 手早く済ませはしたが、楽な作業でもなければ、そもそもイレギュラーな処理である。

 故に黒須は愚痴と言うより、完全に文句を口にする。

 相手は後部座席に座る()()初老の男性であった。

 彼は黒須の文句など何処吹く風と、涼しげな微笑みを浮かべていた。


(一週間という数字だって本来はギリギリなんだぞ。こいつに言っても無駄そうだからもう言わないが、ゴロフのオヤジにはしっかり苦情を入れてやる)


 決意を固めて、黒須はアクセルを踏み込む。

 やや法定速度オーバーである。

 それに気付いたのか隣のエルデハルトが心配そうな顔をしていた。腐っても国家公務員の黒須が道交法違反で捕まるのはそこそこの醜聞となるのだ(主に組織内の政治力学的に)。

 しかし黒須は一切気にしない。

 ()()()()()()()()からである。


 その辺も含めての根回しである。すなわち、現在黒須の運転する車は一種の治外法権となっているのだ。

 さらには後部座席の男が発動しているであろう幻想術で他の車が殆ど見当たらないため、交通事故も起こり得ない。不自然な交通量の変化に日本道路交通情報センターあたりの担当者は目を白黒させているかもしれないが、その報告も上司(うえ)へと上げられていく内にどこかで潰されるだろう。


(もっとも、俺には幻想術の発動なんて分からないから飽くまで推測だが、大きくは外れていないだろう。あそこの連中はゴロフのオヤジを待たせているなら、そのくらいは簡単にやる印象だ)


 しかし、何事も無料(タダ)という訳には行かない。別に黒須の財布が痛むわけではないが、頭の痛い問題であった(というか、今時の国家公務員が金品のやり取りなどで無茶を通そうものなら大騒ぎである)。

 今回の件で、おそらく特二や黒須個人が貸していた借りが目減りし、新たな借りが複数個できてしまった。

 各省庁には黒須の同期もいるため、気心の知れているあたりには個人的にも根回しをしておいたが、借りの返し方が多少マイルドになった程度だろう。


(さて……ゴロフのオヤジから何も引き出せなければ課長からの説教は確定。エルデハイトだけでなく、俺も気を引き締めていくか)







 黒須たちが呼び出されたのは練馬区の外れにある、都内では中規模程度の公園であった。やや散り出しているとはいえ桜もまだ咲いており、普段であれば花見客も多くいただろう。また、住宅街が近いため、親子連れなどの姿も見られるはずだ。

 しかし、今日に関しては人気(ひとけ)は一切ない。

 黒須たちが公園を進んでいくと、奥まった場所に陸上トラックに辿り着いた。そこは周囲を木々に囲まれており、都会にありながら一種の死角となっている。


「ここにそのゴロフ……さん?という()がいるんですか?」

「ん?——ああ、エルデハイト、時間がなくて基本情報を読み飛ばしたな」


 基本情報、すなわち名前や年齢、性別などのプロフィールの中でも最初に来る部分である。

 確かに帰還者に関してはその部分よりも目を引く情報が山ほどある。例えば、本人の使える幻想術や過去に起こした問題などが、その最たる例である。

 

「ケースは見たか?」

「ええ、ケースA-1ですよね?」


 ケース区分AからEのアルファベット。その後ろにつく数字にも勿論意味がある。

 その中で-1とは、一度この世界で死んだ者が、その精神情報のみを異世界に拉致されたケース——つまりは俗に言う異世界転生を指しているのだ。

 時間がなかったとはいえ、流石にエルデハイトもケース区分は確認した。その上で、Aという区分はともかく-1という数字にはそこまで重視していなかったのだ。

 なぜなら、ケースAに比べれば、異世界転生などありふれた話だからである。


「ま、会えばわかるだろ。ほら、来たぞ」


 そういって黒須が顎をしゃくる。

 エルデハイトがそちらを見ると、トラックの中央にある芝生部分に、20から30人ほどの一団がいた。

 しかし、厳密には黒須が指し示した対象をエルデハイトは見逃していたのだ。

 ——そして、既にソレは直ぐ近くまで迫っていた。


 「いやー、すまねえなボウズ!ウチのヤツらがどうしても花見をしたいって言うもんだからよ!」


 低く、良く響く声。

 それを発したのは、滑空してきて黒須たちの前に降り立った子犬のようなサイズの者だった。


「なっ——!?」

「ド○キーか?」

「それです!」


 言葉を詰まらせるエルデハイトに黒須が助け舟を出すと、彼は首を縦にぶんぶんと振った。

 ドラ○ー。

 彼らの前に降り立った人物?は、まさにデフォルメ化された二足歩行のコウモリ——ドラ○ーに限りなく似た何かであった。全体的にぬいぐるみのようで愛らしさが溢れているのだが、右目の上についた削れたような傷跡だけがやや浮いている。

 それが心地良いバリトンボイスで話しかけてくるのは、エルデハイトには何かの冗談のようにしか思えなかった。


「勘弁してくれゴロフのオヤジ。この埋め合わせはしっかりして貰うぜ」

「おお、怖え怖え。お手柔らかに頼むぜ。んで、そっちの目を白黒させてる(あん)ちゃんは?」

「こいつはウチの新人だ。今日が勤務初日でまだまだヒヨッコだが宜しく頼む」

「初日——っつう事は、ここまでがっつり異種族の異世界転生者を見るのは初めてか?」


 異世界転移と異なり、異世界転生の場合はこの世界にいた時と同じ身体とはならない。その方法は千差万別であるが、とにかく転生先の異世界に存在する種族へとなるのだ。

 とはいえ、多くの場合、生物学的な定義はともかくその世界における人間——に類する種族になる。

 また、たとえ人間にならなくとも、エルフや獣人、ヴァンパイアといったファンタジーで良く見る人型の種族になることが多い。

 これには魂の形が関係している説や本人の認識が作用している説が提唱されているが、研究は遅々として進んでおらず、どの説も仮説の域を出ていなかった。

 閑話休題。

 何事にも例外はつきもので、まるで人以外の種族——それこそ、世界によっては魔物などと呼ばれている敵性個体に転生するケースも存在するのだ。

 故に、帰還者に何処からどう見ても魔物の姿の者がいることもおかしくはない。

 ……おかしくはないのだが、仮にも東京で魔物から話しかけられることにエルデハイトは違和感が拭えなかった。


「ほらっ、置いていくぞ」


 呼びかけにエルデハイトが我に返ると、彼が惚けている内に黒須はデフォルメコウモリと連れ立って歩き出していた。

 彼は首を振って気を取り直すと、黒須たちの後を小走りで追いかけた。

 



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