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黒と白4

 エルデハイトが振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。


 少女の服装は仮にも垢抜けたものとはいえない代物——端的に言えば、どこかの高校の体育着であった。

 上下共に薄緑色のジャージで、胸には学校の校章と思しきものが入っている。

 しかも、ソフトボール用のバットケースまで背負っていた。

 別に公共のマナーに反した服装などではないため問題がある訳ではないが、女子高生がお台場で行動する格好としては、なかなか珍しいものだろう。まして、彼女が部活等に入っておらず、バイト帰りであることも知っているエルデハイトとしては尚更である。

 しかし、服装はともかく、その容姿は人目を引くものであった。もちろん、良い意味で。

 彼女は、肩口まである黒髪と、大きな目、すらりと長い手足を持った快活な印象の美少女であった。

 そんな彼女は片手を立てて、謝罪のポーズをした。


「いやー、ごめんごめん。途中で寄り道しちゃってさ」

「どうせ、いつものだろう?それよりも俺たちも仕事で——」

「あっ、柊一郎さん、このバーガー貰って良い?めっちゃお腹すいたんだよねー」


 黒須としては遅刻したことより、そもそも突然予定を変更したことこそ責めたかったのだが、真凛が笑顔でハンバーガーを食べ始めたことにより、気勢をそがれてしまった。

 なお、このハンバーガーは元々黒須のものであり、当然そこも彼は怒る権利があるのだが、もはや完全に諦めてしまっている。

 そんな黒須と、困惑するエルデハイトの内心を知ってか知らずか、真凛はハンバーガーを食べ進めていた。

 ちなみに、このハンバーガーは成人男性でも食べづらいような具がこれでもかと入ったものなのだが、彼女は特に恥じらう様子もなく齧り付いていた。

 そして、実に幸福そうな笑顔を浮かべる。


「うんまー!——ってか、幽霊・妖精タイプみたいな美少年は誰?」

「自由人かお前は……」

「いやいや、最初から疑問だったんだけどね。私もこう見えて乙女だからお腹の虫が鳴かないように、先に空腹の方をどうにかしないと。で、アイツがいなくて、その人がいるってことは——もしかして遂に 相棒(バディー)解散!?」


 あえて漫画的な表現を使うならば、身を乗り出した真凛の瞳の中で複数の星が輝いていた。

 ——何なら何個か溢れ出してしまっている。

 これは彼女と黒須の相棒が犬猿の仲である事が原因なのだが、諸事情から黒須はその件にノータッチである。

 ともかく、黒須は盛り上がりすぎない内に彼女の勘違いを解いておくことにした。


「アイツは今出張中だ。で、こいつは研修中の新人」

「エデルハイト・リーフベルトです。よろしくお願いします」


 結樹の時とは異なる意味で、やや硬い表情で挨拶するエルデハイト。

 真凛はその様子をじっと眺めると、何やら「うーん」と首を捻った。


「どうかしましたか?」

「貴方、本物の外国人?それとも名前持ちってやつ?」

「一応、後者ですが……」

「ふーん」


 何やら気になる事があるのか、真凛はエルデハイトを見つめ続ける。

 一方、視線を向けられ続けているエルデハイトは堪ったものではなく、冷や汗をかきながら助けを求めるように黒須のことを見てきた。

 確かにいくら何でも不躾であると黒須が声を掛けようとした、その時である。


「——アンタ、誰?」


 突然、真凛がエルデハイトから視線を外し、すっと立ち上がった。

 やや鋭くなったその目が見据えるのは、黒須のやや後方。

 彼女はいつの間にかバットケースに手を添えていた。

 ——あまりにも自然かつ洗練された仕草だったために、黒須は気づけなかったのである。


「黒須様、我が主人(あるじ)がお越しいただきたいとのことです」


 威圧感は感じないものの、静かで力強い声だった。

 と同時に、黒須には聞き覚えのある声だった。

 そのため、黒須は一瞬強張らせた身体を弛緩させる。

 一方、真凛とエルデハイトは未だ身構えていた。


(ケースCと言っていたし、ウチに配属されたってことで戦闘方面は苦手なのかと思ったが、エルデハルトもやっぱり帰還者だな)


 ケースC——俗に非主体(Complement)級と呼ばれる帰還者は、自身の力で帰ってきたわけではなく、偶発的、もしくは誰かに随従する形で帰還した者たちだ。すなわち、異世界で偉業を成し遂げる事なく帰還した者たちである。

 ケースAやBに比べると彼らの力——直接的に何かを破壊するような戦闘力ではなく、世界に異常を及ぼす影響力という意味での——は劣っている。


(それでも平和な国でぬくぬく育った俺に比べれば、天と地の差があるな)


 黒須が今まで()()()()と育ったかどうかは異論の余地があると、彼の相棒は言うかもしれないが、残念ながらここに彼女はいなかった。

 代わりにいるのは真凛とエルデハイトである。


「二人とも大丈夫だ。この人は——」

「という訳で失礼します」

「——は?」


 するりと虚を突くような動作で、黒須の後ろに立っていた初老の男性——燕尾服とクロスタイが妙なコスプレ感を出している——は黒須の肩に手を置いた。

 刹那、黒須は身体が芯からどこかへ引き込まれるような感覚を一瞬感じ——そして、腕を掴んで引っ張られたように、引き戻された。

 結果、思わずつんのめる黒須。


「いや、失礼されたら困るから」


 眼光鋭く。

 真凛が男性を睨んでいた。

 この台詞によってようやく、男性が何らかの手段で黒須を連れ出そうとし、真凛がそれを妨害したことを黒須は悟る。

 ——しかし、それだけだ。

 幻想術を扱う術、すなわち、超常の力を人間にもたらす臓器である幻想心臓(イマージナル・ハート)を持っていない黒須には現状の半分も把握できていない。


 一方、帰還者であるために幻想心臓(イマージナル・ハート)を持っているエルデハイトは、より多くのことを把握していた。


(どちらも人間業とは思えません……目の前の男性、術式が見え辛すぎます)


 帰還者はイメージした事象を幻想心臓(イマージナル・ハート)で世界を書き換える術式に変換する。そして、エネルギーとして幻想心臓(イマージナル・ハート)に蓄えた世界に溢れる幻想力を以って、構築した術式を発動するのだ。

 構築される術式は世界にとっては異物であり、世界からの拒否反応の結果として幻想心臓(イマージナル・ハート)を持つ者なら目視が可能である。

 しかし、男のそれは限りなく見え辛かった。

 すなわち、構築された術式が世界に限りなく馴染んでいるということ。


(もちろん幻想心臓(イマージナル・ハート)の特性や本人の研鑽の成果の可能性もありますが、どちらかというと()()()()自体が異質のような印象を受けます。まるで、世界自体が術式に見えているような……)


 故に人間業ではない。

 ——しかし、エルデハイトが真に驚愕したのは其方ではない。

 

(彼女の術式はむしろ逆。あんなに見えやすい術式は初めて見ました——しかし、まるで理解ができないとは……)


 同じ事象を引き起こす術式にも個人差がある。

 細かなところは幻想心臓(イマージナル・ハート)の特性や本人の癖等に左右され、大枠の文法は召喚された異世界に由来する。

 例えるならば、プログラミング。

 同じ動作をするプログラムでも、書き方にはプログラマーの個性があり、そもそもの使用言語によっても明確に異なるだろう。

 しかし、C言語を知っていればJava言語で書かれた内容が大なり小なり推測できるように、一つのプログラム言語を理解していれば、他の設計思想を持つ言語のプログラムも何らかの予想はできる筈なのだ。

 

 ——にも関わらず、エルデハイトには真凛がどのような術式を使ったのか、皆目検討もつかなかったのである。


「これはこれは……外なる者(アウター・ワン)と互角に殺し(やり)あったケースEがいるとは聞きましたが、想像以上ですね」

「うっさい。早くそいつから手を離しなさい」


 一触即発。

 形式上は笑顔を作りながらも、一切笑っているようなには感じない初老の男性と、怒気を隠しもせずに睨みつける真凛。

 幻想力が見えないはずの黒須にも、両者の中で渦巻くそれが見えるような気にさせる程の濃密な闘気のぶつかり合いであった。

 ——そして、最初に動いたのは男性でも真凛でもなく黒須だった。

 

「良い加減にしてくれ。お前、ゴロフのオヤジのところのやつだろ?」


 男性を見上げながら、尋ねる黒須。

 その視線には多大な非難の色が込められていた。

 それもそのはず。

 この男性はわざと真凛を挑発して愉しんでいる——それを黒須は確信しているのだから。


「いかにも私の主人はゴロフ様です」

「——はぁ!?」


 いけしゃあしゃあと言いながら、男性は頭を下げる。

 一方、真凛は素っ頓狂な声を上げた。そして、構えをといてどさっと椅子に座る。

 彼女は自分が揶揄(からか)われたことに気づいたのだ。


「それで、オヤジが呼んでいるってことはいつものやつか?」

「はい。いつもの用件とお伝えすれば通じるとのことです」

「はあ……」


 溜め息を吐きながら、黒須は何処かへと電話を始める。それと同時に、器用に片手でPCを鞄から取り出すと、これまた器用に片手でカタカタと何やら書き始めた。

 これにはエルデハイトも何が何やらといった様子で、とりあえず真凛を見てみた。

 しかし、彼女も事態についていけてないのだろう。

 彼女は肩を竦めると、ハンバーガーを食べるのを再開した。

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