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その幻想術10

「宝珠戸!」

「空斗——!」


 ——それは一瞬のことだった。

 気づいた時にはカトラが拳銃で空斗を撃ち抜き、彼の身体が崩れ落ちていた。

 それは離れていた黒須だけでなく、空斗の隣にいたアズライトですらそうだったのだ。


(くそっ、俺たちに気づいて注意が外れた一瞬で撃ちやがった)


 黒須は全速力で空斗の元に駆け寄ると、崩れ落ちた空斗をアズライトと共に支えた。

 そして、三人を守るように詩由莉がカトラとの間に立ち塞がる。


(……まさか、拳銃とは)


 神秘部超特異拉致対策課に所属している人員は、何課であるかを問わず拳銃を携帯することを許されている。遭遇するシチュエーションの危険性や民間への説明責任の低さ等から、その発砲までのハードルは警察官よりも遥かに低いのだが、実際に携帯している者は数少ないのが現状であった。

 理由は簡単。

 拳銃など、自身の幻想術に比べればオモチャに過ぎない——そういう風潮が根強いからである。


「まあ、正しいっちゃ正しいがね。何らかの術式を使用していたり、何なら種族的な特性でさえ銃弾は弾けるからなとはいえ——っと、降綱。お前ここがどこか()()()()()()してから幻想術を使えよ?」


 右手に未だ拳銃を構えながら、左手でカトラは詩由莉を制する。

 国内最強の帰還者を前にしても、その表情はいつも通りどこか気怠げなもの。

 その()()こそが不気味であった。


(くそ、動揺している場合じゃない。カトラの狙いを考えろ!場所を強調し、しかもわざとこちらに伝えようとする意図は——そうか!)


 黒須はカトラの狙いにたどり着いてほぞを噛んだ。

 一方、不機嫌さを隠しもしない詩由莉は完全に臨戦体制であった。


「人払いならすでにしたわ」

「それすら危ういって話さ」

「——詩由莉、人払いは最小限に。幻想術も派手なのは控えてくれ」


 空斗の傷口をハンカチで塞ぐようにアズライトに指示しながら、黒須が静かに言う。

 ここがどういう場所か理解している黒須としては詩由莉を自由に戦わせるわけにはいかなかったのである。


「さっすが優等生だな。お前がいるから(おれ)は行動に移せたよ」

「どういうこと?」

「現世に疎いケースAA様にも分かるように言うとな、この辺りは大使館が多いんよ。で、宗教的ハードルが低いせいで超特異拉致の件数は日本が断トツだが、他国だってゼロってわけじゃない——()()()


 ちらりと。

 顔の向きは決して詩由莉から逸らさずに、目線だけでカトラは黒須を見遣る。

 その視線を感じつつも黒須は答えを返さない。

 否、返せない。

 ——例え、それがカトラの質問に実質答えることになってしまっても。


「はいはい、誓約(ギャサ)ね、誓約(ギャサ)。そんなわけで黒須くんの態度からも分かるように他国だって帰還者はいて、そして明らかに極大戦力を抱えている日本に大注目な訳だ。それこそ裏方調整役は涙ぐましい努力で日本の状況を隠しているんじゃないか?」


 カトラはほとんど予想で言っているようであったが、それが事実であることを黒須は知っている。むしろ、彼こそが日本におけるその手の対策の最前線といっても過言ではない。

 黒須が詩由莉に伝えていなかったのは、自身が黒須の負担になることを彼女が殊更に嫌がっているからである。詩由莉にはただでさえ多くの忍耐を強いているのに、さらに心理的な負担をかけたくなかったのだ。


 三課の特性上、この手の業務にカトラは関わっていない。とはいえ関わらせていないのではなく、単純に三課は三課で慢性的な人手不足のため、課長のカトラに業務が振れなかっただけである。

 そのため、神秘部が対外的に国内の帰還者数や個人個人の情報の詳細を隠蔽していることは、調べればすぐに判明しただろう。


(しかし、まさかそれを利用されるとは……)

「と言うわけで、降綱には区別つかないだろうーが、この辺は大使館だらけだ。つまり、覗き見はもちろん、お前が派手な幻想術をぶっ放したら他国の領土に着弾なんて可能性もあるわけよ。ゴリ押しの記憶操作なんて他国(たこく)の外交官には使えねーよな?」

「それでも、あなたくらいなら——」

「おーと、すまんね。まだ俺のターンなんだわ!」


 動き出そうとした詩由莉に先駆け、カトラが動く。

 彼は右手に持った拳銃を投げつけたのだ——黒須に向けて。

 

 「なっ!?」


 自身に向けての攻撃だったら苦もなく対処できたであろう詩由莉が、一瞬遅れながらも空間に開けた穴から伸ばした触手で拳銃を叩き落とす。

 しかし、動揺しても先ほどの話を覚えていたのか、触手の現界は一瞬であった。


「そうそう。その物騒なものは小まめに仕舞いなよ——ま、俺は同じゲームには参加しないけどな!」


 詩由莉が意識を逸らしている内に、カトラが新たな幻想術を発動させる。

 すると、黒須たちから一番近い高層マンションの上にこれ見よがしに白く光る魔法陣が展開し、光が最上階から地上までを一瞬でスキャンしたように見えた。

 スキャンが終了しても依然として魔法陣は消えておらず、カトラの幻想術が未だ終了していないことが分かる——加えて、彼が幻想術を隠す気がない事も。


「悪いな!管理者レベルの化け物を相手するのに(おれ)が無事に生き残れるなんて(はな)から思ってないんだわ!——いやぁ、失うものがないって怖いな。何でもできるわ」

「何?マンションに住んでいる人を人質にでもしたつもり?」

「いやいや。こう見えて(おれ)だって効率主義だがらね。効果の薄いことはしないさ。しっかし人質というのは正解」


 高層マンションと自身の位置関係。

 それとカトルの発言を踏まえれば、彼の狙いが黒須には理解できた。


「……俺たちか」

「そこで「俺」って言わないあたり、マジでギャルゲ主人公だな」

「カトラ!」

「そう怒んなって黒須。大丈夫。例え俺がマンションでジェンガを始めても、ケースAAがいれば何とかなるって」


 ニヤリとカトラが笑うと同時、詩由莉の表情が真剣さを増し、その横顔に汗が伝った。

 黒須には把握できないが、二人の間で何らかの幻想術の応酬が行われているのだろうことくらいは黒須にも想像がついた。


「お前にも分かるように言うとな、俺はさっきの術式でマンション内の基本構造に適当に力を加えようとしている。それをこのおっかない姫様は片っ端から対抗する術式で弾いているわけだ。ランダムに押しまくってるというのに後追いで全て防がれるとか流石に引くわ——とはいえ、事前準備ありの(おれ)と違ってアドリブは辛いわな」

「こんのっ!」

「あらあら口調が乱れてございましてよ。ってか、そっちに余裕がなくても(おれ)は仕掛けるからな!」


 徹頭徹尾、拳銃を発砲した位置から動いていなかったカトラが初めて動く。

 それは詩由莉や空斗のような人間離れした速さではなかったが、それでも常人では考えられないようなスピードであった。

 ——加えて、ここまで来ても狙いは詩由莉ではない。


「自分より強い奴に攻撃を当てたきゃ、当然相手から当たってもらうのが早いわな!」


 カトラの周囲に三つの光弾が浮かび、それが()()()()射出される。

 最初の位置からカトラが横に動いたため、直線的に飛ぶそれらの光弾の斜線上に詩由莉は既にいない。しかし、彼女は無理矢理に身体をねじ込むことで、カトラの幻想術をその身に受けた。


「私にこの程度の——」

「ははっ、デバフの大盤振舞いだ!」


 詩由莉に光弾が着弾したことによるダメージは皆無であった。しかし、代わりに着弾すると同時、三つの着弾箇所に新たな魔法陣が展開される。色は赤。それは一度軽く光ると鎖を排出し、それぞれの魔法陣から出現した鎖が詩由莉を縛り上げた。


「鎖自体の効果はただの束縛と軽い幻想術使用の妨害。でも、破壊されると同時に爆発が起こるようになっている」

「そういうこった!元々それは対大型魔獣用の術式でな。爆発は物理現象の域を出ないが、何せ派手だぞ!」

「くっ……」


 詩由莉にまともな拘束が通用するとはカトラも思っていないのだろう。ゆえに破壊可能なことは前提で、目立ってはいけないという心理的な拘束こそがカトラの本命なのだ。

 ——異世界で最強の存在として振る舞っていた詩由莉には突破できても、この世界で黒須の相棒を務める詩由莉だからこそ、この術式は簡単には破れない。


「その間に——っと」


 一方、カトラは移動速度を緩めず、止めてあった運送業者のトラックに突っ込んだ。人間とトラックの衝突音とは思えない音が響く。そして、信じられないことにトラックの耐久力の方が敗北し、彼女は大穴を開けながらトラックの荷台へと消えた。


(そもそも物理、幻想術を問わず、アイツの防御力は群を抜いている。だから、考えるべきは何故わざわざあんな場所へ侵入したか、だ——いや、まさかこれも準備していたのか!?)


 黒須の嫌な予感は的中する。

 荷台から出てきたカトラは、その小さな身体にはまるで似合わない物を持っていた。

 ソレに比べたら先程の拳銃などオモチャである凶悪なフォルム。

 分かりたくはないものの、何が役に立つか分からないからと知識の収集が半ば趣味の領域になっている黒須には、それが何か分かってしまった。


 —— M61A2バルカン。


 紛うことなき、戦闘機搭載用の重機関銃である。

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