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その幻想術9

 結局のところ、一人で行動させてもカトラに何かが起こることはなかった。

 それは他のメンバーや部署についても同様で、空斗が単独行動を取ることや特二、特三を長時間空にするといったことも試したのだが特段相手のアクションはなかったのである。あまりの手詰まり具合に一番可能性が低そうな詩由莉を一人にするということも念の為行ったのだが、案の定それも徒労に終わった。

 そんなわけで、最後にお鉢が回ってきたのが黒須であった。

 最後になった理由は単純。詩由莉と同程度に可能性が低かったからである。


——何でだ?むしろ超特異拉致対策課の中でも重要人物の一人なんじゃないのか?


 とは空斗の弁であるが、それは視点がズレているだろうというのが黒須とカトラの見解だ。


(幻想術の使用者が俺を狙うメリットはかなり低い。何せ戦力としては元々ほぼゼロな上、俺を排除したら詩由莉がどう暴れるか見当もつかない。強いて言うなら特二の運営には支障が出るかもしれないが、ウチのメインは帰還者の迎えとケアだ。わざわざ妨害しても旨味は薄いだろう)


 そんなことを考えながら、黒須は自宅の近くのカフェで読書をしていた。

 自身が単独で行動していることをアピールするために、職場や家にいるわけにはいかない。それゆえ彼は外出したのだが、当然ながら外で事務仕事をするわけにもいかず、適当に購入した小説を広げているのであった。

 もっとも、本を読むポーズはしつつも黒須の目は文章を一切追っておらず、頭の中でひたすらに今回の事件のことを考えているあたり、彼のワーカホリック度合いを示しているのかもしれない。


(俺個人を邪魔したい奴なんて五万といるだろうがそれは主に他省庁の官僚連中だ。なら、妨害は常識の範疇のルートで来るはずで、むしろそれだったら分かりやすいくらいだ——ウザいことには変わりないが)

「お待たせいたしました」

「ああ、ありがとう」


 そこで注文していたコーヒーが届き、黒須は一旦思考を止めた。

 チェーンのカフェが提供する一般的なブラックコーヒー。彼がいつも飲んでいる缶コーヒーやインスタントコーヒーよりは美味しいかもしれないが、決して特筆すべき味をしているわけではない。にも関わらず、届いたそれを口にした黒須は目をわずかに見開いた。


「味覚や臭覚は記憶と結びつきやすいというが、ここまで懐かしさを感じるとは……我ながらもう少し印象的な思い出があってもいいだろうに」


 それは黒須の学生時代の記憶。

 未だ異世界転移についての手がかりもほとんど得られない中、微かな情報をつなぎ合わせ、それらを整理する時に彼が使っていたのが同系列のチェーン店だったのだ。


(今考えると恐ろしいくらいに情報の秘匿についての意識が低すぎるな。当時の情報なんてオカルト雑誌に毛が生えた程度だから問題はないが——いや、過去の自分の行動に駄目出ししても仕方ないな)


 それこそ目の前の小説ですら、出版されてしまえば編集できないのだ。人間の過去なんて変えられるはずもない。


(ん……?今何か引っかかるものが——電話か)


 益体もない考え事をしていた黒須が何かを掴みかけた時、彼のポケットが震えた。

 彼が仕事用の携帯を取り出してみると、その画面にはカトラの名が表示されている。

 

「何か分かったのか?」

「一応?まあ、解答編までは辿りついてないが、出題編は終了ってとこだな。とりま、合流よろ」

「了解」


 通話を終えた黒須は事態が動き出したえも言われぬ予感を感じながら、店を後にした。







 一方その頃、空斗とアズライトはカトラの通常業務に付き合い、三課お抱えの出版社であるスリー文庫の関係者として作家たちに聞き取りを行なっていた。

 とはいえ、それは形だけ。大事なことは彼らが黒須から離れている——すなわち、黒須を秘密裏に警護していない——ということのアピールである。したがって、聞き取りも作家たちの邪魔をしない程度に、二、三言葉を交わして終了している。

 こうなると移動時間の方が長いくらいの業務なのだが、今回の件で何度も会っているため、移動時間には気楽に雑談できる程度の仲に三人もなっていた。相変わらずの徒歩移動ではあるが、途中にカフェで軽食をとったり、気分転換がてら公園を通ってみたりと、軽めの業務を満喫しているといえるだろう。


「ふと気になったんだが、もし異世界での能力のままだったらカトラさんと降綱さんはどっちが強いんだ?」


 それは黒須にカトラが電話をした後、カフェで時間を潰している際の何気ない質問——雑談の一つであった。

 空斗がそれを今わざわざ振ったのも、詩由莉が現在別行動だったから程度の理由でしかない。


「突然強さを気にするなんてどうしたよ?特一の連中にでも感化されたってか?」

「いや、そういう訳じゃないが——強いて言うならば、俺たちは異世界ではそこそこ実力には自信があったんだ。もちろん最強とまでは思っていなかったが、アズと俺ならどんな困難も打ち砕けると思ってた。それはこっちに帰ってからもで、たまに訓練で特一の連中とも戦うけど、最悪の相性とかを除けば完敗なんてなかった。でも、降綱さんだけは底が知れない……」

「……」


 空斗の言葉に、隣でチーズケーキをパクついていたアズライトがコクコクと頷く。最初は軽口程度であった空斗の口調も後半は次第に真剣なものとなっていた。

 ——そのくらい、帰還した日の詩由莉との戦いは彼らに鮮烈な印象を残していたのだ。


「あー、降綱ショックか。超特異拉致対策課にいるケースBの大半が大なり小なり経験しているやつだな」

「そうなのか?」

「そりゃそうさ。ケースBなんていえば何らかの困難を打ち破って自力で異世界から帰ってきた連中だ。みんな最初はお前らと似たようなもんさ。むしろ、宝珠戸と違って長いこと異世界にいた奴も多いから、より染まっている奴もわんさかいる」

「そうか……体感では一年も十分長かったが、数年単位で過ごした奴も多いからな」


 何を考えているのか、空斗は手元のカップに継がれたコーヒーをじっと見つめていた。

 あるいはレバブ(いせかい)での生活を思い返しているのかもしれない。


「宝珠戸たちは割と柔軟に受け止められている方だが一応言っておくぞ、あれは別格だから気にするな。ってか、ケースAだのBだのと必要上はタイプ分けのように名称を決めたが、そもそもケースAからしてそれ以外とは別もんだよ」

「別……?」

(おれ)は職務上、二人のケースAとも会ったことがあるが、あれは思考回路からしてぶっ飛んでるね。異世界に行く前からそうだったのか、行ってああ成ったのかは知らんが、むしろ良く元の世界に戻ろうなんて思ったもんだ」

「——それ程なのか?」


 驚く空斗に、カトラはすっと自分の携帯を差し出し、「例え話をしよう」と言った。

 画面に映っていたのは有名なRPGのタイトルである。


「ケースBってのは分かりやすくこの勇者様だ。帰還のためには何らかのクリア条件を満たしたんだろう。とはいえ、ゲームとは違ってコンティニューはないし、都合の良い奇跡もない。その辛さは想像を絶する——お前らには言うまでもないだろうけどな」


 ——ではケースAとは何なのか?

 簡単に言えば、彼らはゲーム内のキャラクターでありながら画面のこちら側のユーザーやゲームの製作者を倒した存在だ。

 そんなこと普通はできないし、そもそも考えもしない。

 手段の手掛かりなんて生やさしいものは存在しないし、それは世界のルールを書き換えるに等しい偉業だ。


 ——などと、カフェを出て黒須との待ち合わせ場所に向かいながらカトラは懇々(こんこん)と語った。

 既に外は夜の帳が下りており晩夏とはいえやや肌寒くなってきていた。しかし、空斗やアズライトがわずかに身を震わせたのは、決して外気のせいだけではないだろう。それほど真に迫った語りだったのである。


「これがケースA。はっきり言って御伽噺の怪物のような理不尽だわな。っで、そのケースAの二人すら別次元だと言い切るのがケースAA——すなわち降綱詩由莉だ。元の世界でアレと戦ったら勝てるかって?間違いなく負けるし、そもそも戦いになった時点で世界の危機か何かですかって感じだわ——っと、向こうも来たみたいだな」


 いつの間にかカトラの話に夢中になっていたのだろう。そう言われて初めて、既に合流場所に到着していたことに空斗は気づいた。やや遠くから黒須と、彼と先んじて合流したのであろう詩由莉が歩いてくるのが見える。

 合流場所は何の変哲もない路地の一画であった。たまたま今でこそ人通りはないが、決して誰も通らないという程ではない場所である。なぜこんな中途半端な場所を選んだのだろうと訝しむ空斗の耳に、小さなカトラの声が聞こえた。


「……あちらでは勝てないが、この世界でなら——(おれ)が勝つ」


 ——そして、パンという妙に軽い音と空斗の胸に走る衝撃。

 

「グッ!?」

「いくら強化して頑強になれるとはいえ、普段は多少運動神経のいい人間にすぎない——覚えておいた方がいいぜ?」


 薄れゆく意識のなか最後に空斗が見た光景は、未だ硝煙が薄く立ち上る拳銃を構えたカトラの姿だった。

 



 

 


明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

忙しくて更新が滞っているうちに年が変わってしまった……。

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