その幻想術7
結局、超特異拉致対策三課の文化的手段による知識の浸透——異世界ものライトノベルによる知識の普及政策の妨害を誰が、何のために行っているか、ということについて黒須たちは情報を得ることは出来なかった。それは詩由莉が赴いた超特異拉致対策一課を通しての情報収集でも同じであり、捜査は二日目にして暗礁に乗り上げたことになる。
——ま、私たちはそれぞれの業務内容のプロではあるが、こんな捜査やら情報収集やらは素人集団なんだから当然っちゃ当然だな。
とは、カトラの弁である。
しかし、妨害を仕掛けている者の狙いが何であるか分からない以上、気づいた時には既に何らかの事態が手遅れになっているなどということも起こり得るため、無視するわけにもいかない。
そこで黒須とカトラは話し合いの末、敵の狙いだけでも少しずつ絞っていくことにした。
具体的には、一つずつ狙われている可能性があるものを無防備することで囮とし、何か動きがないかを調べることにしたのだ。
(そう簡単にいくかは分からないけどな……)
黒須は軽く息を吐くと、腕時計に目をやる。時刻はもうすぐ13時になるところで、そろそろ待ち合わせ時間であった。
「ごめんごめん、待った?」
黒須が顔を上げると、ちょうど待ち合わせの相手である詩由莉が来たところであった。相変わらずの和ゴスであったが、つい先ほど彼がビデオ通話した時と服装が異なっていることから、どうやらわざわざ着替えたらしい。
「いや、大丈夫だ」
「もー、そこは『俺も今きたところだ』って言うところだよ?——私に嘘を吐かないところは好きだけどね」
「それは悪かった」
詩由莉は頬を膨らませる。もっとも、目は笑っていることから、本気で機嫌を損ねた訳ではないことが黒須にも伝わっていた。
ちなみに後半は聞き流した。詩由莉の愛は途方もなく重く、深い。黒須にはまだ、それに向き合うことはできていなかった。
「だけど、ラッキーだよね。カトラさんが一人でいることをアピールするために、人目につくところに居ないといけないなんて。これじゃあデートしろって言われているようなものじゃない」
「いや、俺たちや宝珠戸たちがカトラを護衛していないことが強調できればいいんだから、別に仕事をしていてもいいんだが」
「でも、特三の件に付き合うために結構な量の仕事を先に片付けたから、当面のところ急ぎの仕事はないよね?帰還者の定期面談も入ってないし」
「それはそうだが——まあ、いいか」
黒須としては曲がりなりにも公務員である自分が平日の昼間から仕事をしていないことに対する罪悪感や、囮として一人で出版社に顔を出して仕事をしているカトラ——もちろん、特一のメンバーが付近に待機している——に対する負い目があったのだが、殊の外詩由莉が笑顔のため、甘んじて彼女に付き合うことにした。
詩由莉はデートと言っているものの流石に都内を離れるわけにもいかず、今日の予定はショッピングと食事程度である。にも関わらず、とても楽しげな彼女の姿に、普段は我慢させてしまっていたことを黒須は気付いてしまったのである。
——なお、そもそも二人は付き合っているわけでもないので、黒須がそこまで反省する理由もない。にも関わらず、重く受け止めているあたり、出会ってから一年強の時間で徐々に彼も絆されてきているのかもしれなかった。
「じゃあ、行こっか!」
「お、おいっ、何で腕を組んで——」
「いいじゃない、だって今はプライベートってことになってるんでしょ?仕事の時は我慢してるけど、本当はいつもこうしたいんだよ?」
「いや、流石にスーツ姿の俺が高校生くらいの女子と腕を組んで歩くのは色々と問題があるだろ!」
黒須の文句などどこ吹く風。詩由莉は黒須の左腕にガバリと抱きつくようにして腕を組み、そのまま歩き始める。焦った黒須はわりと本気で振り解こうともがくものの、悲しいかな膂力の差は圧倒的。戯れ程度の力しか入れていない詩由莉相手でも、腕はびくともしなかった。
「——というか、私の歳を柊一郎くんは知ってるよね?私の方が年上だよ?」
「年上というなら、詩由莉は全人類の最年長だろうが」
「大丈夫、心は16歳だから!」
何が大丈夫なのか、心と身体は16歳、理論上の年齢は16+786 (自己申告) 歳の詩由莉は笑顔で言い切った。とはいえ、年齢周りの——というか詩由莉の異世界召喚周りの話は大抵鬼門であり、黒須はそれ以上踏み込めないのだ。
神秘部が誇るケースAAの最強の帰還者。通称、外なる者とまで言われる降綱 詩由莉は、その経歴の全てが自己申告である。しかし、彼女を抑止できる存在などいない以上、黒須の幼なじみであり、善意で黒須に協力しているという彼女の弁を神秘部は信じるしかないのだ。
(隠していることはあるようだが、経歴については疑っていない。というか、俺だけは疑うわけにはいかないしな)
詩由莉が望んでいるような関係にはなれていないが、それでも一年以上バディを組んでいる以上は黒須も詩由莉のことを信頼している。だからこそ、詩由莉に隠し事があることも勘付いており、彼女が自分から話すまでは聞き出す気がなかった。もっとも、仮に無理矢理聞き出そうと決意したところで、その方法はないわけなのだが。
「さて、最初はここね」
「ここは……詩由莉が来ている服を扱っている店か?」
「そう。和柄とかチャイナ柄の意匠を取り込んだ洋服の店。この辺りだと、ここが一番品揃えがいいんだよね。付き合ってもらっていい?」
「問題ない」
「やった!柊一郎くんに洋服のショッピングに付き合ってもらうのなんて久しぶり——うん?もしかして初めてなんじゃ……?」
「いや、詩由莉が戻ってすぐの頃、買い物に付き合ったと思うが」
「あれは何というか、仕事っぽかったでしょ。幼なじみの買い物に付き合うというより、偶々保護した人の生活環境を義務感で整えたつもりだったんじゃない?」
「それは……」
図星であった。
とはいえ、突如として幼なじみを名乗る美少女が現れ、しかも人知を超えた戦闘能力を持っていることを見せつけられた上で、親しみを持ってショッピングに付き合えというのも理不尽な話である。
そのことは流石の詩由莉にも自覚があるのか、彼女は特に黒須を責めることはなかった。その代わりに、彼女は店内の物色を始める。
「ふんふーん。まあね、私は理解のある女だから、柊一郎くんが仕事で忙しくて休みがほとんどなかったのも知っているし、買い物に付き合う時間も取れなかったのは分かっているよ。だからこそ、今日は嬉しいんだよね——これとこれ、どっちが好み?」
「好み、か……ファッションのことはよく分からないが、詩由莉なら双方ともよく似合うと思うぞ。強いていえば、自分が気に入っている方でいいんじゃないか?」
「うーん、じゃあこっち!」
などと。
詩由莉は上機嫌に物色を続け、時たま黒須に意見を聞いては、黒須が持ったカゴに服を入れていく。黒須としては意見を聞かれても女子のファッションなど分からないためコメントに苦労しているのだが、詩由莉は特に気にしていないようであった。むしろ、仕方ないなーという雰囲気を出しながら、それを楽しんでいる様相である。
ちなみに、普段だったら話しかけてくる店員たちは、本日は遠巻きに見守るだけで近づいては来ない。店に入った詩由莉がすぅーっと細めた目で店内を一撫でした結果、まるで結界でも張られたように、黒須と詩由莉だけの空間ができているのだ。その実、詩由莉は黒須以外の他人など歯牙にもかけていない。
「そういえば、何で私が和ゴスが好きかって話、柊一郎くんにしたっけ?」
「いや、聞いた覚えはないな」
言われてみれば、そもそも帰還した当初は、詩由莉が異世界の服装をしていたことを黒須は覚えている。今となっては、詩由莉=和ゴスとなってしまったせいで印象は薄いが、ドレスのようなものを着ていた詩由莉の姿を黒須は朧げながら思い浮かべることができた。
「別に深い意味はないんだけどね。私、向こうの世界で暮らしてた頃は柊一郎くんに見られるわけでもないから、服装は適当だったの。でも、立場とかを示すためにはいいものを着なきゃいけなくて、ドレスみたいな服が多かったわ」
強さは権力に繋がり、その尽きない寿命と相まって上等な服を着ることを要求される立場になったと、他人事のように詩由莉は語る。その表情には特に何の感慨も浮かんでおらず、まるで他人事のようだと黒須は思った。
——否、本当に他人事であることを黒須は知っている。最近でこそ減ってきたが、帰還当初の詩由莉は全ての物事に対して他人事のように語るきらいがあったのである。
「この世界、この国に帰ってきて、帰ったことをきちんと確認できるようなものを身に付けたかった。だけど、和服は流石に馴染まなくて。だから、来慣れたドレスの感覚に近い和ゴスを気に入っているの」
「そうだったのか。しかし、珍しいな。詩由莉があっちでのことを自分から話すなんて」
「柊一郎くんが知る必要性はないと思っていたから話さなかっただけど、別に避けてたわけじゃないの。ただ、思うところがあって、こういう話も柊一郎くんと共有したいなって……私は自分が向こうにいる間の柊一郎くんのことも完璧に識っているから、バランスも取れるしね」
普段は星々を浮かべた夜空のように輝いている瞳を怪しげに光らせ、詩由莉は黒須の顔を覗き込んだ。黒須の反応を窺っているようにも、自分の歩み寄りをアピールしているようにも感じられたが、黒須からすれば、直前の発言の方が心に引っかかる。
——知る必要はない。
なんて一方的で、それでいて絶望的な隔絶を含んだ言葉だろうか。
ふっとした拍子に出るこうした台詞に、目の前の少女が年相応どころか、普通の帰還者とすら異なる感性を持っていることを黒須は感じるのであった。
長くなったので、途中切り……
黒須くんは色々考えているけど、詩由莉はオカン獅子原の助言に従っただけ。




