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その幻想術6

 黒須が空斗の朝の鍛錬を見学していた頃、珍しく彼と別行動の詩由莉は超特異拉致対策一課のオフィスに来ていた。特一のオフィスは真新しい高層ビルの数フロアを貸し切りにしており、古びたビルの一画を使用している特二とは財力の差が明らかだった。

 そして、それは今、彼女がいるオフィスの内装を見ても明らかである。

 デスクや椅子といった什器(じゅうき)から、個人個人に支給されているPCまで、恐らく特二のものとはランクが二回りから三回りほど異なっている。加えて、彼女の目的地である特一の課長の部屋は、オフィスの奥に個室として用意されていた。


(うーん、個室だから良いってわけでもないけど、特二(ウチ)の課長のデスクなんて、半分くらい書類置きになってるからなぁ……)


 ちなみに、金銭に無頓着な詩由莉は気づいていないが、悲しいことに特二の課長である左庭のデスクは特一の一般職員のものより安物である。

 そんな悲しい事実には気づかないで特一のオフィスを突き進む詩由莉であったが、代わりに気づいていることもある。それは周囲の人間からの視線。明確な敵意を持ったものと、畏怖のものとの2種類が存在していた。


(全く……いつまでも異世界気分が抜けない人ばかりね。やっぱり、こんな連中のところに柊一郎くんを一人で何度も来させられないわ)

 

 今回、詩由莉が特一に赴いたのは彼女の希望であった。と言っても、別に特一に彼女が来たかったわけではない。ある程度事情を把握している詩由莉か黒須のどちらかが特一に——より正確には特一の課長である獅子原(ししはら)に会う必要があり、黒須を特一に行かせたくない詩由莉が、自ら進んで役割を買って出たのである。


「——チッ、お高く止まりやがって」

「——何が最強だ。本当に戦って強いかなんて、信用できたもんじゃないな」


 小声で、されど確実に詩由莉に聞こえるような陰口も、そこからしらで囁かれている。それは奇しくも一ヶ月程前の空斗の事件の際に黒須が特一に来た時と同じシチュエーションであり、悪意を向けられた本人が全く意に介していない事も含めて同じ構図であった。ただし、黒須は意識して受け流しているのに対して、詩由莉は文字通り眼中にないと言う差異は存在したが。


「お邪魔します」


 そうこうする内に特一の課長室へと到着した詩由莉は、特に気負うこともなく、軽いノックと共に入室する。


「おいおい、お嬢。俺の部屋にそんな気軽に入ってくるのはお嬢くらいだぜ」


 詩由莉を迎えるのは、重厚なデスクへと腰を下ろした呆れ顔の獅子原。しかし、余裕を装ってはいるものの、やや身体が強張ったのを詩由莉は見逃さなかった。


「まだ私が怖いの?」

「……お嬢に恐れを一切感じなくなったら、生物としては問題だろ。あまりに危機察知能力がなさすぎる」

「部下の何人かは感じてないようだったけど?」

「あー、そりゃあれだ。実力差がありすぎて認識できていないだけだから。というか、そのくらいお嬢も分かってるだろ。1ヶ月前の件の時に黒須に悪意を向けた奴がいることに怒ってるのは分かるが、そのくらいで勘弁してやってくれ」


 獅子原は立ち上がると、部屋の隅にある湯飲みで二人分のお茶を入れ出す。血生臭い業務ばかりの特一に秘書などという洒落たものは生憎存在せず、さりとて詩由莉がいるのに部下を呼び込む気にもなれず、仕方なくの行動であった。


「貴方も含めて、ここの課は異世界気分が抜けなすぎるわ。誰が強いとか、誰なら勝てるとか——そんなのばっかり。業務内容的に仕方ないかもしれないけど、私や柊一郎くんをそれに巻き込むのは辞めて」

(いやいやいや、それは無理だろ!?日常を過ごしてる空間に突然ラスボスが現れるようなもんなんだぞ!?)


 とはいえ、内心を馬鹿正直に詩由莉に言うわけにはいかない獅子原。

 加えて、黒須にちょっかいをかけるのは許さないという彼女の一番主張したい部分が分かっているからこそ、獅子原は言葉に詰まるのである。

 そして、自身が入れた茶を口にしながら悩んだ末に、獅子原は仕方なく切り札を切ることにした。


「悪かったよ。ただ、お嬢は歩く天災みたいなもんだ。隣で平然としてられるのは柊一郎くらいなもんだぜ」

「愛されてるなー、私!」


 切り札、すなわち、黒須柊一郎。

 これを投入しておけば、会話内容が飛躍することと引き換えに、一度詩由莉の機嫌をリセットすることができるのである。しかし、獅子原の経験上、この切り札は諸刃の剣。ここからの対応は綱渡りである。

 ——無意識のうちに、彼は再び湯飲みに口をつけた。


「愛って言うがな、最近あいつとの仲はどうなんだ?」

「柊一郎くんは奥手だから、なかなか手を出してくれないんだよね。そういう真面目なところも好きなんだけど、少しずつどうにかしないとね」

「どうにかって……」

「個人的には、そろそろ一緒に住んでもいいと思うんだよね。なるべく柊一郎君の家に通うようにはしているんだけど、やっぱり忙しいとすれ違いもあるし。あと、柊一郎くんはあまりベタベタするのは苦手みたいだから、最近少しスキンシップを抑えてたんだけど、それもそろそろ戻してもいいかも」


 自身の同期が、見た目が高校生で異世界帰りの自称幼馴染に迫られて悩んでいることを、二人で飲んだ時に聞いたため獅子原は知っている。さらに言うなら、見た目が高校生の時点で、良識を持った大人が特別な関係になることを踏みとどまるのは普通のことだとも獅子原は思う。

 しかし、そうした同期との記憶や社会常識を彼は捨てることにした。

 ——仕方ない。意思を持った災害が目の前で和ゴスの袖をぶんぶん振っているのだから。本人には照れ隠しのつもりでも、周囲の人間にとっては恐怖の状況である。


「あー、何というか、確かにあいつは真面目だし、まずは付き合うところから始めればいいんじゃないか?」

「えっ、私って柊一郎くんのことを何でも知ってるし、信頼されているし、もう付き合っているようなものじゃない?」

「確かに、(仕事のパートナーとしては) 信頼されているかもしれないが、向こうがお嬢のことを知らない部分が多いんじゃないか?」


 ——色々とツッコミどころはあったが獅子原は全てスルーすることにした。

 そして、ついでにチラリと時計を見る。彼の予定通りであれば、そろそろ救いの手が差し伸べられるはずだった。


「むむっ、私のことか……。確かに、学生時代のことは柊一郎くんの記憶から消えちゃったし、かと言って、あっちでのことは血生臭すぎるし——」

「——すまんお嬢、電話だ」


 獅子原のデスクに置かれた電話が鳴り、詩由莉に断りを入れると彼は受話器を取った。内心は助かったという気持ちで一杯なのだが、もちろんそれを(おくび)にも出さずにである。

 そうして短い通話の後、獅子原は真面目な表情で詩由莉に切り出す。


「部下にも探らせたし、外務省、防衛省あたりにも話を通したが、どこぞの国が特三の件に関わっている様子はないようだぜ、お嬢」


 すなわち、他国が特三のライトノベル施策を妨害しているということは無さそうということであった。

 超特異拉致対策一課は幻想術を使用可能な対国家、対テロを想定した部署である。ゆえに諸外国の動向は入りやすく、そうした確認のために詩由莉は獅子原を訪ねたのである。


「ありがとう、獅子原さん。でも、これでまた犯人が分からなくなってしまったわ……」

「——お嬢が本気を出しても、分からないのか?」


 あるいはそれは藪蛇だったかもしれない。

 もしくは、深淵を突いて名状しがたきナニカが出るとも。

 しかし、詩由莉の用件が終わった安堵からか、思わず獅子原は聞いてしまったのである。

 それに対して、詩由莉は——

 

「コツコツ一緒に事件を解決することで、二人の仲はより深まるのよ」


 ——と、その作り物めいた相貌に妖艶な笑みを浮かべるのであった。


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