その幻想術4
超特異拉致対策三課、課長。
それが目の前のカトラ・テルヴォロであり、彼 (?) がライトノベルという手段で異世界召喚された者が生き延びるための知識を広めている——そう知った空斗が最初に思ったのは、なんて装飾過多なキャラ付けなんだという身も蓋もない感想だった。
「おおっ、何やら生温い目で見られている⁉︎私の威厳が急落した気配——っと、それは置いておいて、そろそろ現場に行こうか」
「現場?」
「聞いてなかったの?スリー文庫で出版している作家さんの作業場だよ?」
空斗の疑問に答えたのは詩由莉。
空斗たちにスリー文庫の説明をしていたにも関わらず、当然のように黒須とカトラの会話を把握している詩由莉について、空斗は特に触れなかった。隣のアズライトと二人、ただ諦めた目になっただけである。
……二人としては、そもそも出会った日から彼女に対して常識外の存在であるという印象しか抱いていないともいう。
そして、そういった周囲の反応を見慣れている黒須は話を進めた。
「具体的な説明は道中するから、とりあえず出発するぞ」
そんなこんなで黒須たちはカトラの部屋を出た。
九月も下旬とはいえ、残暑が厳しい今日この頃。スーツを着込んでいる黒須や空斗はもちろん、表情の変化に乏しいアズライトすら顔をやや顰めた。詩由莉を除くと、余裕そうな表情をしているのはカトラだけである。とはいえ、彼女の服装は部屋着と変わらず、一人だけ近所のコンビニに行く一人暮らしの男子大学生のようなものなのだから、当然といえば当然である。
そんな彼が先導し、一行は住宅街を歩いていた。
——そう、まさかの徒歩移動であった。
「……これ、徒歩以外に移動手段はなかったのか?」
「あー、都会あるあるってやつだ。ぶっちゃけ、近場何軒かは徒歩で巡った方が早いんだわ」
事情を知らない空斗が思わず聞くと、あっけらかんとカトラは答える。
何軒か、のところで彼の隣を歩いていたアズライトが衝撃が受けていたが、それもカトラはスルーである。
「ってか、私はあっちにいた時は街から街への移動手段が徒歩ってことも結構あったから違和感ないんだけど、そっちは他の移動手段があった感じ?」
「俺たちはそもそも拠点の街からほとんど移動しなかったからな。逆塔——ダンジョンの中はもちろん徒歩だったが、それも移動じゃなく探索だったし」
「あー、そういや、そういうタイプの異世界だったって資料見たわ。——おっと、失礼。いやー、認識されていないと、こういう事故も起きかけるわな」
後ろを向きながらフラフラと歩いていたカトラは、前から来たサラリーマン風の男性を確認することもなく回避する。
彼が口にしたように、現在の彼は周囲から認識されづらいように、幻想術で存在感がぼかされている。これは詩由莉とアズライトも同様である。
詩由莉とアズライトはタイプこそ違えど、紛うことなき美少女であり、容姿や服装を含めると途轍もなく目立つ。そして、中身はともかく外見だけはカトラも同様である。そのため、無用なトラブルを避けるべく、詩由莉が幻想術を使っているのである。
「お前ら、もう着いたから雑談はその辺りにしろよ。詩由莉は認識阻害の対象を俺以外の全員に変更してくれ。さて、それで今回の件の再確認だが——」
目的地に着いたため、エレベーターに乗り込みながら黒須が口を開き、今回の事案の概要を確認のために話し出す。
そもそもの発端は、スリー文庫をはじめとした特三の息が掛かったライトノベルの売り上げが露骨に落ちていることにカトラが気づいたことである。
異世界転生・転移もののライトノベル全体の売り上げが落ちたらならば、単純にブームが落ち着いただけとも考えられた。しかし、特三が関わっていない出版社や作品に関しては、同じ傾向がなかったのである。
もう一つ重要なこととして、売り上げが落ちた原因があった。カトラが調べてみたところ、単純に売れていないというよりは様々な理由で出版数自体が低下し、その結果として売り上げが落ちていたのである。
これらの事から、カトラは本件を特三——宮内庁神秘部への攻撃と判断し、特二へと協力を仰いだのである。そして、文化的手段による知識の浸透は異世界からの帰還率に直結する重要案件であり、神秘部としても感化できないために特二のエースである黒須・詩由莉ペアの投入となったのだ。
(何らかの武力衝突の可能性もあるんだから、本来は特一を投入したいところだが、あそこは一般人から情報収集するには余りにも荒っぽいからな……この辺も今後は要検討か)
主に空斗やアズライトへの再説明を終えた黒須は、目的の部屋のインターフォンを押しながら、自分たちが対応していること自体の問題点を考えていた。いくら最大戦力の詩由莉がいて、元々カトラと仕事上の付き合いがあるとはいえ、特二のメイン業務はあくまで帰還者のケア。今回の件は明らかにそれを逸脱しているのだ。
「こんにちは。スリー文庫の方ですよね?」
「ええ、事前に連絡してあったように、今回は確認したい事があり伺いました」
「どうぞ上がってください」
部屋の中から出てきたライトノベル作家はごく普通の男性であった。
黒須は思考を打ち切り、外向けの態度で対応すると、彼に続いて部屋へと入った。
最初の男性の作業場を含めて五箇所を巡って続く六箇所目、柔らかい態度が印象的な若い男性作家の作業場に黒須たちは来ていた。
今、表立って事情を聞いているのは幻想術で年齢認識をやや誤魔化した空斗である。研修の一環ということでぎこちないながらも彼は作家とコミュニケーションをとり、そんな彼をアズライトは近くで見守っていた。
一方、黒須と詩由莉、カトラの三人は気配を絶って部屋の隅から二人のことを監督していた。一種の授業参観状態である。
「ここまでの三人に共通の理由はなかったな。どう思う、カトラ?」
「そうだなー、ちょっとした病気にPCの故障、それとたまたま買ったゲームにどハマりしただったっけ……?いやいやどんな理由だよって感じだけど、実際それで新刊の発売は延期してる。それらが積もって全体の発行巻数が落ちてるわけだ……。正直な話、創作なんてのは期限通りきっちり進むもんじゃない。今回聞いたような理由なんて、私はごまんと聞いてきた。にしても、重なりすぎだ」
「ああ、俺もそう思う。偶然も含まれているかもしれないが、流石に多すぎる。だが、メリットが分からない」
これが妨害工作であるとしたら、対象は特三である。しかし、あまりに小さな妨害であり、今日調査してみるまでは気づかれてすらいなかったのだ。妨害というにはあまりに影響がなさすぎた。
ゆえに二人とも、腕を組んで壁にもたれながら考え込んでいるのである。ちなみに、詩由莉は飽きてしまったのか、何やら携帯電話をいじっていた。
「妨害っていうより、嫌がらせって線はどうよ?曲がりなりにも異法に所属する私たちが大衆向けのことをやってるのが気に食わない四源家の何処かがちょっかいを出してきてるとか?」
「それは俺も考えていた。どこもトップからの承認は得ているが、四源家も一枚岩じゃない家はあるから可能性はゼロではないしな。とはいえ、課長の家で特二とべったりな左庭とトップの力が絶大な夜鳥はないな」
「なら、五色か天宝院か?」
「天宝院は基本的に何でもありのゲテモノ一族。四源家の中でも先進的な家だから無いとは思うが」
「五色もないと思うよ?」
それまで興味を持つそぶりをしていなかった詩由莉が突然言い切る。
そして、彼女は手に持った携帯を黒須とカトラの二人に見せた。
「ほら、結葉ちゃんにメールしてみたけど、うちじゃないって?」
「その結葉ってのは黒須たちの知り合いか?」
「ああ、俺の同期だ。そして、あいつが言っているなら五色もほぼ白だろう——というか、いつのまに連絡したんだ?」
「話の流れ的にそうなると思ったんだ」
「ねっ、私ってデキる相棒でしょ!」という表情を隠しもしない詩由莉の頭を雑に撫でながら、黒須はこれで振り出しに戻ったなと天を仰ぐのであった。
実は初登場じゃない結葉ちゃん……




