その幻想術3
「それで、そろそろ本題に入っていいか?」
カトラの話を空斗たちが頭の中で消化するのを待って、黒須はそう切り出した。
創作召喚の話自体は現場レベルの知識であることから研修では習わない。そのため、そういう知識を当事者から聞けるのはいい機会だろうと思い、カトラの話を聞くこと自体を黒須は否定していない。
しかし、今日は空斗たちの研修だけでなく、特二の業務としても黒須はここへ来ており、きちんとした本題があったのである。
「あー、悪い悪い。じゃ、とりま本題に入るかー」
相変わらず美少女な見た目とチグハグに、カトラは気怠げな様子でモニターを点け、PCのキーボードを操作する。すると、モニターに複数のグラフが表示された。
「ほいっと。これがここ半年の月ごとの売り上げで、これが市場規模の変化。んで、こいつがジャンルレベルの月ごとの売り上げ半年分な」
「——あからさまだな」
黒須は思わず眉を顰めた。
そのくらいモニターに表示されたデータは深刻なものだったのである。
データを元から知っていたカトラも軽い声とは裏腹に、その眼は真剣なものであった。
「スリー文庫、異世界召喚・転生ものラノベ売り上げデータ……何だこれ?」
そう思わず声を漏らしたのは空斗。しかし、既に詳細な情報交換に入っていた黒須とカトラには聞こえておらず、その言葉は宙に消えた。
それを見兼ねたのか、詩由莉が漫画から顔を上げ、彼に声をかけた。
「研修で習わなかった?文化的手段による知識の浸透って言葉」
「ああ、それなら習ったが……まさか、これがその中身なのか?」
「はぁ——特一の業務内容を優先して、他の課の内容を端折ってるのね。これは報告事項だわ」
と、呆れた顔で詩由莉は独りごちると、周囲を軽く見回した (彼女の感覚器からするとこんな動作は元来必要ないのだが、周囲から自然な人間の少女に見えるようにするため、意図的に行っている動作である)。
そうして、目当てのものを見つけた彼女はそれを手に取り、空斗に手渡した。
「はい」
「異世界転移したので冒険三昧の日々を送ります……?」
「スリー文庫……?」
手渡されたのは小さめな文庫本——俗にラノベと呼ばれるそれであった。
空斗と、そして横から彼の手元を覗き込んだアズライトは、思わず表紙に書かれたタイトルとレーベルを口にした。しかし、未だ話の中身が見えず、二人は困惑したままである。
「これって所謂、異世界転移もののラノベだよな。俺があっちに飛ばされる前からあったジャンルだけど、最近は特に流行ってるっていう」
「その通り。だけど、厳密には少し違うかな?」
「ジャンルとかの話か?こういうのは知っているといえば知っていたが、俺はライト層だったからな。確かに微妙に違うのかもしれないが——」
「あー、違う違う。そうじゃなくてね。流行っているんじゃなくて、流行らせているんだ、それ」
流行を作る。
それは潤沢な資金があれば、現代においてそこまで難しい話ではない。ましてそれが、無茶なものではなく、元から下地があったジャンルなら尚更である。
それは年齢的には高校生である空斗にも十分想像できる話であった。
「つまり、研修で習った文化的手段による知識の浸透というのは、異世界ものを流行らせることで、知識や常識を多くの人に少しでも伝えるっていることなのか」
「その通り。なかなか鋭いね、宝珠戸さん」
そうして、空斗のたどり着いた結論を時に肯定するように、時に補足するように詩由莉は語る。
神秘部は若年層の国民が異世界転生や召喚された際の生存率が少しでも上昇するように、ライトノベルという形でそれらを世に発信することにしたのだ、と。
まず、ジャンルとして流行らせ、多くの作品を世に出す。さらに資金を投入し、このジャンル中心の文庫レーベルの創設やアニメ化を推進することで、知名度を上げていく。加えて、テンプレートの流れを作ることで、伝えたいことを反復して何度も読ませることと作品の生産される速度の向上に成功したのである。
「例えば、さ。今時の中高生男子がマヨネーズの作り方とか、貴族の爵位の名前とか知っていると思う?そんなこと一昔前までは絶対に知らなかった。だけど、今となっては多くの人がこういう知識を知ってるの——創作を通してね」
「なるほど……だけど、ジャンルを知ったことで異世界に憧れを持ってしまうことも考えられるんじゃないか?」
超特異拉致——所謂、異世界召喚を成立させる条件は、召喚される者の意思である。ただし、それは本人に自覚がないような深層心理におけるものも含み、要するに少しでも異世界へ行きたいという気持ちがあれば召喚条件は成立してしまうのだ。
そのため、空斗は小説を読んだことで条件を満たす人間が増えてしまうことを危惧していた。
「いい質問だね。確かに、その可能性はゼロじゃないよ。でも、元々多くの人が——若い子なんて特に、ここじゃない世界への憧れなんて大なり小なり持っているからね。しかも、この国は信仰も薄いから、世界の管理者のような上位存在とかへの反発も少ないし。だから、ジャンルを流行らせたことによる被害者の人数より、知識によって救われる人数の方が多いっていうのが私たちの予想」
勿論、空斗が危惧したような人間は0ではないだろう。しかし、その懸念のために神秘部が動かなければ、より多くの人が危険に晒される。これはそういう話である。もし、神秘部が公の期間であったら、この政策は採れなかっただろう。だが幸いにも神秘部は国民には知らされていない機関であるため、やや強引ともいえる「文化的手段による知識の浸透」という施策が推し進められてきたのである。
「超特異拉致の被害者としては納得できないところはあるかもしれないけど、実際私がちょっと裏技で計測した感じでも、異世界ジャンルを流行らせる前から召喚の条件を弾いている若い子は少なかったよ。というか、管理者から直接誘われて深層心理レベルで拒否できる柊一郎くんがおかしい——と、これは秘密だった」
いけない——とばかりの口調であるが、詩由莉の表情は特に変化していなかった。そんなサービス表情を黒須が見ていないのにする必要はないと言わんばかりの態度である。
とはいえ、詩由莉の性格にも徐々に慣れ始めた空斗とアズライトはこれをスルーし、代わりに空斗の手元の小説を再度マジマジと見つめた。
そして、おもむろに口を開く。
「……いや、むしろ被害者だからこそ納得できる。俺は知識とか発想に助けられた側の人間だから、いかに知っていることが強いかは分かるから」
「うん。空斗のこの世界風の考え方がなかったら、二人とも逆塔で死んでた」
逆塔。
それは空斗とアズライトが帰還のためにクリアした異世界のダンジョンである。その世界における中心である地下へと降っていくその塔を駆け抜けたからこそ、今の二人はここにあるのである。
そして、その踏破は強さだけでも、才能だけでも達成できなかったことは、誰よりも二人が知っている。だからこそ、知識を広めるという戦略を決して二人は軽んじない。
「それは良かった——ともかく、この帰還者の経験を伝えるための計画の一部が、超特異拉致対策三課が直接作ったレーベルであるスリー文庫ってわけ。そして、この文庫や特三の参加の作家さんに何かあったということで、今日は話を聞きに来たんだ」
言われて、空斗たちは改めてある人物を見る。
そこにいるのはどこか中年男性のような仕草を見せる美少女——先ほど特三の課長と紹介されたカトラ・テルヴォロであった。




