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その幻想術2

 空斗たちを連れて特二のオフィスを出た黒須は、オフィスから車で10分ほど走った場所にある高層マンションを訪れていた。その最上階の一室まで慣れた様子で到着した黒須は、(おもむろ)にインターフォンを押す。

 ピンポーンと軽い機械音が響き——静寂。


「はぁ……いつものか」


 一言溜息を吐くと、黒須は無言でインターフォンを連打する。ちょっとした危険人物の挙動であった。


「お、おい、いくら何でも押しすぎじゃないか?近所の目というのもあるし」


 鬼気迫る様子でインターフォンを連打する黒須を、思わず空斗が止めた。

 帰還したばかりの頃のことを考えると意外かもしれないが、実はこれは現在のパーティ構成上、仕方のないことである。


 パーティメンバー1、黒須(リーダー)。パーティのまとめ役であり、常識人かつストッパー役。しかし、現在奇行に走っている張本人であり、今この場では頼りにならない。

 パーティメンバー2、詩由莉(バーサーカー)。常識や規則で縛れるような存在ではなく、黒須至上主義。黒須を止めるという点においては完全に戦力外である。

 パーティメンバー3、アズライト(魔術師)。人間形態では空斗のパーティの後衛魔術師として、公私共に空斗の異世界生活を支えた彼女であるが、さすがに一ヶ月強しかいないこの世界の常識には疎い。


 そんなパーティの現状を認識した空斗は、渋々ながら黒須を止めることにしたのである。しかし、その静止は事態を好転させるどころか、より悪化させた。


「近所迷惑は問題ないが、確かにこれ以上押しても埒が明かないな。詩由莉、頼む」

「了解、柊一郎くん」


 詩由莉はにこりと微笑みと、部屋のドアにそっと手を当て——ぞぶり、と世界が捻れる感覚が走った。


「……今、部屋の中で幻想力が大変なことにならなかったか?」

「……この幻想力が薄い世界でも現実に影響を及ぼしかねないレベルの強引な攪拌(かくはん)だった。下手に幻想心臓(イマージナル・ハート)を持った生物が中にいたら確実に死んでる」


 思わずヒソヒソと会話する空斗とアズライト。帰還した際にボッコボコにされた経験から元々詩由莉に逆らう気はなかったが、2人はその決意をさらに固めた。

 それはともかく、もしや自分たちは危険な現場に来ているでは?——と彼らは身構えるのだが、それを裏切るようにガチャリと普通にドアが開いた。


「あー、例の新人が来るのって今日だったけ?……うっわ、外(あつ)っ。ってか、明るっ」


 出てきたのは少女であった。

 肩にかかる程度の銀髪で、右目を隠していた。本来は癖のないストレートな髪質なのだろうが、明らかに寝癖であろう癖が複数見られる。深紅の瞳と合わせて、一見ウサギのような印象を抱かせる美少女なのだが、怠そうな表情とボリボリと頭を掻く仕草は中年男性のようでもあった。

 このどこか外見と中身がちぐはぐに感じさせる原因は、服装にもあった。12歳程度の外見年齢と見目の良さから可愛らしい衣装が似合いそうなものだが、彼女は無地の白Tシャツに黒の短パン、さらにはスーパーで売っているような安物のサンダルを履いているのである。

 しかし、空斗とアズライトが驚いたのは、そうした外見や印象についてではなかった。


「ってか、さっきアホな攻撃を打ち込んできたのは降綱か?(おれ)じゃなかったら大惨事だったぞ、マジで」


 などと、少女はそこまで気にした様子もなく文句を言っているが、詩由莉の一撃は幻想心臓(イマージナル・ハート)を持つ者にとっては、人間をミンチに変えるようなものだったのだ。にも関わらず、目の前のどう見てもこの世界出身ではない——つまりは幻想心臓(イマージナル・ハート)を持っているであろう人物がケロリとしているのである。

 空斗とアズライトは思わず目を瞠っていた。


「あなたがチャイムを押しても出てこないのが悪いんじゃない」

「うぐっ……」

「そういう事だ——ああ、二人には紹介がまだだったな。()はカトラ・テルヴォロ。こんなんでも特異拉致対策三課の課長だ」

「よろー」


 情報を処理しきれずに目を白黒させている二人に、カトラは雑に手を挙げるのであった。







 カトラ・テルヴォロ。

 特異拉致対策三課——通称、特三の課長にして、詩由莉と共に帰還検知システム = RDS (Return Detection System) の構築と改良を行っているメンバーの中核を担っている人物である。

 外見からも明らかなように、ケースBの帰還者であり、さらには名前持ち——異世界の名前をこちらの世界でも使用している者である。

 などと、室内に通された空斗とアズライトの二人は黒須からカトラの紹介を受けたのだが。


「男なのか……?」


 最初の質問がこれであった。

 当然、他にも疑問はある。

 たとえば、なぜ漫画やラノベ、その他ポスターなどのグッズが所狭しとならび、巨大なPCとモニターが鎮座している典型的なオタクの部屋で話しているのか、とか。

 なぜ、当然のように詩由莉は棚から漫画を一冊取り、読み始めているのか、とか。

 しかし、それ以上に空斗としては気になったのである。加えて、発したのは空斗であったが、横のアズライトも頷いていることから、共通の疑問であったようである。


「あー、そんなに気を使わなくておけ。ってか、深い事情なんてないから」

「深い事情はないが、特徴的な事例ではあるし、宝珠戸は知っておいた方がいいかもな」


 そう前置きすると、黒須はカトラとアイコンタクト——しようとして割り込んだ詩由莉にブロックされたが、何も言わないなら話しても構わないのだろうと思い先を続ける。


「これは正式な分類ではないんだが、創作召喚っていう特異拉致の分類が現場レベルでは存在するんだ」

「創作……つまりはゲームや小説の世界に召喚されるということか?」


 アズライトにはイマイチ伝わっていなかったが、召喚前から軽いオタクであり、さらには帰還後に研修でその手のラノベやアニメを履修した空斗の対応は早い。


「その通りだ。ま、正確に言うなら、そう錯覚するという表現になるが」

「錯覚?」

「いえす」


 聞き返した空斗に適当な発音で答えたのは、黒須ではなくカトラであった。

 彼 (?) はどこからともなくキャスターのついたホワイトボードを持ってきており、慣れた手つきで図を書き出す。


「異世界に転移・転生した人物に最初から幻想術を使いこなさせるには、使い方を直接記憶に刻み込むのが手っ取り早い。とはいえ、人間の脳はデリケートで、いきなり知らないことを知っていたと思い込ませるとぶっ壊れる。その点、ゲームや小説、漫画の世界って思い込ませれば楽だ。なーに、幻想術について初めから知っていることなんて、そういう『設定』のゲームをしていたんだから当然ってな」


 カトラは言う。

 つまりは、幻想術や、その他世界についての知識を無理のない形で転移・転生者に刷り込むためには、ゲームや漫画として知ってたと思い込ませるのが一番脳に負担がない方法なのだと。だから、世界の管理者がよく使う手法なのだと。


「もう一つのパターンとしては、自己防衛ってのもあるな。異世界に渡り幻想心臓(イマージナル・ハート)を得たことで、突然増えた人体の機能に脳が驚き、整合性を保つためにゲームや漫画で知っていたというエピソードを自ら作り出って感じで」


 ——では肉体は?

 ホワイトボードに話をまとめていたカトラは、最後にそう書いた。

 自身の能力や世界観についての知識を創作の形で刷り込んだものならば、肉体についてはどうなるのかという話である。

 何者かに召喚され、その存在が記憶を擦り込んだ場合には、話は至ってシンプル。


「肉体——要するにキャラについては、強力に作り込んだアバターってことだ。その外形に召喚された人物の好みは一切関係ない——とも言えなくもないが、深い意味はないのさ。問題は、そのアバターに魂をぶち込むために元々の肉体はだいたい廃棄され、仮に帰還しても取り戻すことはできないってことくらいか?」


 そう言って、カトラは自身の姿をアピールするのであった。

 なお、何だかんだ自分の姿をカトラが気に入っていることを知っている詩由莉は、漫画を読みながら「うえー」という表情をしているのであった。

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