閑話 〜黒須柊一郎は転移しない1〜
珍しく黒須くんの一人称視点の話。
はじめに光があった。
……そんなことを言うと、まるでこれから世界が始まるように錯覚するが、印象としては逆。それは一つの世界が終わりゆく収束の光のような、どこか変化を感じさせる光であった。
閉じた瞼の裏すらヒリつかせるそれがどうに終わったことを感じた俺は、恐る恐る目を開いた。
「ここはどこだ……?」
そこは先ほどまで俺がいた3-Aの教室は明らかに違った。
時間は確か一時間目の途中で、自分だけなく周囲にはクラスメイトがいたはずだが、左右に首を振っても誰の姿もない。
代わりにあるのは——。
白。白。白。
一面の白が広がっていた。
いや、あまりに白過ぎて、広がっているのかどうかも分からない。
自分が何かに立っているという感覚はあるから、下には足場があることは分かる。
しかし、それにしたってどこまで続いているのかは確認できない。
『黒須 柊一郎、貴方は選ばれたのです』
突然、声が響いた。
その声は男性のものにも女性のものにも、老人のものにも子供の声にも聞こえた。
音源は分からない。
周囲の全方向から、それは降ってきているようだった。
「アンタは誰だ?」
『貴方たちの認識に合わせるなら神、あるいは仏、もしくは天——そのようなものです』
神。
……神と来たか。
応答があることを期待した質問ではなく、あくまで考える時間を稼ぐような意図でした質問だったが、その回答は俺をより混乱させた。
中学三年の俺や同級生すら今日日使うことはないような単語だが、この場の現実感の無さが原因か、それはすんなり俺の中にハマった。
そして今更に気づく。
こんな意味不明な体験をしているにも関わらず、心は驚くほど落ち着いていることに。
だからこそ、特に畏れることもなく聞き返した。
「その神様が俺に何の用だ?」
これは我ながら当然の疑問だと思う。
俺には特段優れた何かがあるわけではない。
例えば、学力で学年一位であるとか、運動神経が抜群で運動部の助っ人で引っ張りだこであるとか——そんな才能は持っていないと断言できる。
容姿も凡庸だし、人付き合いに至ってはとある事情でクラスで浮いている状況だ。
すなわち、まともに話す友人も一人くらいしかいないし、その■■ですら最近何やらぎこちなくなってしまっているという惨状である。
そんな俺に神様がわざわざ言葉を届けるなんて、仮に俺が既に死んでいたとしてもしっくり来ない。
対して、当然の答えであるとでもいうように、神様の声は俺の質問に淀みなく答えた。
『貴方、別の世界に召喚される気はありませんか?』
いや、答えたようなテンションだったが、質問返しだった。
「別の……世界……?」
『はい。そこには剣と魔法があり、努力をすればその分だけ強くなれる世界です。貴方の認識に合わせるなら、その世界で貴方はゲームやアニメの主人公のように活躍できるでしょう』
思わず、俺はさらに質問返しを重ねてしまった。
すると、神様が突然雄弁に語り始め、そして何やら途中からセールストークのようになった。
しかも、探り探りではなく、どこか手慣れた様子を感じた。
最初から一貫して声に感情は感じられないが、これを言えば相手を食いつかせることができると分かっているような単語を狙い澄まして選択している印象である。
——個人的には地雷をピンポイントで踏み抜かれた感があるが。
(神様って言う割には、あまり俺のことは理解していないんだな)
とはいえ、神様なんてそんな物なのかもしれない。
本当にお気に入りの英雄や天才のような——アイツのような存在を除いて、人類なんて十把一絡げなのだろう。
『貴方のその表情、過酷な使命や立場を想像しているのですね。大丈夫です。あの世界には倒すべき魔王も居なければ、悪神もいません。貴方に期待しているのはそのような外科的な一撃による世界の好転ではなく、文化や技術のブレイクスルーによるマクロな世界の前進です』
「外科的……?マクロ……?」
『つまり、貴方は自分が快適に過ごせるようにできる範囲で工夫して生活してくれれば、あとは自由に過ごして良いということです』
ああ、それは……。
人によっては甘美な話なのだろう。
やりたいことだけやって、それで主人公のように活躍して。
戦いたい者は剣や魔法を鍛えて、英雄になればいい。
それ以外で脚光を浴びたい者は、この世界の知識を輸入することで栄達すればいい。
勿論、全てにおいて努力が前提だが、努力さえすれば必ず報われる世界なのだろう。
なんて……なんて気持ち悪い。
「それ、断るわ」
『——え?』
「だから、その別の世界へ行くって話、俺は嫌だって言ってる」
『どうして?何が気に食わないと言うのです!貴方には成功が約束されているのですよ!確かに凡百な転移者なら、その能力には運が絡みます。しかし、私が見る限り、貴方は異能の力を無視しても栄光を掴めるスペックを持っています。それなのに、何故!』
俺のスペックとか、そういう表層的なものは見えるのに、中身については分からないのか。
神様も不自由だな。
それはともかく何やら雲行きが怪しい。
先ほどまでは温度のなかった声に、はっきりと激昂の色が見え始めている。
何故かここまで来ても恐怖は感じないが、流石に不味いことになるかもしれないという予想くらいはできる。
何せ不自由だとしても、神様的な存在を名乗るような相手である。
理不尽な力でいきなり何かされても驚きはない。
『まあ、良いでしょう。何が理由で断っているのかは分かりませんが。深層心理まで含めて召喚を望む心が少しでもあれば、選択の上の召喚は成り立ちます。ここまで説明してしまえば、あとは私だけで——な、に……?』
いよいよヤバいかと思っていると、徐々に視界が見えづらくなってきた。
辺り一面が白いせいで分かりづらいが、どうやら霧のようなものが立ち込めてきているらしい。
『馬鹿な!本当に、心のそこから元の世界を望むというのですか!——しかし、そうでなければこの介入は不可能——くっ、折角の当たりが——』
何やら神様は喚き続けていたが、霧はどんどんと濃くなっていき、それに合わせて神様の言葉も聞こえづらくなっていった。
そうして——。
「ここ、は……?」
気づくと3-Aの教室、自分の座席に座っていた。
「そうだ、誰か——!?」
首が千切れんばかりの勢いで周囲を見る。
しかし、教室内に自分以外の人間は一人もいなかった。
時計を見ると、時間は九時を十五分ほど回ったところ。
あの白い空間に入れられた正確な時間は覚えていないが、同じ一時間目の間ということは大して時間が経ってないということである。
にも関わらず誰もいないということは、皆も自分と同じようにあの白い空間へと誘われたのだろう。
考えてみれば、当然だ。
俺みたいに何も持っていない奴が勧誘を受けたんだ。
所詮はありふれた中学校の一クラスの話であるとはしても、クラスの人気者や運動部のエースみたいなクラスメイトが神様のスカウトを受けない理由がないだろう。
むしろ、俺はそういった人材のついでだったのかもしれない。
だけど、驚いたのはそこではなく——。
「誰も……断らなかったのか。アイツも……■■すらも……?」
理屈では説明できないが、何となく悟ってしまった。
経験してみれば分かる。
問い掛けの体をとっていたが、その実あれは逃す気がなかった。
俺たちが召喚されることを確信していたというよりは、どのような流れからも最終的には召喚する気でいた。
俺の時はドタバタしていたようだから、何かトラブルがあって失敗したのかもしれないが、本来あそこから元の世界に帰ることは想定していないのだろう。
あれは、そういう質のものである——そんな確信があった。
そうして、俺以外は別の世界とやらに召喚されてしまったのだろう。
ともかく。
こうして俺はクラスでただ一人、この世界に取り残されたのであった。
2005年、ある晴れた秋の日ことである。
これにてこの章は終わりです。
ちなみに章のタイトルである異世界流離類型論は「異世界」、「流離」、「類型」、「論」のパーツをつなげた造語です。流離は貴種流離譚の流離で、故郷を追われていることを表しています。類型はテンプレとかパターン的なイメージで、この章は帰還者のテンプレを示す役割でこのタイミングに入れました。
……何となく章のタイトルにカタカナを使わないという縛りを入れたら、いきなり苦しかった。
ちなみに次の章は時系列的にこの章の続きとなる予定です。
最後に、もし少しでも面白いと感じたり、続きが読みたいと感じたりしていただけたのなら、【感想】や【ポイント評価】、【ブックマーク】などをしていただけると幸いです。よろしくお願いします。




