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異世界流離類型論 エピローグ

 空斗たちの帰還とそれに伴う事件の翌々日、黒須は一人、新宿の裏路地にあるバーの入口に立っていた。


「さて、メンツは揃っているのかね」


 そう独り()ちると、彼は年季の入った木製のドアをそっと押し、店の中へと入った。

 ドアが僅かに軋む音と、控えめな鈴の()が響く。

 それらの音に反応してか、バーに座っていた一人の人物が黒須の方へと振り向いた。超特異拉致対策一課課長、獅子原(ししはら) 剛毅(ごうき)、その人である。ツヤ消しされた黒で統一されたシックなカウンターにやや窮屈そうに収まっている彼は、しかし店自体には慣れているようで、実にリラックスした様子でカクテルを一人飲んでいた。


「お疲れさん。悪いが先に始めてるぜ」


 青色のドリンクが注がれた縦長のグラスを掲げながら獅子原が言う。

 肩を竦めながら彼の隣の席に座ると、黒須はワイシャツの第一ボタンを開けた。


「問題ないさ。というより、そもそも待ち合わせ時間は過ぎてるんだ。遅刻した俺とアイツが悪い」

「俺としてはお前らの遅刻も想定内だがな」

「それは流石にどうなんだ?」

「仕方ねえだろ。そもそも特一(うち)特二(おまえのところ)みたいに常に最大の回転率で仕事をしているわけでもなし、有事の際以外は基本的に訓練と待機だけが仕事なんだからな。ましてやアイツは曲がりなりにも表の官僚様だ。ホイホイ来れるとは思ってないさ」


 特一(うち)が暇なのは平和で良いってことだ——などと獅子原は笑う。

 納得した黒須は「全くだ」と返しながら、X.Y.Zというカクテルを頼んだ。


「柊一郎……お前、相変わらず気分も順番もなくそればっかだな」

「そういうお前だって、どうせまた日本酒ベースのカクテルだろ。日本酒が飲みたいなら素直に頼めば良いものを」


 などとバーテンダー泣かせな事を言い合いながらも、彼らは黒須のカクテルが来るのを待ち、それが黒須の前に置かれると静かに乾杯した。

 そして、それぞれ一口味わうと、バーテンダーが離れるのを見計らいながら、どちらからともなく口を開いた。


「……今回は助かった」

「良いってことよ。俺だって納得がいってたわけじゃねえしな」


 お互いに具体的な名称は口にしない。

 密談ならば個室やどちらかの自宅等を使えば良いという考え方もあるかもしれないが、お互いに幻想術などという超常の力が存在する事を知っている身。どんなに機密性を高めようと情報が完全に漏れないと言い切れるのは神秘部の建物内くらいのものだと割り切っているのだ。

 ゆえに内容をボカした上で堂々と話す——この方が意外と機密が漏れないのである。加えて、幻想術関連の話は直接聞かれたところでゲームやアニメの話にしか聞こえないため、変に隠すよりは普通のことのように話す方が目立たないという側面もあった。


「それにしても、良く厳重注意なんて軽い処分で済んだな?()()を失うわけにはいかないから懲戒免職はないにしても、減俸や降格処分、謹慎あたりはあると思ったんだがな」

「俺もそれは覚悟の上だったんだがな、どうやら上手く使われたみたいだ」

「そりゃあ、どういう——」


 そこで獅子原は言葉を切った。入口の鈴の音が客の来店を告げており、何とはなしにそちらを見やったからである。

 結果として、入店してきたのはこの会合の参加者の最後の一人であったため、獅子原は台詞の続きでななく別の言葉を口にすることになった。


「おおっ、やっと来たか五色(ごしき)!」


 入ってきたのはパンツルックのスーツを着た若い女性であった。

 彼女は五色(ごしき) 結葉(ゆいは)。黒須や獅子原の同期入庁であり、今は総務省に所属している人物である。

 店に入りながらポニーテールにしていた髪留めを外したことや、すでにワイシャツの袖はまくられ、首元も緩められていることから、彼女の大雑把な性格が窺える。

 そんな彼女は笑みを浮かべながら、黒須の隣の席へと腰を下ろした。

 

「いやー、お疲れお疲れ。やっとこさ総務省の方でも特二の問題についてひと段落したよ」

「同期の問題児のせいで大変だったな。ほら、迷惑をかけた方の奴も労いをだな——」


 そこで獅子原は隣の黒須の表情に気づき、言葉に詰まった。

 黒須は何とも言えない苦い顔をしていたのである。


「五色、どこまで予定通りだったんだ?」

「んー、大体かな?特一を動かすことで自分たちの組織内の発言力をキープしておきたいっていう下心丸出しの連中がいたからね。特一に無茶な指令が下っても、二人が現場にいるから何とかしてくれるって思ってたし」


 たははっ、と笑いながら五色は注文したビールを一口飲む。

 ここまで来ると、獅子原もまた黒須同様に苦い顔になっていた。


「と言っても、まさか特一が動く前に終わらせちゃうとは思わなかったけどね?」

「お嬢が全てひっくり返すのが上が描いたシナリオか……」

「そうならなかったせいで、こっちも大変だったんだよ?まったく、(とう)ちゃんも(ごう)ちゃんも無茶するわー」

「俺たちを利用することが前提なお前も悪い」


 渋い顔のままに黒須は言うと、カクテルで喉を湿らす。

 そうは言っても、彼は心の底から怒っているわけではない。気心の知れたこの同期三人の中では無茶な頼み事も日常茶飯事のため、今回の事もその一つに過ぎないと思えば、軽い文句を言って満足なのだ。そもそも、事の収拾をつけるために獅子原だけでなく五色にも黒須は根回しを頼んでいた。つまり、考えていたことは一緒なのである。


「……で、上の整理は完了したのか?」

「それに関してはバッチリ!これで特一に財源や人材が集中している状態がトップダウン的に少しは解消されるはず——っと、これはごうちゃん的にはマイナスだったね」

「そんな事はねえさ。俺たちは俺たちで特二や特三がしっかり回ってくれれば、それだけ戦闘に集中できる。ただでさえ、特二の現状には思うところもあったしな」

「悪いな剛毅」


 素直な感謝への照れ隠しなのだろう。

 黒須に返事する事なく、獅子原はボリボリとつまみのナッツを頬張っていた。これ以上の追求をすると自分も火傷するだけなので、あえて黒須もそこには触れない。

 そんな微妙な空気を無視しながら、黒須は五色の話す人事案件——どこぞの誰が失脚しただの、どこぞの誰が勢力を拡大しただのという話を聞いていく。黒須としてはその辺りの調整こそが真骨頂のため脳内にしっかりメモしていくが、獅子原は興味なさげに酒を煽っていた。

 そうして五色の話が終わると、突如として獅子原が口を開いた。


「そういえば人事で思い出したんだが、例の二人が特一(うち)じゃなくて特二(おまえのところ)に配属を希望しているぞ?」

「……初耳だな。というか、詩由莉曰くかなり強いらしいのに、どうしてまた?」

「今回のことで色々思うところがあったんだろ。俺は一応本人の話も聞いているが、お前の後輩なんだから、自分でその辺りは聞くんだな——と、すまん。ちょっと急な用件が入ったから俺は先に上がるわ」


 獅子原は何やらチラリとスマホを確認すると、そそくさと荷物をまとめて立ちがった。


「何だ?用件次第では俺も行くぞ?」

「あー、関係ない関係ない。そこまで深刻な案件じゃないから、二人はまだ飲んでいっていいぞ——というか、俺のためにも是非そうしてくれ」


 何が何だか分からない黒須であったが、これ以上詳しく獅子原が説明する気がないことだけは分かって、追求を諦める。

 一方、五色は一瞬首を傾げると、合点がいったように頷いた。


「なるほど、お姉さん何となーく予想がついたわ」

「たぶんそれで合ってるぞ……というか、予想が付くということは本当に()()なのか?」

「んー……ノーコメントで」

「藪を突いて名状しがたきものが出てもつまらんから、俺は退散するぞ——じゃあ、またな」

「ああ、また」

「まったねー」


 結局、黒須にはさっぱり理解ができない流れで、獅子原は帰っていった。

 黒須としては無理に引き止めることもないので別に問題はないのだが——同期である五色と二人で飲んだことは何度かあるため、いまさら気まずさもない——獅子原が自身へ向けたやや哀れむような視線が気になる黒須である。

 

「まったく……何なんだ」

「まーまー、気にしない気にしない。さあ、夜はまだまだ長いよ!せっかくお姫様が身体を治してくれたんだから、飲まないと損だよ!」

「……別にそんなことのために治してもらったわけではないんだけどな」


 詩由莉が居れば、黒須の発言に完全に同意しただろう。

 とはいえ、特に引き止めることもなくこのバーに自分を送り出したのだから、詩由莉にも労う気持ちくらいはあるかもしれないと黒須は考えていた。


「というか、やっぱりお姫様の幻想術は凄いよね。そこまで重いものじゃないとはいえ、しっかり誓約(ギャサ)を破った反動の傷をいとも簡単に治しちゃうんだから」

「いとも簡単ってわけでもないらしいぞ。詩由莉の幻想術は治癒の促進と外科的処置の代替——それを超高速でやってるから奇跡に見えているだけらしいからな」


 すなわち、詩由莉の幻想術は時間をかければ現代の医術でも可能なものなのだ。したがって、体力や栄養素の消費は通常通り行われるため、黒須は詩由莉の幻想術で体内に無理やり栄養分を放り込まれていたりする。

 ——幻想術による点滴というには力業過ぎたその行為を思い出し、黒須はやや暗い顔をした。


「そっか、この世界には奇跡みたいな治癒の幻想術は存在しないんだっけ」

「回復に特化した帰還者が現れれば生まれる可能性はあるが、限りなくゼロに等しい可能性だな」

「だよねー。ま、私みたいな木っ端術者にとっては、お姫様の幻想術も十分奇跡みたいなものだけどね。さす姫さす姫」

「ふざけるのはお前の勝手だが、俺を巻き込まないようにしてくれよ。正直、ここでの会話を詩由莉が聞いてないという確証を俺は持てないぞ?」

「……えっ、マジ?」


 慌てて何やら虚空を拝み出した剽軽な同期の様子に苦笑しながら、黒須は追加のドリンクの注文をするのであった。

明けましておめでとうございます。

遅筆なとんとろですが、本年もよろしくお願いいたします。

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