異世界流離類型論12
神秘部の人員の内、特に立ち上げに関わったメンバーにはとある幻想術が掛けられている。彼らに共通するのは、成人しており、神秘部を立ち上げるにあたり政府の内情を深く知ってしまったことである。そのような彼らが帰還者を抱き込んで国に仇すことを防ぐため、首輪が掛けられているのだ。
——誓約。
それが幻想術の名前であり、効果は設定された禁忌を破ると、それに応じた罰則として身体損傷を受けるというもの。
そして、黒須は今、特一の対処対象となっている——すなわち、特二の制御下にない帰還者である空斗に民間人を引き合わせるという禁忌を犯した。
——判定は機械的に行われ、代償は速やかに支払われる。
結果、彼の複数の臓器には損傷が発生し、その傷は今も悪化の一途を辿っていた。
これこそが賭けに臨む黒須が支払った対価である。
しかし、これが最短コース。
ここを逃せば空斗の人生がガラリと変わってしまう分水嶺。
ゆえに、自身のズタボロな中身をひた隠しながら、黒須は空斗の家族の様子を見守っていた。
「空斗……」
空斗の父である義信が、絞り出すように呼び掛けた。
一見すると空斗が両親の前から飛び去った時と同じである。しかし、状況がまるで掴めておらず、そして、思わず空斗に対して気圧されていたあの時とは違う。彼は既に空斗の身に何が起きたのかも、彼がどのような経験をしてきたかも、おおよそ黒須に聞いたことで知っていた。
ゆえに、その瞳には確かな決意の火が宿っていた。
「父さん。どうして来たんだ?俺のことが怖いんじゃなかったのか?」
空斗は矢継ぎ早に言葉を放つ。
その姿は黒須から見ると防衛本能じみていた。
どうせ期待は裏切られると自分に言い聞かせることで、実際にそうなった時のダメージを減らすような——そんな行動である。
「怖い……そうだな。お前にそう聞かれた時、父さんたちは無意識に後退ってしまった。確かにお前に怯えたと思うかもしれない……だけど、違うんだ」
「何が違うっていうんだ!?俺だってあっちで色々な経験を積んできた。適当な嘘なんて通らないぞ!」
「嘘なんかじゃないさ。父さんたちはな、自分たちが受け入れてもらえるのかと、心配になったんだ」
「——は?」
絶句する空斗。
無理もない。
それではまるで……まるで鏡写しではないか——そう彼は思ったのである。
「何で父さんたちが……そんな……」
「空斗、落ち着いて」
混乱して、口が回らないのだろう。空斗の口からは思考がそのまま零れ落ちる。
しかし、彼のパートナーは冷静であった。
アズライトはそっと空斗の右手を取ると、自身の両手でしっかりと包み込んだ。そうして、自身の体温を彼へ伝えることで安心させながら、彼の両目を覗き込んだ。
目線が交わる。
——ふっと空斗は微笑むと、もう大丈夫だとばかりにアズライトの頭を空いている左手で優しく撫でた。
その様子を嬉しい様な、しかし同時に寂しい様な、そんな複雑な表情で空斗の両親は見つめていた。自分たちの息子が誰かと深い信頼関係を築いていることへの喜び、そして、最早自分たちはその立ち位置に立つことは出来ないかもしれないという寂しさが二人の胸中に渦巻いているのである。
「取り乱して悪かった……でも、父さんたちが不安になる理由はやはり分からないから教えてくれ」
「お前がいなくなった時から一年間、父さんたちは必死にお前の行方を探したんだ」
全てを投げ打って……などという事は、言うが易し行うは難しである。
空斗の両親も仕事や生活の時間を全て削って、ただただ突然失踪した一人息子の行方についての手掛かりを探したかった。
しかし、そういう訳には行かなかったのである。
生きていくにも捜索のためにもどうしても資金が必要で——。
そして、金銭を得るためには仕事をする必要があり——。
生きてかなければ息子を探す者がいなくなってしまうために、生活——食事や睡眠をゼロにすることもできず——。
それがこの日本という国で、独力で一人の人物を探すということの現実である。
「父さんたちはな、心のどこかで諦めかけていたんだ。いや、違うな。もっと酷い。諦めて良い理由を探していたんだ……そう、お前の姿を見た時に気づいてしまったんだ」
それは無意識下だったかもしれない。
あるいは、本当はそんな気持ちはなかったのかもしれない。
しかし、二人はそう認識してしまった。
ゆえに後ろめたい
ゆえに受け入れられないのではと恐れる。
——それが、空斗の両親が思わず後退ってしまった理由であった。
黒須から見れば、両親の心情は痛い程良く分かる。
しかし、それを息子がどう受け止めるかは、また別の問題なのである。
「でもな、違ったんだ。少なくとも父さんと母さんはお前と真正面から向き合って、ぶつかって——そこにお前が父さんたちを受け入れるかどうかは関係なかったんだ。仮にお前が俺たちのことを受け入れなくとも、父さんたちはお前と関わることを自分から捨ててはいけなかったんだ」
すなわち、空斗が両親を拒否することと、彼らが空斗の両親としての振舞いを止めることに、一切の因果関係はないということである。
受け入れられずとも。
究極的には憎まれようとも。
それでも彼らは息子を愛するだけであることに気づいたのである。
——そして。
それは一種の決意表明。
空斗の父——義信は眼光鋭く、右の拳を強く握った。
「その上で、そこの黒須さんに聞いたよ」
「……?」
「お前は父さんたちが自分を怖がっていると——ただ変わった姿や異常な力を手に入れたことが原因で怯えていると——そう思い込んでいるってな」
「それは……」
言葉に詰まる空斗に、義信は全速力で駆け寄った。
大の大人の全速力。
とはいえ、そもそも空斗の身体能力は人外の域。仮にも詩由莉が繰り出す攻撃をきちんと捌くことが可能な動体視力と反射神経を持っているのだ。反応しようと思えば反応できたし、逃げることも可能だろう。
しかし、彼は茫然と立ち尽くしていた。
そして、義信が空斗の目の前へと辿り着く。
「舐めるなよ!」
「——っ!?」
勢いそのままに、義信は空斗の胸ぐらを両手で掴んだのである。
当然、空斗にとって振り解くことは簡単。しかし、彼は大きく目を見開いたまま眼前の父を見ていた。
隣のアズライトも義信を止める事はしない。
「俺たちはな、お前の父と母なんだよ!お前が悪いことをすれば叱るし、一緒に謝りもするさ。人より凄い力を手に入れた事で調子に乗っているなら、止めもするさ。でもな——お前がどんな姿になろうが、どんな事をしようが、それを理由に拒絶したりはしない!」
決して荒事に慣れているというわけではないのだろう。義信の手つきはどこかぎこちなく、掴んでいる彼の方が掴まれている空斗よりも辛そうな顔をしていた。
——あるいは、その表情は肉体的な苦痛だけが原因ではないかもしれない。
そして、父の心からの叫びを聞いた空斗は——
「……うん」
——ただ一言ボツリと漏らすと、小さく頷いた。
(何とかなったな……)
ドクンドクンと。
自身の心臓が早鐘のように打つのを感じながらも、黒須は安堵した。
彼の体力的にも特一の突入妨害的にもギリギリであった。
「悪い、詩由莉。あとは頼んだ」
薄れ傾いていく視野の中で詩由莉が血相を変えている事を、珍しい姿だな——などと暢気に思いながら、黒須は意識を手放したのである。
こうして、一つの家族が異世界召喚などという巫山戯た拉致事件によって壊れることが防がれたのであった。




