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異世界流離類型論11

 話を聞いてくれという黒須の言葉に、空斗とアズライトが頷いたため、戦闘は終わりを迎えた。これにより場の張り詰めていた空気はやや弛緩したのだが、未だ空斗とアズライトが自分に対して不信感を抱いていることを黒須は感じていた。しかし、もう一度戦闘になること自体への不安は彼にはない。


(仮に話が(こじ)れて再度戦闘になっても、俺がこの場にいることで詩由莉の制限が緩和されていることを考えると問題はない。ただ、時間的にはギリギリだな……)


 チラリと黒須は腕時計にさりげなく目を走らせる。

 超特異拉致対策一課の課長である獅子原(ししはら)が稼げると言った時間は最大で三十分。しかし、それはかなり楽観的に見積もった場合だ。上層部が特一を動かしたい以上、今すぐにでも実戦部隊である特一が突入してくる可能性があった。


(というか、既に包囲されているだろうな。俺には分からないが、詩由莉なら把握しているはず——って、何のウインクだ、それは)


 黒須が腕時計を確認したこと——時間を気にしていることに気付いたのだろう。詩由莉が黒須にウインクをしてきた。特一が突入してきたら自分が何とかするということなのだろうと黒須は思ったが、そんなことを詩由莉にさせる気は黒須にはなかった。


「まず一つ、確認させてください。お二人が逃走した理由は、国の役人である我々の管理下に入ると、ご両親の元にいさせられると思ってのことですね?」

「……」

「そう。こちらに帰る前に色々なパターンを話し合っておいた」

「おいっ、アズッ!」

「空斗、今更隠しても仕方ない。力尽くで聞き出されるくらいなら進んで話すべき」

「それは……」


 言葉に詰まりながら、空斗は黒須を——というよりはその後ろに楚々と立っている詩由莉を見た。

 ニッコリと、彼女は微笑んでいた。

 空斗の頬を汗が一筋流れる。

 そんな空斗の様子に、自身の背後にいる詩由莉がどのような表情をしているか何となく予想がついた黒須は、内心申し訳なさを感じていた。


(正直こんなものは交渉でも何でもない、ただの恫喝だ。下手したら俺たちと彼らの関係が修復不可能なものになる可能性もある。だが、もはや悠長なことは言ってられない)


 そうして、諦めたように空斗が口を開いた。


「そうだよ。アンタらから見たら弱いかもしれないが、俺だってこの平和なこの世界じゃあ十分に化け物だ。しかも、あっちの世界では生きるために色々とやった。家族にだって受け入れてもらえない可能性は高いことくらい認識していたさ」


 一度話し始めたら、堰を切ったように空斗の口から言葉が溢れ出した。今までは疲労や焦りといった戦闘に関するもの以外の感情を彼の表情から読み取ることは難しかったが、今では彼が苦しんでいることが黒須にもはっきりと分かった。


「それでもどこかで期待していたんだ。もしかしたら、受け入れて貰えるかもってな——でも、あの目を見ちまった。俺に怯える、異世界で蹴散らしてきた有象無象と同じ目を。眼中にない奴らが俺のことをどう思ってようと、アズさえいればやっていける。ただ、流石に実の両親にあの目で見られ続けるのは——キツイよ……」


 それは一種の咆哮のようであり、そして、最後に絞り出した言葉は夜の闇に吸い込まれて消えた。

 空斗の瞳に涙はない。

 一見すると、耐えているようにも見えなかった。

 あるいは泣きたくても泣けないのかもしれない。

 そして、そんな彼の代わりなのか、隣のアズライトの瞳から一筋の涙が溢れ落ちた。

 気づかない内に、黒須は自身が拳を強く握りしめていることに気づいた。


(いくら強くても、いくら異世界で変質しようと、まだ十七歳の子供なんだ。苦しいに決まっている!悩むに決まっている!)


 そんな空斗が、このままでは特一の戦力によって制圧されてしまう。

 制約付きとはいえ、詩由莉と曲がりなりにも戦闘ができた彼でも、自身と同質以上の帰還者が揃った特一の数の暴力の前では、磨り潰されてしまうだろう。

 その様は、あたかも異世界において強大な魔物が討伐されるようで……


(そんなこと許せる訳がない。彼は()()()()()()()()()()()()()の果てに、この世界に帰還したんだ。少なくとも俺は見過ごせない)


 努力は必ず報われる。

 ああ、なんと綺麗な言葉だろうか。

 されど、黒須は思う。

 必ず報われると分かっているなら、その努力は本当に尊いのだろうか?——黒須の答えは否である。そんなものは対価と報酬の交換に過ぎない。レベル上げに過ぎない。

 だからといって、努力を否定して怠惰に過ごすのは論外である。それは比較の対象にすらならいないし、同じステージに乗ってもいない。

 黒須が真に尊いと思い、心から尊敬するのは、報われないこともあると理解しつつもする努力の輝きである。

 それは求道(ぐどう)者のような。

 報われることを確信した努力ではなく、それでも努力しなければ何も起こらないとばかりに一心に取り組む姿が。

 身を削り、自身を研ぎ澄ませていくような苦行を、何ら特別な事ではないと淡々とこなす姿が。

 幼い頃に見せつけられたそんな姿が、彼のまぶたの裏に焼きついて離れないのである。

 自分にはない。できない。

 そんな報われないことを理解した努力のみを彼は信奉し、他の努力の価値を認めていなかった。


 黒須自身も自覚している。

 これは極論であり、もはや自分のこの考えに対する固執は異常のレベルであると。

 それでもこの思想は彼の柱であり、曲げることは黒須柊一郎の歩む道標が損なわれることを意味していた。

 ゆえに、彼は空斗を見捨てられない。

 結実が確約されていない途方もない努力の果てに、帰還という尊い結末を掴んだ彼を救いたいと願う。

「まずは安心してください。我々は極力帰還者の希望を叶えるように動きます。貴方は未成年のため、流石に保護者——後見人のような立場は必要となりますが、それはご両親でなくとも構いません」


 黒須は自身が運転してきた乗用車に向けて歩いていく。

 これから行うことは彼にとって一種の賭けである。そして、賭けに進むためにはそれ相応の対価が必要であった。その対価のことを思い、黒須は自身の心が怯えるのを感じた。

 しかし、その精神状態(きょうふ)とは一切無関係に、彼の身体は歩みを進めていく。

 ——為すべきことを、為すのだ。

 その覚悟が彼を突き動かしていた。


「——その話を踏まえて、もう一度向き合ってみませんか?」


 そう言って黒須は後部座席のドアを開けた。すると、そこから空斗の両親が出てきたのである。


「な——っ!?」


 驚きの声を漏らす空斗。

 詩由莉との戦いですら戦略的に逃走を選ぼうとすることはあっても、決して臆することはなかった彼が、わずかに後ずさったように黒須からは見えた。

 

 ——そんな彼に気づかれないように、黒須は()()()()()()()()()何事もなかったように立て直す。さらには自然な動作で口元の血を拭った。

 この場でそのことに気づいたのは詩由莉だけである。厳密に言うと彼女はこうなることが分かっていたので、気づいたというのは語弊があるかもしれないが、何も知らなくとも彼女は気づいただろう。

 彼女は黒須の苦痛を思って一瞬顔を(しか)めたものの、彼がそれを隠しているのに自分がそれを表に出すわけにはいかないと、駆け寄りたい気持ちをなんとか押さえつけた。


(覚悟はしていたし、構えてもいたが、これは辛いな……)


 詩由莉に気づかれたことを、黒須も認識していた。

 彼はそこを諦めている。

 大事なことは、空斗やその両親に気づかれないこと——彼らの二度目の再会に水を差さないことであった。

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