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異世界流離類型論10

 戦闘が始まってから二時間弱、空斗は大粒の汗を流しながらも、未だ戦意を失ってはいなかった。彼ば大きなダメージこそ負っていないものの、疲労の色は隠せない。詩由莉の戦術は変わらず、基本的には彼の攻撃を受けつつ、稀に大振りの攻撃を放ってくるというもの。彼はそれを回避しているものの、徐々に追い詰められているのを感じていた。


(いや、追い詰めようと思えば、とっくの昔に追い詰めることができているはずだ。にも関わらず、相手が決めに来ないっていうのが正解だ。遊ばれている?——違うな。言動こそは軽いが、敵をいたぶって愉悦を感じるタイプとは思えない。なら、課せられている縛りとは別に、勝利できない理由がある?それは何だ?)


 ここまで戦闘が長引いているのは単純に決着が着かないからである。

 実はここまでに何度か、空斗は逃走をしようとした。しかし、少し距離を話そうとすると、それは許さないとばかりに詩由莉に回り込まれてしまうのだ。その癖、勝利する素振りもないとなると、いよいよ空斗には詩由莉の狙いが分からなかった。


(とはいえ、こちらも決め手には欠ける……さて!)


 息を整えるのもそこそこに、空斗は再び攻撃を仕掛ける。疲労は確実に蓄積してきているが、逃走を諦めて以来、彼は攻撃の手を緩めることはなかった。その行動はダンジョンにおける巨大な魔物との戦闘経験から来ている。

 空斗が攻略したダンジョン——逆塔(さかとう)の深層では、次の階層へと至る通路を塞ぐように強大な魔物が居座っていた。階層の主と呼ばれるそれらを攻略するには数時間戦い続けることもざらである。その際の鉄則の一つが、相手の行動パターンを見極めたら、安全なパターンに誘導することである。

 今回の場合ならば、空斗は詩由莉の大振りな攻撃に対して、辛うじてだが対応できている。だからこそ、彼も仕掛け続けるという自分の行動パターンを変えることで、詩由莉の行動パターンを変えたくないのだ。


(もっとも、アズのスキルと俺のスキルを身体強化にフルで回して、ギリギリのところで対応している状態だが——ってか、何の冗談だ?あいつは身体強化はおろか、攻撃用のスキルを使っている様子が一切ないっていうのに、スピードやパワーは最深部の主レベルじゃねえか)

「……空斗、こうなったらアレ使う?」


 アレとはすなわち奥の手。

 使えば確実に勝てる——とは、今となってはもう空斗は思えないが、それでも詩由莉を倒せる可能性があるとすれば、彼が隠している奥の手であった。


(この場をどうにか切り抜けられたとして、今後もこいつの組織に追われるとなると見せたくない。だが、そもそもこの場が何とかならないなら意味はない——使うか)


 空斗は僅かな逡巡の後、決断する。

 だらだらと悩む方が事態を悪化させるということが、彼の経験則である。


()()()を使う、アズ!」

「おーけー」


 アズライトが間延びした返事をすると、剣の状態の彼女を中心に強烈な冷気が放たれる。その結果、周囲の温度が低下し、濃霧が立ち込めた。


(なるほど。打ち消されることへの対策として、直接霧を生み出す幻想術じゃなくて物理的に作ったのね。別に霧を払うこともできるけど——というか、目眩しという意味では視野を切り替えれば特に問題はないけれど、行動パターンが変わったのが気になるかな。ここは受けてみよう)


 立ち込めた霧を前にして、詩由莉はあえて対応せずに次の空斗のアクションを待つ。

 対して、空斗の攻撃は直ぐに来た。

 

 夜霧の奥。

 白く濁った闇の中に青白い光がボウと灯る。

 瞬間、詩由莉の全身がピクリとも動かなくなった。


(なるほど、瞳系(どうけい)幻想術——しかも、凍結とか石化みたいな現象じゃなくて、()()っていう結果を押し付けるもの。使用条件は厳しそうだけど、かなり高位の術式だね)


 瞳系幻想術。

 それは視ることによって発動する異能である。

 魔眼。

 邪視イーヴィルアイ

 呼び名は多数あるが、こうした異能は神話の時代からこの世界でも存在が確認されてきた。

 これらの多くに共通するのが、発動者の眼自体が特別製であるということである。すなわち、瞳が単独の性能に特化した第二の幻想心臓(イマージナル・ハート)の役割を果たしており、瞳に幻想力を流すだけで、所有者は幻想術を発動できるのである。

 その性能は玉石混交だが、空斗のそれは制限下であるとはいえ詩由莉に通用するような、紛れもない玉のものであった。


(帰還者としてはこれまたテンプレな能力だけど、これはすごいな。思考、まで、止、ま……る…………)


 空斗は血涙を流しながらも、見開いた両眼で詩由莉を睨み続ける。

 最初は彼の能力に抗って動こうとしていた詩由莉の抵抗が徐々に弱まり、思考すら停止したように瞳の光が消えていく。

 これこそが異世界最強の魔剣アズライトの成長に伴って、その所有者たる少年が手に入れた剣に関わらない唯一の攻撃スキル。

 その理不尽なまでの性能(スペック)を以って、少年が暴力と悪意に満ちた異世界を一年間生き抜いたのだ。

 すなわち、この能力(ちから)こそが彼の異世界で生きた証とも言えるかもしれない。


 停止せよ(とまれ)

 停止せよ(とまれ)

 停止せよ(とまれ)


 彼の魔眼は詩由莉の全てを停止させていく。

 筋肉や血流といった物理的な要素はもちろん、その精神といった形のないものも例外なく。

 彼がこの奥の手の発動に際して危惧していたのは、回避されることである。初手で受けることを詩由莉が選択したことで、彼は半ば勝利を確信していた。その時——。


 ギチギチと。


 何かが軋むような、世界がひび割れるような。そんな音が空斗の耳朶を打った。


 一年の努力。

 死すら覚悟して、しかしその中に活路を見つけたこともあっただろう。

 届かないと絶望し、しかし手を伸ばし続けたこともあっただろう。

 素晴らしい。

 その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()努力は、彼の最も好む人の美徳であり、故に彼女もその努力に最大級の喝采を送る。

 だからこそ。

 なればこそ。

 彼女は否定しなければならない。

 果たして、一年程度の経験で本物の怪物に届くのか?

 ——否。

 ——断じて否である。

 彼女の歩んだ(786年)に比べれば、そんなものは誤差である。

 ゆえに、空斗の努力では届かない。

 彼の努力はこの場において報われない。

 

 遂に、怪物(しょうじょ)が一歩、踏み出す。


「化け物が!アズ!」

「——reluu rule erule ru elulue le rue」


 アズライトの声が響く。

 それはこの世界の言語では決してない、そして、この世界の言語に訳されることもない彼女の精霊としての言語。

 詠唱をトリガーにした幻想術。

 氷霧の魔剣が誇る奥の手。


「もう、それを許すわけにはいかないんだ」

 

 ——その発動は許されなかった。


 古びた機械人形に油が注がれたように。

 徐々にぎこちなさを無くしつつ詩由莉が突き出した右手が、横に振るわれる。

 その一閃がどのような仕組みかアズライトの幻想術を発動前に破壊したのである。

 

「何んだとっ!?」

「嘘——」


 動揺しつつも、空斗は現状を把握していた。

 ——枷が外れている。

 全て外れたのか、それとも一段外れたのかは判断できない。しかし、詩由莉に課せられていた制約が少なくとも一つ失われたことを彼は確信していた。

 それは同時に、戦力の拮抗が崩れたことを意味している。


「そんな顔しなくても大丈夫だよ。もう戦いは終わりだから……ね、柊一郎くん」


 強張った表情の空斗とは対照的に、詩由莉は花が咲いたような笑顔を浮かべながら土手側を向く。すると、そこには公園沿いに作られた駐車場に止めた車から出てくる黒須の姿があった。


「いつの間に……」

「ついさっき着いたんだよね?」

「ああ——さて、宝珠戸(ほうじゅど)さん。話を聞いてもらえますか?」


 二人が逃走したことも、先ほどまで詩由莉と戦闘していたことも無かったように、あくまで冷静に黒須は空斗に問いかけた。

 とはいえ、これは問いかけでありながら、選択肢は与えられていない状況である。何と言っても、彼は奥の手を完全に破られたばかり。しかも、黒須の車が近づいてきたことを隠し続けていたのも、目の前の少女——詩由莉なのである。このような状況で戦いを続ける程度の分析能力の者は、異世界から帰還することなど叶わないだろう。


「……分かった。話を聞こう」


 そう言って空斗が両手を上げると同時に、アズライトも同じポーズで隣に降り立つのであった。

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