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異世界流離類型論7

 黒須が姿を現した時、空斗の両親の混乱は極みに達していた。

 無理もないことである。

 一年間探し続けても手掛かり一つ見つからなかった行方不明の息子が、突然その雰囲気をがらりと変えて戻ってきた。それだけでも動揺していたのに、息子はハリウッド映画もかくやといった勢いで飛び去り、それを虚空から不意に出現した少女が同等の勢いで追っていったのだ。

 そうして最後に、あまりにも突飛な出来事の畳み掛けに振り回されていた二人の元へと、これまた突然出現した黒須が近寄っていくのだが、二人は既に考えることを諦めたように只々(ただただ)茫然と黒須を眺めていた。


(ある意味、ラッキーではあるな。ここで変に警戒されたり、逃げたりされるという展開に比べれば、受け入れてくれている状態は万々歳だ……ふと我に帰った時が怖くもあるが)


 などと内心考えつつも、黒須はツカツカと淀みない歩み進み、二人がハッとした時には既に目の前に立っていたのである。

 間髪入れず。

 黒須は名刺を差し出しながら名乗った。


(わたくし)、宮内庁の方から参りました、黒須と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 それは空斗たちに行った——対帰還者のものより一段丁寧にした挨拶であった。

 比較的若い者が多く、そしてこの世界における社会経験は少ない帰還者には、あまりにも改まった挨拶をすると身構えてしまうことがある。また、丁寧な言い回しに対して胡乱さを感じる者もいる。そのため、態度は丁寧に、しかし口調は適度に丁寧にするのだ。

 一方、その親となると話は変わってくる。

 一般人であり、社会経験もある程度ある彼らに対しては、丁寧な口調こそが信頼に繋がる。さらには、所属している組織名も胡散臭い部分は告げずに宮内庁で止めるのが味噌である。丁寧な口調と物腰、そして宮内庁という所属を合わせることで、黒須のことをまともな官僚であると勘違いさせるのだ。

 ——まともな官僚と勘違いさせることを狙っている時点で自身がまともな職位に就いていな意自覚があるということなのだが、既に黒須はその点について否定することを諦めていた(そもそも、まともな省庁の官僚は女子高生を相棒にしないとは黒須の弁である)。


 ともかく、空斗の両親にも宮内庁のネームバリューや丁寧な物腰が効いたのか、黒須は無事に空斗の生家へと迎え入れられたのである。


「すみません、お茶は今、切らしていまして……」


 そんな謝罪と共に出された水の入ったコップを受け取りながら、黒須は通された居間を観察する。

 一言で言えば、中の上程度の階級の家の居間であった。

 派手な置物や特別目を引く物は置いていない。ただし、ソファーやテーブル、テレビといった一つ一つの品物は露骨にならない程度には上等なものであり、現代のこの国においては十分経済的に余裕のある家であることが伺えた。

 しかし良く見ると、少なくとも家人の心の余裕はないことも察することができた。


(よく見ると、生活上使わないスペースの掃除が行き届いていないし、ちらりと見えたゴミ袋には家に似つかわしくないコンビニ弁当の容器が大量に入っていた。やはり、最低限の生活をして、空いた時間で息子を探していたのか。二人の様子も合わせると、彼の帰還はギリギリだったな)


 ギリギリとはすなわち、()()()()()()()の一歩前ということ。

 通常の探し方では手掛かり一つ見つからない被召喚者の捜索に、心身ともに疲れ果ててしまう家族や恋人は少なくない。そして、想いが強く、生活や休息を投げ出してまで被召喚者の捜索を行ってしまう家族や恋人ほど、その破綻が早く訪れてしまうのだ。


(もっとも、それも俺がここで対応を間違えたら無に帰すか)


 黒須の目から見て、空斗の両親の心は疲弊し切っていた。

 この状況で、息子との関係を立て直すためには、事情を知る第三者の協力が不可欠であろう。

 そして、その第三者こそ黒須の立場であった。


「まずは私の方から、息子さんが巻き込まれた事象——超特異拉致について説明させていただきます」


 そうして。

 黒須は超特異拉致——所謂(いわゆる)、異世界召喚や幻想術、そして帰還者について話していった。最初、半信半疑というよりはほとんど信じていない状態であった空斗の両親も、黒須が明かしていく情報の数々と、何より目の前で起きた異常な現象によって、最終的には黒須の話をおおよそ信じたようであった。


「息子が——空斗がその超特異拉致というものに巻き込まれ、そして帰還者とやらとして戻って来たのは分かりました。しかし、空斗のあの雰囲気は何だったのですか?あいつは芯の強いやつでしたが、あんな刺々しい空気を(まと)ったことはありませんでした」


 黒須の話が一段落した時、義信と名乗った空斗の父が切り出した。

 彼は黒須が見る限り五十代半ばのように見えたが、もしかすると実年齢はもう少し若いかもしれない。明るい室内で見る彼の姿は、外で感じた印象に輪をかけて草臥れたものであった。

 そんな彼だが、内心かなり気になっていたのだろう。まるで吐き出すように、早口で彼は言い切った。黒須としてはもう少ししたらその事についても触れていくつもりだったのだが、図らずも話題がそこに移ってしまった形となる。


「名称こそ拉致とついていますが、被害者たちは別に拘束されたり、監禁されたりしているわけではありません。むしろ、彼らは自由に活動し、自分の力で生き延びる必要があるパターンが非常に多いです」

「そういうものなのですね……」


 ——しかし、それと自分の疑問はどう繋がるのか?

 義信のみならず、幸江と名乗った空斗の母親も不思議そうな顔をしていた。

 気まずさと気遣いを入り混ぜたような——そんな雰囲気を丁寧に()()()、黒須はさらに続ける。


「異世界の規則や倫理、常識がこの世界と同じとは限りません。むしろ、多くの場合、全く異なると言ってもいいでしょう。そんな世界を身一つで生き延び、そしてこの世界に帰還するためには、我々の世界のタブーを破らなければならない場面もあるでしょう……」


 かなり暈した(ぼかした)言い方であるが、黒須は空斗が異世界においてある種の犯罪を犯した可能性を言っているのだ。

 例えば、殺人。

 現代の日本ではもちろん違法であり、そもそも倫理的にも禁忌であるが、人の命の価値が低い世界では本人が望まなくともせざるを得ないこともあるだろう。

 例えば、違法薬物。

 ゲームや漫画のように簡単に傷を治すような、そんな都合の良い幻想術や薬品が異世界にあるとは限らない。そして、仮にあったとしても常に使えるかは分からない。そんな場合に至る発想は世界は違えど等しくなりがちであり——元々は痛み止めや戦闘時の恐怖緩和に使用していたある種の違法薬物に対して、帰還者が依存症になっていたケースもこれまでに存在した。


(恐らく、彼は何らかの形で人を殺している。ただし、彼の異世界で形成された感覚に則れば、悪ではない形で。この辺りは詩由莉の見立てだから間違ってはいないだろう)


 黒須とて、ある種の専門家であるのだが、詩由莉のそれは文字通り年季が違う。黒須は彼女の見立てを完全に信用していた。

 そして、もう一つ。

 こうした禁忌を犯してしまったことに何の問題も感じていなければ良かったのだろうが(その場合は社会的には大問題なので、黒須たち特二の仕事は増えるのだが)、空斗はそこまで元々の価値観を失ってはいないことも、黒須と詩由莉は察していた。


(恐らく、彼は禁忌を犯した体験を含め、異世界の経験を通じて変わってしまった自分が受け入れられるか不安だったんだろう。そして、理由はどうあれ彼らは言葉を詰まらせてしまった)


 だからこそ、黒須は空斗の両親に尋ねなければならない。

 特二の役割は帰還者やその家族に寄り添うことなればこそ、踏み越える必要があるラインも存在するのだから。


「あえて彼と同じ言葉を使います——息子さんが怖いですか?」


 黒須は半ば祈るように、空斗の両親に問い掛けた。



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