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異世界流離類型論4

 詩由莉に限らず、帰還者やその随行者に対して新しい戸籍や偽りの経歴を用意することは決して珍しくはない。ここで、随行者はともかく帰還者にも必要な理由は、異世界転生者(ケース-1)や名前持ちなど、今までの名前や経歴がそのまま使えないケースがあるからである。

 戸籍や経歴を新しく用意するということは、新しい人間を一人社会的に作り出すことに等しい。しかしながら、国がバックについている——というより、そもそも国の組織である超特異拉致対策二課にとっては、そこまで難しい話ではない。むしろ、中途半端な工作をすることや誤魔化しを重ねる方が作業量的にも難易度的にも避けたいところなのである。


 ともかく、そういった訳で黒須は空斗とアズライトの二人に新たな戸籍と経歴の用意について確約できたのであった。これを言い切れたことにより少しは信頼を得られたのか、二人の肩の力がようやく少しは抜けたことを黒須は感じていた。


「確認の完了までにはもうしばらく時間が必要なので、その間に異世界に召喚されてからのお話も伺ってもいいでしょうか?もちろん、話せる範囲で構いません」


 と言いつつも、黒須は帰還者の話を鵜呑みにする気はない。

 都合の悪い話。

 外聞の悪い話。

 教えたくない話。

 エトセトラエトセトラ。

 帰還者たちには伏せておきたい話や情報などいくらでもあり、そのことを黒須は理解している。特二の監査官としてはできれば事実を全て報告して欲しいのだが、個人としては、この世界とは価値観も常識も異なる世界での経験は、簡単に語ることができるものだけではないだろうと思ってもいるのだ。その上で、彼らが自発的にどこまで話すのか。そして、どのような嘘を吐くのかから、彼らの性質や立ち回りを推し量るのである。


 嘘を見抜くのは詩由莉ではなく、黒須の役割である。

 詩由莉が幻想術を使えば似たようなことができなくはないのだが、彼女は良くも悪くも規格外。相手に気取られずに相手の精神状態を図る、といったような細やかな術式は向いてないのである。そもそも彼女からすれば、帰還者も一般人も押し並べてヒトという種の一個体に過ぎない。そんな彼女が人の真偽を推し量るような幻想術を得意とするはずがなかった。

 一方、黒須はただの人間だ。しかし、彼はできる範囲の準備はしておきたい性質(たち)であり、そのための時間もあった。ゆえに彼は常識の範囲内の技術で他者の嘘を察知するという特技を持っているのである。

 当然、彼は幻想術を扱えるわけではなく、心理学や脳科学の知識と手品のようなテクニックを組み合わせて、独自の手法に昇華しているのだが、これが意外と帰還者には効くのである。彼らは超上の力に慣れ、それらをこそ警戒している。そのため、あくまでただの技術には気づかないことが多いのであった。

 

 ともかく、黒須は自分の行動に自己嫌悪しつつも、半ば自動的に空斗たちの観察を始めていた。


「話す内容は選ばせて貰うぞ?」


 そう前置きすると、空斗は言葉を一つ一つ選ぶようにして語り始めたのである。


 約二年前、当時十五歳だった宝珠戸(ほうじゅど) 空斗(あきと)はある日突然、気がつくと異世界にいた。

 幸い言葉は通じたものの、何もかもが未知の異世界。

 そこに一人迷い込んだ彼の唯一の希望は、逆塔(さかとう)と呼ばれる地下百層まであるダンジョンを攻略した者はあらゆる願いを叶えることができるという伝承であった。


(テンプレ展開だね)


 空斗の話を聞いていた黒須の耳に、詩由莉の言葉が届く。

 これは所謂(いわゆる)テレパシーのような、物理的な現象を介さない通話ではなく、超指向性の音波によるものである。これは後者の幻想術が前者に比べて低難易度なためなのだが、それにしてもさりげなく四つ目の幻想術の同時使用であり、もし空斗やアズライトが気付いたら目を剥いたことだろう。


(そうだな。個人を狙っての召喚ではなく、才覚を持つ者ならば誰でも良いという召喚。恐らく世界には管理者に該当する何者かがいて、そのダンジョンを攻略させるために召喚したのだろう)

(彼に接触しなかったのは、世界への介入権がかなり低い『あの子』みたいなタイプなのか、もしくは数を打てば当たる的な発想で、一人一人の召喚者には注力してないのかのどっちかかな)


 もちろん口が裂けても空斗には言えないが、空斗の異世界経験談は良くある流れの一つであった。帰還者自体が決して多くはないために人数自体はそこまでいないが、それでも詩由莉がテンプレートと言ったのも無理はないだろう。

 そうして、黒須と詩由莉がコソコソと話している間にも空斗の話は続いていく。


「その世界にはスキルと呼ばれる異能があって、ダンジョンの攻略を目指すような連中は荒ごとに向いたスキルをいくつか持っているものなんだ。だが、俺は……」

「ああ、能力を明かしたくないなら、無理に話さなくても結構ですよ」


 言葉を一端切った空斗の様子に何かあることを感じ、黒須は助け舟を出した。

 しかし、空斗は静かに首を横に降った。


「いいさ……元々は恨んだりもしたせいで色々と思うことがあるが、この能力自体は隠した方が強いものでもないからな。異世界人だったからかは分からないが、俺のスキルはただ一つだけだ」


 ——始まりにして終わりの剣。

 それが空斗のスキル——空斗の幻想心臓(イマージナル・ハート)が特化した幻想術であった。

 その能力とは、剣をゲームのように強化していくことが可能というもの。これだけ聞くとなかなか強力で、広く応用もできる能力のように感じるかもしれない。しかし、この能力には指定できる剣は一振りに限るという制限があった。

 すなわち、剣を失った瞬間に失われる能力と言っていい。

 さらには剣にはポテンシャルがあり、強化の上限や幅も剣に依存している。単純な話、名匠の鍛えた剣と量産された剣では、最終的には雲泥の差がつくのだ。

 この能力の真価は、剣選びで決まると言っても過言ではない。


(俺だったらとてもじゃないが選べないな)

(確かに柊一郎くんは迷うかもね。それにしても、これまたテンプレートな……)


 帰還者の能力はピーキーなことが多い。

 ただしこれには語弊があって、正確にはピーキーな能力を持つものほど帰還すると言った方が正しい。

 これがどういうことかというと、尖った能力を持たない者——つまりは万能型の者を思い浮かべると分かりやすい。万能型の能力を持つ者は、器用貧乏か、全てに秀でた天才かに分かれる。この場合、前者は残酷なようだが異世界で生き延びることは難しく、後者は異世界に適応しすぎてこの世界に帰ってこないのだ。もちろん、前者でも持ちうる手札を最大限活用して生き延びる者や、後者でも足下を救われる者がいる。しかし、そういった例は極々稀である。

 ともかく、上記のような理由で万能型は帰還しづらいのだ。

 反面、ピーキーな能力を持つ者は、初期に劣等感を抱えていることも多く、そうした感情をバネに異世界を生き延びるのだ。さらに、そうした者たちの心の支えは元の世界への帰還であり、漠然とした目標しかない者よりも強く生き抜くことができることも多い(少なくとも明確な目的意識があると生存確率が上がるのは確かである)。故に、一見外れのように見える能力を得た者ほど帰還したりするものなのだ。


「俺のスキルは確かに使いどころが難しいものだった。だが、それでも最強の剣を手に入れ、そしてそれを強化したことで、俺は逆塔(さかとう)の最下層まで辿り着いたんだ」


 恐らく何かを隠したのだろう。

 やや強引に結論まで言い切ると、空斗は挑戦するように黒須を見た。

 何か隠したいことが()()にあることを把握したところまでで十分と判断した黒須は口を開こうとして——


「検査終了。二人とも特に問題はなかったわ」


 詩由莉が幻想術による検査の終了を告げるのであった。

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