異世界流離類型論3
黒須は帰還してきた二人の人物に丁寧に頭を下げる。
実に丁寧な、高級百貨店の入口で見られるようなそれであった。
異世界召喚をされ、その後に帰還する者には、今回の二人のように黒須より年下に見える者も多い。
しかし、黒須は初めて対応する帰還者に対して、できるだけ丁寧に接することを心掛けていた。
その理由は大きく分けて二つある。
一つ目の理由は、彼らがそういった態度をされるのが当然となっている可能性があることである。
これは、帰還者たちが異世界において、持てる能力を背景にかなりの優遇をされていたことを意味している。自分より年上の者や王侯貴族といった権力者たちが、その内心はともかく、自分には丁寧な態度で接してくる。そんな環境に数ヶ月から数年いれば、感覚が狂ってしまう者も出てくるのだ。
二つ目の理由は、そもそも帰還者の見た目など当てにならないということである。
黒須の相棒である詩由莉からしてそうだが、帰還者は見た目とその能力や年齢、精神性が一致しているとは限らない。その辺りを歩いている高校生のように見えて、中身は数百年を生きた人外種などということも無い話ではないのである。彼らは言わば荒御魂のような存在であり、恭しく接する他ないのだ。
もちろん、これら二つのケースにあたる帰還者でも、態度など気にしない帰還者も多い。むしろ、大半がそういった人物であると言っても過言では無いだろう。しかし、千に一つ、万に一つでも最初の印象が最悪になる可能性を排除するために、丁寧な扱いをするに越したことはないのだ。
まして、初期対応として、帰還者たちを結界の中に閉じ込めた状態で迎えるのだ。変な誤解を生まないためにも態度は重要なのである。
「異世界から帰って来た……その口振りや服装から、ここは日本ってことで良いんだな?」
「はい。ここは日本に間違いありません」
「そうか……」
少年は構えを解かないまま、噛み締めるように呟いた。
表情は未だ険しいままであったが、どこか感慨深さを滲ませており、彼らの帰還までには並々ならぬ苦労があったことを黒須と詩由莉は察した。
「お前たちが何者かは追々聞くとして、一つだけはっきりさせておきたいことがある。お前たちは俺たちの敵か?」
「いいえ。むしろ、味方です」
「じゃあ、俺たちは何故閉じ込められている?」
少年は黒須から視線をそらし、詩由莉が形成した結界を一瞥した。
わざわざ色を付けるようなことを詩由莉はしていないのだが、彼の目は正確に結界を捉えいているのだ。
一方、少女の方はというと、黒須にも結界にも興味がないようで、その青と空色が入り混じった瞳でじっと詩由莉を見つめていた。
「空斗、大丈夫。この術式に敵意はないと思う」
少女が初めて口を開く。
見た目にそぐわぬ小さく声であったが、不思議と良く通り、傍らの少年だけでなく黒須たちにもその声は届いた。
「どうしてそう思う?」
「勘」
少年の問い掛けに対する少女の返答に黒須と詩由莉は思わず「勘かよっ!」と心の中でツッコミを入れたが、少年だけは何か思うところがあったようで、少女の頭をそっと撫でる。
そうして、少女は心地よさげに目を細め、少年は体の力を抜いて構えを解いた。
「アズがそう言うならそうなんだろうな……それで、説明してもらってもいいか?」
少年は些か棘が減った口調で、同様の質問を繰り返したのであった。
黒須は詩由莉が構築した結界の必要性——公衆衛生や帰還者の生命を守る意味でも、結界は必要であると言うことを説明した。
当然と言えば当然の話だったため、少年たちも納得したようであり、黒須としても一安心である。
この段階で不満を漏らすようなタイプは、理屈ではなく、自分の感情に従って物事を判断している場合が多い。そうなると、この後の流れもスムーズにいかないのである。
「というわけで、これから詩由莉が細菌やウイルスの探査術式と免疫力の検査術式を使いますが、敵意はないから抵抗せずに受け入れてください」
説明の過程で詩由莉の名前も既に二人には紹介してあったため、二人はやや驚いた様子で詩由莉を見る。
黒須が当然のことのように言った二つの術式であるが、それぞれの幻想術が二人には想像もつかない高度なものである。そもそも、詩由莉以外が帰還者の初期対応を行う場合、特二の人員だけではなく、特三から専用の機材や専門の人員が投入されることになっているほどで、一人で全てをこなせてしまう詩由莉が異常なのだ。
まして、詩由莉は結界も合わせて三つの術式を並列に行使する。
幻想心臓の特性にもよるが、例えイメージから術式への変換を順番に行ったとしても、並列使用することで幻想術の使用難易度は跳ね上がるのである。
少年たちは幻想心臓のような専門用語は知らなくとも、実感としてこれらのことを知っていたため、驚愕したのである。
「それじゃあ、いくよ?」
気軽な詩由莉の掛け声に続いて、幻想術が発動した。
とはいえ、派手な現象を引き起こすようなものではないため、結界の中は静かなものである。
「この間に少し質問をしても良いですか?」
「ああ……ただし、答えるかどうかはこちらで決めさせてもらう」
「それで結構です。ではまず、お二人のお名前を伺っても?」
詩由莉の幻想術が終了するまでの時間を使って、黒須は少年たちの情報を引き出しにかかる。ただし、当然ながら強引な手段に訴える訳にもいかないので、あくまでも任意に聞き取りを行う程度である。
「俺の名前は宝珠戸 空斗。こっちはパートナーのアズライトだ」
「失礼ですが、アズライトさんはこの世界の出身ですか?」
黒須が観察する限り、アズライトと紹介された少女は流暢な日本語を話していた。そのため、名前や容姿がこの国のものではなくともケース-1——所謂、異世界転生者の可能性があるのだ。
しかし、黒須はこの可能性は少ないと考えていた。
(過去のデータから考えると転生と転移の両方で人を拉致している世界は少ない。加えて、転生者特有の精神の成熟も感じられない……おそらく、現地の——それも人間とは異なる種族だろうな)
転生者は外見的な年齢に対して精神が成熟している傾向がある。それはこの世界で生きた経験を持って異世界に生まれるという転生のシステムを考えると当たり前のことである。身体に精神が引っ張られる者がいなくもないが、そうした例は稀有であった。
アズライトの場合、黒須から見て外見年齢に比べ精神が成熟しているようには見えず、むしろ、自己の表現力が希薄に感じられるほどである。そのため、彼はアズライトがこの世界の出身ではないと考えたのだ。
とは言え、何が空斗とアズライトの二人を刺激するか分からないため、否定系で尋ねることを黒須は避けたのである。
「アズは俺が飛ばされた世界——レバブの出身だ。だが、今では俺の半身とも言える存在だ。何か問題があるか?」
「二人は一緒」
自分とは異なり異世界出身のアズライトのことを問題視しているのかと警戒し、空斗の言葉はやや険のあるものとなる。隣のアズライトも不安なのか、彼の服を掴んでいた。
「いえ、問題ありません。戸籍や経歴などはこちらで用意させていただくことになると思いますが構いませんね?」
「……そんな簡単に言って良いのか?」
「これでもお国の組織なので。それにそういった処理は今回が初めてではありませんから」
黒須は二人を安心させるように落ち着いた口調で話しながら、先例である詩由莉のことを見るのであった。




